第三十二幕 許せぬ者
――ギインッ!
全に向けて振り下ろされた刃は、しかし、間に割り込んだ影によって寸前で阻まれた。
「涼一!」
その見慣れた背中に、全が声を上げる。全を守ったのは、紛れもない涼一だった。
「はっ!」
人斬りの剣を受けた涼一が、力任せにその体を押し返す。数歩後ずさった人斬りを涼一は追う事はせず、全を背に庇ったまま刀を構え直した。
「全様、何故来られました!」
振り返らぬまま、涼一が声を荒げる。涼一のここまで必死な声を全が聞いたのは、麗羽の一件以来の事であった。
「今外が危険な事は、承知しておられた筈! それなのに、聡明なあなたが何故……!」
「……っ」
全は涼一に、何も言い返す事が出来なかった。涼一が心配だったと、そう言うのは簡単だった。
だがそれは、涼一の事を信じていなかったという事でもある。その罪悪感が、全の口を噤ませた。
「ククク……ハハハ! そうか、道理で夕と匂いが似ていると思ったら、そいつはお前の女か、涼一!」
と、人斬りが突然狂ったような嗤い声を上げる。その爛々と輝く目は、真っ直ぐに涼一を捉えていた。
「……辰之進」
憎しみを隠さない表情で、涼一がその名を呼ぶ。すると人斬り――辰之進は、にやりと狂気の笑みを浮かべた。
「久しぶりだなァ、涼一。家も食い扶持も失って、とうに野垂れ死んだものと思っていたが」
「死ねるものか。姉上の仇を討つまでは」
「仇。ハ! 仇!? それを言いたいのはこっちの方だ、涼一ィ!」
涼一の言葉に、辰之進の瞳の狂気が一層増した。まるでその狂気に呼応するかのように、その手の刀もまた冴え冴えしく輝きを増す。
「お前こそが夕の仇だ、涼一! お前こそが、夕を死に追いやったのだ!」
「……何だと?」
「何と言う幸運よ! この手で、お前を地獄に送ってやれるとは!」
嗤う辰之進とは対照的に、涼一の歯が、固く食い縛られていく。力を込めすぎているのか、手の中の刀もまた、かたかたと小刻みに震えた。
「お前は……どこまでも私の誇りを傷付けるつもりか……!」
「っ、涼一……」
不味い、と全は思った。今の涼一は、明らかに怒りに我を忘れている。
だが、どうすれば涼一の頭が冷えるのか、全には思いつかなかった。
「辰之進! お前だけは……必ず、この手で殺す!」
「やってみせろ! いつも道場でお前に遅れを取っていた、あの頃の俺だと思うな!」
そして、動けずにいる全の目の前で、両者の刃が再びぶつかり合った。
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