ひなまつり

ひなまつり 駅

 安永とモモが公園で出会った翌日の月曜日、駅の改札で朝からうろたえている男子高校生が一人。体操部の「リーダー」城ヶ崎しげるだ。


「あー、ない。ない、ない、ない。どうしよう……」

「おはよう、少年。朝からどうした?」


 一人の女性がしげるの肩を軽くたたいた。


「あ、おはようございます、あすか先生。実は定期が見つからなくて」


 声をかけた女性は、しげるがあこがれる保健室のあすか先生だった。


「そう。今から家に帰っても、遅刻しちゃうしね。じゃ、電車賃貸してあげるよ」

「え、いいんですか?」

「かわいい生徒のためだからね。はい」


 あすか先生はしげるに千円札を一枚差し出した。


「ありがとうございます!……ところであすか先生って最寄りの駅ここでしたっけ?」

「いや、違うんだけど。昨日ちょっとコレのうちに泊まってたのよ」


 あすか先生の横にはもう一人あすか先生と同世代であろう大人の女性がいた。


「コレって何よ、まったく。おはよう、リーダー。定期忘れるなんてドジね」

「あ、おはようございます、ひかり先生」


 もう一人の女性は体操部の顧問、ひかり先生だった。


「ほらほら、早く買いに行かないと遅刻するぞ。遅刻したら、一週間あんたの苦手なゆか練習だからね」

「えー、勘弁してくださいよ」


 ひかり先生にせかされ、しげるが切符売り場に行こうとした瞬間。


 バシッ!


 しげるは突然後頭部をはたかれた。


「いててて、なんだよ」


 しげるが後ろを振り返ると、女子高生が。三日月モモだ。


「おはよ、リーダーくん。これ定期だよね。昨日美容院で落としていたよ」


 モモは美容院でみつけた定期入れをしげるに差し出した。


「あ、ありがとう。……でも、はたくことないだろ、『木琴』さん」

「なに、『木琴』?あたし三日月ですけど」


 モモはしげるをにらんだ。


「あ、三日月って言うんだ。玉木がいつも『木琴』って呼んでいるから、『木琴』って名前だと思ってた」


 玉木はモモが所属する吹奏楽部の指揮者だ。モモのことをいつも担当楽器の『木琴』呼ばわりしている。


「ほらほら、少年少女、早くしないと遅刻するぞ。行った、行った」


 あすか先生が二人を急かせる。


「はーい。それじゃいってきます、先生」


 モモは足早に改札に向かった。


「はい。先生ありがとうございました」


 しげるはあすか先生に千円札を返し、定期入れを大事に抱えながら改札に向かった。

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