奇跡のムーンサルト

 その後、跳馬と鉄棒でも着実に点数を伸ばすしげる。そして、最終種目のゆかを迎えた。


「さあ、インターハイS県予選自由演技、残すところは最終種目のみとなりました。団体では残念ながら釜高インターハイに進出できませんでした。が、しかしまだ希望はあります。城ヶ崎くん、現在個人総合第3位。最終種目のゆかで13・3点以上であれば、逆転でインターハイ進出となります。いけ、城ヶ崎、その闘志を燃やせ!」

「うーん、たしかにゆかで13・3点以上出せば逆転できるのですが、なにせ城ヶ崎くんゆかは苦手ですからね。なかなか高得点を出すのは難しいんじゃないでしょうか」

「なに言ってんですか、松本さん!エンドルフィン出せば、何でもできるんです!インターハイへのドリームロードはすぐそこだ、行くんだ城ヶ崎!釜高ジャパン!運命の70秒です!」

「ちょっと平川さん興奮しすぎですって……」


 実況席での興奮はさておいて、ゆかに望むしげるは緊張で手に汗にぎっていた。


「これで失敗したら、インターハイへの道が……。ああ、いかんいかん、こんなネガティブな気持ちじゃ。集中、集中しなきゃ」


 しげるは不安で下を向いたままゆかに向かおうとしていた。そのとき、観客席から、


「へのつっぱりはいらんですよ!」


 と、言葉の意味はよくわからないがとても自信のある声が聞こえた。しげるにとっては聞き覚えのある声だった。しげるはその声を聞いて緊張がほぐれた。


「ありがとう、おじさん」


 しげるは顔を上げ、最後のゆかの自由演技を始めた。

 前方宙返り、後方宙返り、側転、十字倒立などを決めていくしげる。ときどき着地で安定を欠いたが、苦手種目にしては上出来である。そして、最後の決め技に入った。


「ここで、城ヶ崎くん。後方2回宙返り1回ひねり、ムーンサルトだ!着地も決まった!城ヶ崎くん、満面の笑みです。果たして、得点はどうなっているのでしょう。出ました!なんと13・34点!城ヶ崎くん、逆転でインターハイ進出決定です!城ヶ崎くん、ガッツポーズです!泣いております。喜びの涙です、城ヶ崎くん」


 喜びで泣いていたのはしげるだけではなかった。体操部の仲間、観客席で応援していた顧問のひかり先生、中本コーチ、しげるのいとこのアキト、そしてマネージャーの江戸サキも泣いていた。


「すばらしい演技でした、城ヶ崎くん。お見事です。とくに最後のムーンサルトは……すみません、不肖松本、感動のあまり解説できません……」


 みんなが歓喜に沸いているころ、観客席から静かに出て行く男を見つけたアキトは男を追いかけた。そして、ロビーで男に声をかける。

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