追憶 一
――アタシがその子と出会ったのは、
雪の降り積もる、寒い冬の日だった。あの頃村は凶作が続いていて、家族もアタシもどちらも生きて冬を越すにはアタシを人買いに売る以外、他に手段はなかった。
だから決して、両親の事は恨んじゃいない。ただ、残された弟は今も元気で生きているんだろうかと、それだけが心残りだ。
話が逸れたね。とにかくアタシはそうやって人買いに買われ、
当時、花街や遊廓に関する知識なんてなかったアタシは、ここで何をするかを知ってそりゃあ絶望したさ。さよならも言えないまま別れた、故郷で結婚の約束をしたあの子のお嫁にはもうなれない。そう思ってわんわん泣いた。
そんな時――その子と出会ったんだ。
『……おねえちゃん、ないてるの?』
与えられた部屋で、泣いて、泣いて、涙も枯れ果ててきた頃。そんなか細い声がして、アタシは顔を上げた。
少しだけ開いた襖の隙間から、大きな目が覗いていた。故郷に残した幼い弟を思い出させる、くりっとした目。
『……誰だぁ?』
アタシが声をかけると、その目はびくっと震えて一旦引っ込んじまった。けどまたすぐに、そろりそろりと目を覗かせた。
『……おねえちゃん、あたらしいひと?』
アタシの質問には答えずに、襖の向こうの誰かは重ねて聞いてきた。それに少しかちんと来ちまったアタシは、怒鳴り付けるようにその子に言った。
『だったらどうだって言うんだぁ! オメェがオラをここから出してくれるんけ!』
『!!』
突然大きな声を出されてびっくりしたんだろうね。またびくりと震えた目がみるみる泣き出しそうに潤んでいくのを見て、アタシは一気に冷静になった。
こんな小さな子に八つ当たりしてどうするんだろう。まだ弟と同じくらいなのに、ってね。
『……怒鳴って悪かったぁ。もう怒ってねえがら、こっちさ来れ』
まだ顔に残ってる涙を乱暴に手で拭って手招きすると、恐る恐るって感じに襖が開いた。そこにいたのは、やっぱり弟と同じくらいの、髪の短い女の子だった。
女の子だって解ったのは、長い睫毛がとても可愛らしかったから。これは後から知った事だけど、周りは皆、女の子みたいな男の子だと思ってたみたいだね。
その子は一度きょろきょろと辺りを見回してから、部屋に入って襖を閉めた。アタシはその子を安心させようと、懸命に笑顔を作ったよ。
『……おめ、ここの子か?』
『……うん。ぜん、っていうの』
『全か。オラは……ああ、昔の名前さ捨てろって言われたな。小雪だ。オラは、小雪』
『こゆきは、なんでないてたの?』
まあるい、真っ直ぐな目でそう聞かれるとね。一旦は治まってた悲しみが、また溢れ出してきちまってね。またアタシは、ぽろぽろ泣き出したんだ。
『オラ……オラ、皆と、もう会えなくなった。ここでずっと、自分を売って暮らしてかなきゃなんねぇ。それが……かっ、悲しくて、オラ……』
『……』
その子は、アタシの事をじっと見つめてた。そのうち、小さい手を懸命に伸ばしてね。優しく、アタシの頭を撫でたのさ。
『なかないで、こゆき』
『……全……』
『きょうからぜんが、こゆきのともだち』
「ね?」とにぱっと笑うその子見てたらさ。悲しいのとはまた別の涙が、どんどん溢れてきて。
『ぐずっ……あんがと……あんがどなぁ……全……!』
そうやって、その子に撫でられながらずっと泣いてたんだ、アタシ。
――これがアタシと全との、初めての記憶。
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