第7話 死は永遠のdarkness

死んでしまえば誰も私のことを話さなくなるだろう。ほら、やっぱり誰も私のことを完璧に知る人間なんていなかった。例え親でも。いつの間にか私の生きていたことのことなんて知る人間は消えていって、私の名前すら知らない人たちが私のことを噂し始めた。しかも、はた迷惑な噂だ。噂し始めたと思えばいつの間にか時代は進んで、皆よくわからない機械を持つようになった。そんな時代になってしまったことに気づかずに私はずっとここにいる。何も知らずにずっと「死ななければよかった」と悔やんでいる。夕日が差し込んで自分の手を見ると透けているんだ。その下に見える自分の足も透けていて、廊下の白っぽいグレーが見える。私はいつ消えるのだろうかと考えているとなんだかんだ言って私は

〈怪異〉というものになっていた。そうか、私は死んでいるのか。そして、完璧にこの世から消えることなんて無理なんだな。神さま、貴方はなんて


意地悪なんだ…





私はイライラする。私は必死に走っているのに隣の幽霊さんはフヨフヨと浮いているのだ。しかも私の方を見て、小馬鹿にするような笑みを浮かべて。

「ちょっと史奈さん!走っている私のこと考えてくれているの!」

「考えると思ったの、君?」

うわぁ、ムカつく。私、幽ヶ岡 椎名はある事情でこのフヨフヨの、人を小馬鹿にする表情を浮かべている『階段の史奈さん』のお手伝いをすることになった。のだが、その一番初めの仕事がある男の子の自殺を止めることなのだ。なんで人の命が消えるか消えないかが懸かっている仕事を…しかも自殺するのは今日なんて!

「どうして自殺する日が今日なの?!」

「そんなこと…私に言われてもねぇ」

私はとにかく走る。今まで生きてきた中で、こんなにも誰かのために全力疾走することなんてないだろう。しかも名前も顔も知らない誰かのために。屋上の扉をこれでもかというくらい勢いよく開ける。格子の向こうに男の子が見える。

「…バカァ!」

私は必死になって走って腕をつかみにいく。落ちていく、待ってよ、何しているのよ!

たっちの差で彼は死ぬことが叶わなかった。つまり、助けることができたのだ。私は思いっきり引っ張って彼が元いたであろう場所に引き戻した。呆然と空を見上げる彼の横で私は四つん這いになる。人ってなんて重いんだろう。息を整えていく。

「……どうして助けたの?」

今死んでいたかもしれない人は、未だに空を仰ぎながら質問する。それは…『階段の史奈さん』に頼まれたから、というと信じてもらえないのは百も承知なのでこう答えた。

「私、貴方が『階段の史奈さん』に相談するところ見ていたから」

彼は空から私へと視線を移して不審そうにする。

「あの時周りには誰もいなかったはずだけど」

「え?あぁ、途中からしか聞いてないけど、気になってね、あはははぁ…」

なんか見苦しい言い訳ばかりだな。

「あ、でも名前は知らないの。なんていう名前?」

「……栗本 一歩くりもと はじめ

「私は幽ヶ岡 椎名。……その突然で悪いけど、どうして死のうとしていたの?」

私は無意識のうちに正座をしていた。硬い地面は私のふくらはぎを痛める。栗本は足を投げ出した格好で面倒くさそうにこう答えた。

「面白くないから」

「……は?」

その答えは私には理解しがたい理由であった。

「面白くないんだよ、この世界は。何もない。刺激がない。生きていてなんの意味がある?」

「…あんた、家族は?」

「……いるけど?」

史奈さんは栗本の真後ろに立っている。表情はよくわからない。だけど、なんだか怒っているみたいに感じる。私も心底残念で、はらわたが煮えくり返った。私はこんな奴のために走っていたのか?何故?命の価値も知らない、その尊い命を無下にするような輩のために。

「…ふざけないで、貴方の命は自分だけのためのものじゃないの。なんでわからないの」

「は?何まじになってんの?初対面のあんたに説教される筋合いないんですけど」

栗本は嘲笑して、そう言う。一気に頭にきた私が叫ぼうとした時、もう1つの声が静かに、ゆっくり、ふっと聞こえた。


「死んだら終わりなんだよ。その先には何もない。刺激なんて生きていた以上に欲しいのに、生きていた頃よりも何もない。

死は生の延長線上じゃないんだ。

死はただただ続く


永遠の闇さ」

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