学院で人気の完璧美少女令嬢が実は許嫁で俺の前でだけ嫉妬心丸出しの色んな顔を見せて甘えてくる
すかいふぁーむ
第1話
「おはようございます。
「おはようございま……え? なんで?」
起きたら目の前に美少女がいた。
なんだこれは……。よし、1つずつ確認しよう。
ここは間違いなく俺の家で、ベッドの上で、まだ朝の6時で……何も問題ない、いつもの朝のはずだ。
いつもと違うのは目の前の存在だけ。オッケー。落ち着いた。いや無理だ。落ち着けない。
「どうかなさいましたか?」
「えっと……天乃川さん……?」
「はい! 覚えていてくれましたか?!」
ベッドの上で横になる俺にグイっと顔を寄せてくる
覚えているも何も、うちの学院で彼女を知らない者などいないだろう。
天乃川財閥のご令嬢。
学院の女神。
1万年に1人の美少女。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。
才色兼備が服を着て歩いているような完璧令嬢がこの、天乃川美月だ。
「えっと……なんでここに?」
そう。問題はいま、なぜ、俺の目の前に天乃川さんがいるのかということだ。
直接お目にかかるだけで恐れ多いくらいには、目の前の女性の人気は絶大なものだ。
それがこうして会話を出来るなど、夢にも思っていなかった。ましてや、朝から自分の部屋に現れるなど……。
「あ、そうか。夢か」
安心したら眠気がきた。そもそも6時に目を覚ましてるのがおかしかった。うん。夢だ。
しかしまぁ、うちの学院生なら当たり前の憧れの対象。好きじゃないわけではもちろんないが、夢で見るほど意識したことはなかったはずだが……それでも夢に見るのは不思議じゃないよな?
「おやすみ」
「そうですか。もう少しお休みになられるんですね」
何か耳元で聞こえた気がしたが、そのまま意識はまどろみに沈んでいった。
◇
「夢じゃなかった……!」
起きたら目の前に美少女の顔があった。
何のドッキリだ!? そうかドッキリか。いや見るからに人の良さそうな天乃川さんがそんなことするようには思えない。
「はい。おはようございます。
にこやかに笑いかける姿は流石1万年に1人の美少女とか言われるだけある。こちらが緊張するほど美しく、ドキドキするほど可愛かった。
「おはようございます……ってそんなこと言ってる場合じゃない。ほんとになんでここに?!」
「あら……やっぱり覚えてらっしゃらないのですね……」
何故か頬を膨らませて少しすねたような表情を浮かべる天乃川さん。どんな顔してても、美少女は可愛いんだなぁ。
違う。現実逃避をしている場合ではない。
思い出せ……何かあったはずだ。こうなった理由が、なにか……。
例えばそう、昨日お持ち帰り……そんなわけないだろ。学院の女神と接点なんて持ってるはずがない。
じゃああれか……? 拾った鍵を届けてくれた……とか? いや昨日はしっかり自分で鍵をあけて帰ってきたはず。合鍵もないし、一人暮らしなので俺が鍵を持っていなければ家にいるはずもない。そもそもなぜ朝来たんだって話になる。
じゃあなんで……。
「もうっ! 許嫁のことを忘れるなんてっ!」
答えは彼女からでてきた……。衝撃的な言葉を伴って。
「許嫁……?」
「成久さんはもう……忘れられてしまったのですか……?」
いつの間にか名前で呼ばれていることにドキドキもするが、いちいち手を握ってきたり動作が仰々しく、免疫のない俺の心臓にとても悪い。
ただどの動作も洗練されていて、芝居がかった仰々しい動きですら礼儀作法に習った美しい所作に見える始末だった。さすがは完璧令嬢。恐るべし。
「忘れたって……え?」
「わかりました……成久さんは私のことなどもう覚えていらっしゃらないと……」
目が怖い。こんなコロコロと表情を変える人だったのか。遠くから見てるだけだと知らないことが多いもんだなぁ。
「そうですね……だからあんな、私というものがありながら女性と楽しそうにお喋りを……私というものがありながら……」
ぶつぶつとうつろな目で何をつぶやく天乃川さん。こんな顔もするんだ……。
学院ではまず見ることの出来ない表情を拝めたことに感動していると肩を掴まれて強制的に意識を戻された。
「ちょっと! ちゃんと聞いていますか?!」
「はい! すみません!」
急にこちらに身を寄せてきたことに驚いて慌てて返事をする。
「もうっ。いいです。成久さんが覚えていなくても、この約束は生きていますからねっ!」
「約束ってのは……その……」
「私達は両親の決めた許嫁。私は幼い頃からずっと、成久さんに嫁ぐために花嫁修業をしてきたんです!」
衝撃の事実だった。
あの? 学院の女神様が? いやいや騙されるな。
うちの両親が国を代表する大財閥と関わりがあるはずがない。俺はごく普通の家に生まれて、少し恵まれていたため何不自由なくこうして生活をさせてくれて、あれ? そういえば学校選びのときだけはえらくここを勧められたな……?
