深夜バスの恐怖

 午後8時半、新宿駅。安永、しげる、玉木の3人は高速バス停に集まっていた。ルギーが4人分の切符を買って、3人のところへ戻ってきた。


「さて、いよいよ始まりました釜揚サイコロの旅!あれが我々の旅の友『深夜バスはかた号』です」


 ルギーが指さした先には大きなバスが停まっていた。


「旅の友ね… …。で、ルギーさん出発は?」


 玉木が冷めた目で質問する。


「えっと、9時に出発して、博多に到着するのは11時半かな?」

「えっ、すごいな!2時間半で着くの?」


目を見開く安永。


「何言ってんだよ、ヤスケン!」


安永のとんでも発言に驚く玉木。


「だって9時出発で11時半到着だから2時間半でしょ、玉木くん」

「違うよ、到着するのは次の日の昼の11時半だよ!2時間どころじゃないって!」

「次の日の昼11時半ってことは… …」


 指を折って時間を数える安永。その姿を見かねてしげるが安永の肩を叩く。


「ヤスケン、14時間半だよ」

「14時間半!?半日以上じゃない!」

「ああ。タダものじゃないな『はかた号』… …」


 うなだれる安永、しげる、玉木。


「そろそろ出発だよ。みんな荷物乗せて」


 一人意気込んでいるルギーとは対照的に他の3人は渋々バスに荷物を入れた。


 午後9時。4人を乗せた深夜バス『はかた号』は新宿駅を出発した。14時間半の長い旅が始まった。


「とうとう出発したね。みんな気分はどう?」


 半ばあきらめた顔をするしげる。


「わかりませんって。14時間半もバスに乗るんですよね。もう未知の世界ですよ」


1人楽しそうな安永。ー未知の体験に若干興奮しているようだ。


「未知の世界だって?ちょっと面白そうだな」


ルギーは安堵の声を挙げた。


「お、ヤスケンくんのってきたね。やっぱり旅は楽しくなきゃね」


玉木が枕を頭の位置にセットする。


「みんな、もう寝ようよ。先は長いし」

「ノリが悪いな、玉木くん。普通旅行の初日は興奮して眠れないものだよ」

「ルギーさん、それは時と場合によってです。このまま起きてたら、やられますから」


 深夜バス『はかた号』は新宿から首都高を経由して中央道で西に向かった。新宿を出発して2時間半後、諏訪湖サービスエリアで『はかた号』は休憩のため一時駐車した。乗客たちはバスを降りて、トイレ等に向かった。安永たち4人はトイレに行った後、自動販売機で飲み物を買っていた。4人の顔は深いシワが刻み込まれている。


まずしげるが口を開く。


「ただいま11時半。出発してから2時間半経ちました」


続いて、玉木がため息をつく。


 「2時間半か… …『もう』というべきか、『まだ』というべきか」

 「あと12時間も乗るのか… …。ヤスケン計算だったらもう着いているのに。我々かなりやられています」

 「ああ、最初元気だった小学生がオッサンの顔になってたからな」


安永がやっと発言した。


「あれは衝撃映像だったね。恐るべし、深夜バス。恐るべし、はかた号」


しげるはジュースを一口飲む。


 「小学生もすごかったけど、もっとすごいのはあの人だよ… …」


 しげるが指差したのは一人黙ってお茶を飲んでいるルギーであった。ルギーの姿を見た玉木の口角が上がる。


 「一番テンション高かったのに… …くくく。一番やられてるよ… …」


安永は笑い声を押し殺している。


 「言い出しっぺが一番やられているなんて… …」


しげるはルギーを直視できない。


 「ありゃ、カラ元気だったんだろうね。くくく… …『もう勘弁してくれよ』みたいな目でこっち見てるよ… …」


 疲弊しきったルギーの姿に3人は苦笑するしかなかった。すると、ルギーが立ち上がった。


 「みんな、出発の時間だ。バスに乗ろう」


 背中を丸め、力なく手をあげるルギーの姿を見て、3人は声を押し殺して笑っていた。


 諏訪湖サービスエリアを出発した『はかた号』は深夜の高速道路をひた走った。


 そして夜が明け、3月21日午前8時半、下松サービスエリア(山口県)。休憩でバスを降りる4人。目の下にクマができている。ルギーが3人に声をかける。


 「みなさん、おはようございます。ただいま朝の8時半。山口県の下松サービスエリアに我々到着しました」


しげるがうなだれている。


 「うーん、寝れませんでしたね~。やられまくりです」


玉木が遠い目してる。


 「あのシートは本当に寝心地が悪いよ。睡眠した気が全くしない」


安永が腰に手を当てる。


 「これ腰にくるね… … 腰が痛い… …」


ルギーが空を見上げる。


 「みんなやられているね… …」


玉木がルギーの肩を軽く叩く。


 「でも、4人の中で一番やられているのルギーさんですよ。うなされていましたから」

 「え、そう?」


しげるが言葉を続ける。


 「俺も聞きましたよ。『ナンシー姉さん、許してくださ~い』って」

 「俺、そんなこと言ってたの?」


続いて安永が微笑む。


 「ちなみにビデオで撮ったんで、あとで見ましょう」


しげるが親指を立てる。


 「ナイス、ヤスケン」


ルギーが金魚のように口をパクパクと開け閉めした。


 「ちょっとちょっと、ヤスケンくん、何撮ってんの?」

 「いや、おいしい映像だったので」


玉木がニヤついた。


 「ちなみにヤスケンは放送禁止用語言ってたけどな」

 「な、何さ、それ?」


 安永が真っ赤な顔をしている。


 「じゃあ、あと3時間。がんばりましょう」

 「オー」


 ルギーの呼び掛けに対し、3人の応えに力がこもっていなかった。


 午前11時半、深夜バス『はかた号』は14時間半の長いドライブを経て、福岡県博多に到着した。バスを降りる4人。その顔は疲弊しきって、生気が全く感じられなかった。4人が一斉に思いついた言葉は、


 「まさに『キング・オブ・深夜バス』… …」

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