幕間 三

 時刻は、の刻を少し過ぎた頃。


「フゥ……夜風が涼しいねェ」


 提灯を掲げ、軽い足取りで、一人の男が歩いていた。少し酔っているのだろう、その頬はほんのりと朱に染まっている。

 男は遊廓で馴染みの遊女と遊び、帰路についているところだった。本当ならば朝まで床を共にしたかったところだったが、明日も早くから自分の店に出なければならなかった。

 煌々とした月明かりが、一人道の中央を歩く男を照らす。が、その行く手に、不意に影が差し掛かった。


「ン……?」


 それは、粗野な身なりをした髭面の大男だった。大男は男の行く手を阻むように、月明かりを背に仁王立ちになっている。

 異様だったのは、その体躯だ。身の丈八尺程もあるその大男は、狂気を孕んだぎらつく目で正面の男を見据えていた。


「――どこだ」


 低く唸るような声で、大男が言った。その、まるで地獄の獄卒のような声に、男の背にぶるりと寒気が走った。


「どこだ……せつ・・は、どこだ」

「な……何だ。せつなんて知らねえ、俺は知らねえ」

「嘘こくでねェ!!」


 すっかり酔いの覚めた男の答えに、大男は苛立たしげに足を大きく踏み鳴らした。まるで地面が揺れたような錯覚に陥り、男の芯がますます冷えて縮み上がる。


「おめの体から、せつ・・の匂いさする。おらには解る」

「ほ、本当に俺は何も知ら……」

「返せ! せつ・・を、せつ・・を返せ!」


 そう狂ったように叫び、自分に向かって突進してくる大男を、男は失禁しながらただ見ているしか出来なかった。

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