第九幕 きょうだい

「――さて、言い訳を聞こうか」


 翌日。まだ陽の高いうちから旦に呼び出された涼一は、今回の件について旦に何と報告すべきか困っていた。

 あの後太田屋に戻った全は、一気に体調を崩し。涼一が全と共に店の外に出た事も、旦に露見する事となっていた。

 昨日まで部屋からまるで出てこなかった全を外へ出し、あまつさえ連れ回した――真実は逆なのだが、旦はそう思っている――涼一に対する旦の怒りは計り知れない。かと言って、事実を洗いざらい告げたところで旦がそれを信じるとは思えなかった。

 しかし、万一信じたとしても、いや信じる可能性があるからこそ、余計に旦にだけは昨晩の出来事を言う訳にはいかない。それは涼一と全の、共通の見解であった。


 ――麗羽を死に追いやったのは、恐らくは旦だ。


 普通身請けの話は、当事者の誰かが触れ回らない限り他の客にまで知れ渡る事はない。なのに、旦は麗羽の身請けの話を知っていた。

 旦は放蕩癖があるとはいえ大店おおだなの主人、だから情報を知る事が出来たと考える事も出来る。だがそれならば、その主人に替わり店の経営を担う全が全く身請けの話を聞かなかったのは不自然だ。

 恐らくは身請けの話が本格的に漏れるより前に、麗羽は死んだ。身請けが決まったと――初めてそう人に明かした、その晩に。

 麗羽の死に旦が関わっていると知れなかった理由は解らない。松井屋の弱味を何か握っていた可能性も、旦なら有り得ると思ってしまう。

 それに麗羽が旦に向けた、あの目だ。あれは明らかに、ただの客の一人を見る目ではなかった。


 そして何よりも、二人が麗羽を殺したのが旦だと思ったその理由。それは二人だけが知る、旦の本性・・にあった。


「……体調の優れない全様を連れ回した責、それは総て私にあります。どうぞ何なりと処罰を」


 考えた末、涼一は自らの非を全面的に認め、余計な追及は避ける事にした。元より全を止められなかった責任は、自分にあると涼一は考えていた。

 こうべを垂れ裁きを待つ涼一に、旦が面白くなさそうに鼻を鳴らす。そして普段とは全く違う、冷徹そのものの表情で言った。


「本当なら、今すぐにでもお前を追い出してやりたいところだけどね。生憎と全から、お前に寛大な処置をと固く言われているんだ。もっともお前がここで自分の身の保身に走る小物であれば、聞いてはやらなかったところだけど……全く、お前のその全への忠誠心、本当に忌々しいよ」


 吐き捨てるように言い、旦がぷかりと煙管キセルを吹かす。と、その目が不意に、弧に歪んだ。


「でもね、覚えておおきよ、涼一」


 そして旦は宣告する。二人にとって、逃れ得ぬ事実を。


「どれほどお前があの子に心を砕こうと、あの子は決してお前のものにはならない。あの子を縛れるのはただ一人、この僕だけ。だってあの子と僕は、この世でただ二人きりの兄妹・・なのだからね」


 兄妹。――あにといもうと。


 生まれてすぐに、遊廓を営む者に女はいらぬと男として育てられ。父が没した今なお、実の兄によって女として生きる事を許されない。

 女ならば、いつかはどこかに嫁に行く。だが男ならば、いつまでも手元に置いておける。

 遊女はいつかは年季が明ける。生きてさえいれば、自由になる機会は巡る。

 だが全にはそれもない。男として生きる全には。


 父の歪んだ思想によって、兄の歪んだ愛情によって、この太田屋に囚われた籠の鳥。それが彼の、彼女の、全の――真実。


「お前がここにいられるのは、僕が全の役に立つと思っている間だけ。それを努々ゆめゆめ忘れないようにね? 涼一……」


 そう言って旦が浮かべた笑みは、ぞっとするほどに冷たく、美しかった。

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