第3話

あなたには伝えたいことがいっぱいあるんです。一度だけでいい、だから会いたいです、先生。


第三話 あなたのおかげで


「はあ、はあ…っ、はあ」

ああ、まただ。息ができない。学校に行きたくない。

別にいじめられてるとか、友達がいないとかそういうわけではない。まあ友達は少ないが。

「あーあ、しんどい。」

正直、楽しいこともないし、毎日が嫌だから生きている意味なんて無いと思う。

私にできることは何もないからただ勉強しておけば大丈夫か、みたいな。そんな軽い気持ちで勉強しているつもりだったが、いつしか自分を追い詰めていた。

「私には勉強しかないんだから。」

でも、努力は天才に勝てない。どう頑張っても、学年で一番にはなれなかった。

移動授業はいつも一人だし、他人と話せる内容なんてなかった。流行りのアイドルとかドラマとか、どうでもよかった。もう分からない。自分が何をしたいのかも、何か好きなのかも。何もかも全部。

今学校に行かなければ、私はどうなるんだろう。コミュニケーション能力が皆無な社会不適合者の私は、これから生きていけるのかな。

「大丈夫か。」

「大丈夫ですよ。」

担任は私に声を掛けた。ただ愛想笑いを浮かべる。普通に言うことをきいて、愛想をよくして、真面目に生きていれば、大抵のことは何とかなる。そう思っていた。

「嘘だろ。」

(はあ、しつこい。)

「元気ですし、大丈夫です。」

ああ、駄目だ。こういう時に心配されると…

「…っ、はあ。すみません。大丈夫です。」

そう言って立ち去ろうとした。でも、出来なかった。

「ちょっと、来い。」

私は仕方なく、従った。ここで逃げても怪しまれるだけだ。

談話室、殆ど使うことのない教室だった。

(ここでテキトーにやり過ごせばもう心配されることはないでしょ。)

「何があった?」

「だから、別にないもないですよ。本当に。」

「言いにくいことか?」

あまりにも優しく言うものだから涙が溢れてしまった。バレないようにしなきゃ。

そう簡単に涙は止まってくれなかった。

「学校に行きたくないんです。」

「何で?」

そんなもの

「分からないから、どうしようもできないんですよ。」

「じゃあ、一回学校休んでみればいいんじゃないか。」

予想もしなかった応えが返ってきた。教師の言うことか。

「一度休めば、もう行けなくなります。

それに勉強も遅れると大変なので。」

「お前、夢はあるか?」

暑苦しいな、もう夢なんていいんだよ。

「ないです。」

「これは俺の勝手な意見なんだけど、お前は教師に向いてると思う。」

「えっ…」

戸惑いしかない。だって

「私人と話すのが苦手で嫌いなんです。だから、絶対無理ですよ。」

「だって、お前よく友達に勉強教えてるだろ。」

それは、ある程度勉強できて天才じゃないから、"分からない"が分かるからってだけでしょ。

「それに、お前の持ってる苦しみは俺には分からない。お前は人の痛みを分かってあげられるだろ?」

『それは、お前の凄い所で強みだ。』

不確かで真っ暗だった未来に何か目指してみたいと思えた、光が見えた。

ただ、先生の言葉に乗せられたわけではない。本当は

「私、色んな事情で学校に行けない、行きたくない、そんな人でも通えるような場所を作りたいんです。」

自分の気持ちに嘘をついていたから。

「そうか言ってくれてありがとな。正直、簡単なことじゃないと思う。だけど、誰かお前を反対しても馬鹿にしても、俺はお前の味方だからな。」

その言葉は私を強くした。


中学を卒業してからも、勉強を一生懸命にした。そして、カウンセリングを学んだ。

親には、そんなんじゃなくて、安定した仕事をしなさいと言われた。でも先生の言葉を胸に。諦めたくなかった。


ついに待ち望んでいた。

「出来た!」

出来過ぎな程ちょうど空いた地域の施設の部屋を借り、少しずつ活動を始め出した。

勿論、そう簡単にはいかない。

「あんなの、信用できない。」

仕方ないことだった。悩んでいる人がいないほど喜ばしいことはないが、そういう意味ではなく人は来なかった。


(やっぱり、駄目だよね…)

