追憶 二

「小雪はいいなぁ」


 アタシのくるわ言葉も大分様になってきたある日の事。いつものように二人で遊んでたら、全がそんな事を言ったんだ。


「いいって、何がサ?」

「だって小雪は、綺麗なおべべが着られるから」


 そう言われて、アタシは成る程と納得した。女なのに男って事になってる全は、着てるものもいつも男物だ。

 けど全は、根は女らしい女の子だ。アタシらが着てる艶やかな着物に、内心憧れてたって無理はない。


「とうさまやにいさまは、全は男の子だから女の子のおべべなんか着ちゃいけないって。でも、全も、一度でいいから綺麗なおべべが着てみたいなぁ……」

「……」


 その時の全ときたら、すっかりしょんぼりしちまっててサ。見てるうちに、何だか可哀想になってきちまったんだ。

 だから、アタシはこう言ったのサ。


「……じゃあ、アタシの着物、こっそり着てみるかい?」

「え!?」


 アタシの言った言葉に、全は目をまん丸くしてね。それがとても愛らしかったのを、今でも覚えてるよ。


「だ、駄目だよ。とうさまに怒られちゃうよ……」

「ばれなきゃ大丈夫だって。全だって、この着物着てみたいだろ?」

「う、うん……」

「ちょっとだけ。ちょっとだけなら、ばれやしないさ」

「……」


 全は暫く、悩みに悩んでね。やがて顔を上げて、真剣な顔で言ったんだ。


「……着たい。全、小雪のおべべ、着たい!」

「よし、決まりだね! じゃあ、今着物を脱ぐからちょっと待ってな!」


 そう言った時の全の嬉しそうな顔は、今でも忘れられない。アタシも可愛い妹分に娘らしい事をさせてやれるって、嬉しくてたまらなかったモンさ。

 ……けど所詮、アタシは子供だった。全が抱えるものの重みを、何も解っちゃいなかった。


 この時のアタシの思い付きのせいで全があんな事になるなんて――少しも思っちゃいなかったんだ。

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