追憶 六

 ――ずっと、涼一の事が嫌いだった。


 自然体でいるのに人に好かれるところも。どれだけ努力しても、剣で勝てないところも。毎日嬉しそうに、姉の話をするところも。

 俺は、涼一の総てが嫌いだった。でも、それ以上に。


 ――涼一の事を妬みながら、隣で親友面をする自分の事はもっと嫌いだった。



 夕はよく、涼一に差し入れをしに道場を訪れた。

 涼一の親友という立場にいた俺に、彼女はとても良くしてくれた。未だ未婚だというのが信じられないくらい、彼女は出来た女性だった。涼一が自慢に思うのも、無理もないと思った。

 ある時、脳裏に一つの考えが浮かんだ。涼一が何よりも大事にする、この姉の夕。

 この女を娶り、汚名を被せ、手酷く捨てる。それが何よりの、涼一への復讐になるのではないか、と。

 卑怯である、とは思わなかった。卑怯だと言うなら、己の恵まれた環境に胡座あぐらを掻いている涼一こそが卑怯者だろう。

 俺は夕に、必死に自分を売り込んだ。夕もまたそれに答えてくれ、やがて俺達は結婚する事になった。

 涼一への復讐の準備は、順調に進んでいった。


 ――ああ、そうだ。本当は解っていた。

 復讐なんて方便だ。俺はただ、手に入れたかったんだ。


 どうしようもなく心引かれて止まなかった、夕という女を。



 夕に子供が出来た時、夕を捨てる。

 涼一に、夕を使って復讐しようと決めた時、俺は復讐の成就をそう定めた。これは俺の子ではないと断じ、夕を捨てると。

 だが――いや、だからこそ、俺は、結婚してから六年もの間、夕に触れられなかった。夕を、一度たりとも抱けなかった。

 その柔肌に、触れようとする度。いつか迎える事になる終わりが脳裏をちらついて、どうしても触れる勇気が出せなかった。

 復讐など、捨ててしまえば良かったのかもしれない。実際、そうしようとした事もあった。

 だが、何も知らず呑気に笑う涼一を見る度、怒りが込み上げるのだ。俺がこんなにも苦しんでいるのに、何故お前は幸せそうに笑っているのだと。

 ただの逆恨みには違いない。しかし俺にとってその怒りは、夕への愛情と同等のものだったのだ。


 俺の心は、静かに、静かに、軋み始めていた。

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