「どうです? 何か思い出しましたか?」
「いや……ただ何か、繋がりそうな気がする……」
天乃川さんは「そう! その意気です! もう少し!」と楽しそうに応援してくれている。
俺の中で組み上がっていく話はちょっと突拍子もないものの、こうして目の前に
思えば身の丈に合わない学院への進学を勧め、入学できたら一人暮らしと、それまでの金銭感覚で言えば少しぶっ飛んだ提案を受けたことを思い出す。そしていざ入学となったら、そのへんのワンルームのアパートでなく1LDKもあるマンションに住まわせてくれたことも今思えば違和感があった。
あのときは初めての一人暮らしで心配だからという言葉を真に受けたが、冷静に考えればここの家賃はうちのこれまでの金銭感覚とはずれていた。
「まさか……」
「少し思い出してくれましたか?」
「いや……えっと……多分情報の行き違いというか……」
「え……」
絶望的な顔をする女神様。多分勘違いしてる。
「いや、あの、許嫁の話が嫌とか違うってわけじゃなく――」
「もし! もしその話が無くなっていたとしても! 私は成久くんのことが……」
「ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」
ほとんど抱きしめられそうな距離まで詰められて焦って身体を離す。
「まず、多分だけど、その許嫁の話はうちの両親から俺に伝わってない」
もしもその話が本当なら、だが。
「それは……どうして……?」
「そりゃ……」
どうしてだろうな?
「多分、俺をぬか喜びさせないため?」
考えられる理由があるとすればそのくらいか。
一般庶民の草野家の長男である俺が、国を代表する大財閥のご令嬢と結婚するなど、雲をつかむような話。実際に決定的な段階になるまで黙っておくのは不思議ではない。
「それでは……別に成久くんは私のことを嫌いなわけではない……?」
「それはもちろん」
むしろこんな完璧美少女を嫌いな人がいるなら見てみたい。
ホッと息を吐く姿でさえ拝みたくなるほど美しいというのだから。
「で、多分だけど、ホントは今日の放課後とかに来る予定だったんじゃ……?」
「えーっと……」
これまでずっとまっすぐこちらへぶつかってきていた天乃川さんが初めて顔をそらした。ちょっと気まずそうな顔をしている。
「まぁ、いいんだけどさ」
「だって! だってやっと! やっとですよ?! もう私……昨日の夜から待ちきれなくて……」
「で、こんな早朝から来たと……」
「うぅ……良いじゃないですか……旦那様を起こすのも、ずっと……憧れてて……」
消え入りそうな声で小さくなっていく天乃川さん。若干いじけていて可愛い。
「それはまぁ、良いんだけど」
「良いんですか? 良いんですねっ!」
跳ねるように何度も確認する天乃川さんをなだめて話を戻す。
「なんでまたそんな、元々親同士が決めたことだったんじゃ……?」
なんで両親がこんな雲の上の存在とお近づきになれたのかは一旦置いておいて、不思議なのはそこだ。
「それは……どうしても言わなければいけませんか……?」
何故か真っ赤な顔をして上目遣いでこちらを見てくる。可愛い……。ドキドキしてしまう。
「えっと……どうしてもってわけじゃないけど……」
「そうですね……確かに最初は両親に言われて、特に何の感情もありませんでした」
あ、喋るらしい。喋りたいと顔に書いてある。
「誰かもわからない相手でも、結婚はしないといけないとわかっていましたから」
「やっぱ大変なんだな……大財閥のご令嬢ともなると……」
「ふふ……成久くん、他人事じゃないですけどね?」
くすっと笑いかけてくるその笑顔も完璧だった。どこを切り取っても絵になる。多分下手くそな俺が写真をとってもコンクールとか出せちゃう。そのくらい絵になっていた。
「で……初めて成久くんと会ったときに……って! 時間が!」
「え? あ!」
二度寝までしたんだ。そりゃ時間もなくなるはずだ。
「俺は準備して走っていくから、天乃川さんは先に」
「嫌です」
ギュッと手を握られる。
「せっかく一緒になれたんですから……」
おずおずとこちらを伺う姿は、これまでの完璧な美少女と違って、なぜかただの同級生の、1人の女の子の表情に見えた。それはもちろん、魅力的な意味で。
「わかった……急いで準備する」
「はい……」
多分一緒に登校なんかしてしまったらとんでもない騒ぎになるだろう。
ただ、目の前にいる美少女の嬉しそうな顔を見ればそんなことは些細な問題のように思えた。
後にその判断を呪うことになったとしても、たしかにその時はそう思えたんだ。
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