「あのすみません。」

小学三年生くらいだろうか。幼い女の子がお母さんと一緒にやってきた。

「この子、学校に行きたくないって言ってて。でも、学校に行かないのは親として心配でここなら大丈夫ですか?」

「はい任せてください。」


最初はあまり話してくれなかった少女は次第に笑顔を見せ、色んなことを話してくれるようになった。勉強もすごく頑張ってついてきてくれた。

「あのね、結衣、ずっと勉強ができなかったんだ。だからクラスの子にバカにされて学校に行きたくなくなっちゃった。」

「そっか、辛かったね。でも、結衣ちゃんは負けなかったんだ。」

「でも、結衣学校行ってない。」

「毎日、ここに来れてるよ。それに勉強もすっごい頑張ってて、ほら!前やったテスト

100点だったよ!」

「結衣、すごい?」

「すごいよ。誰にもできることじゃないよ。」

それから、結衣ちゃんと共に一緒に学んでいった。


「先生、今までありがとうございました。」

ついに卒業の日だった。

「わたし、学校に行こうと思います。」

「よく頑張ったね。私、結衣ちゃんに出会えて良かった!」

二人とも涙で顔がぐちゃぐちゃだった。だけど、とても幸せな瞬間だった。

「頑張ってね。」


その日が来たら試してみようと思ったことがある。結衣ちゃんが言った

「死んじゃった人に会える踏切があるらしいんだけど、先生は誰に会いたい?」

私は今日、記念すべき日に試してみると決めていた。


顔の整った可愛い少女が立っていた。それに加え、表情が変わらないから、少し怖さを感じる。

「貴方は死者に会えるなら会いに行きますか?多少のリスクを負ってでも会いに行きますか?そうそう、ここには…

死者の世界に行けるという踏切があるらしいですよ。」


合言葉を言えばいいんだよね。

『そんな勇気、私にはありません。でも私は踏切を渡ります。』


「分かりました。では、ルールを確認させていただきます。

1、合言葉を言うこと-クリア

2、会いに行けるのは1人1回、1人まで

3、踏切を越えたら会いたい人の名前を呼ぶこと

4、制限時間は踏切のバーが上がっている時だけ

たったこれだけです。問題ないでしょう?」



「では踏切が開きます。私も共にいきますから大丈夫ですよ。

これが私の仕事です。」


カーンカーンカーン

踏切の音が聞こえて私たちは歩き出す。

「では名前を。」

『橋爪 秋緒』

もちろん、呼んだ名前は私の恩師だ。


真っ白な霧のようなところから先生は現れた。

「先生、私夢が叶いました。あの日先生に言えたあの夢を。正直、親にはめちゃくちゃ反対されました。でも先生の言葉があったから味方でいてくれるって信じてたから。

今日1人目の生徒が卒業しました。小学校では学校に行けてなかったけど、中学へ行く勇気を与えることができました。」

『あなたのおかげで私は生きる意味を見つけられました。』

先生は静かに聞いてくれた。少し涙を浮かべながら。そして口を開く。

「俺は何もしていないよ。お前がやったんだ。お前は凄い奴なんだよ、自分で気づいてないだけで。俺なんか、新人の時は上手くいかなかったし、お前の担任の時まで空回ってばっかりだった。これからもお前には沢山の困難が降りかかってくると思う。正直に言う、人生は簡単じゃない。誰かからの批判を受けることもある。何気ないことで傷つけてしまうことがある。でもそれを乗り越えたらまた違う世界が見える。」


私はこれからも沢山傷つくと思う。そして傷つけてしまうと思う。人間は駄目なことがあったら傷ついてしまうから。抗うより傷つく方が楽だから。でも、そこで止まっちゃもっと駄目なんだ。その傷を証のように進むんだ。時には後ろを見てもいい。綺麗事では済ませられないこの世界と見つめあって。


「はい、乗り越えてみせます。」

「ん。いい返事だ。」


カーンカーンカーン

踏切の音が聞こえる。

「俺はいつでもお前の味方だからな。」

「ありがとう、先生。」

そう言って走り出す。踏切のバーが下がった。

手を天に突き上げ背伸びをする。

私を信じてくれる人がいるのならば、私は何処へだって行ける。


コンコン

小さな部屋のドアがたたかれる。

「あの…すみません…。はじめまして。」

「今日から宜しくね。これから"も"頑張っていこう!」

「これから…も?」

「君は、いつでも頑張ってきたでしょう?」

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