第2話
俺はあんたに言わなきゃいけないことがある。何も言わずにさっさといっちまったあんたに。
第二話 俺の本当の
「母さん、お願い、死なないで。」
そんな願いも虚しく、母さんはさっさと逝ってしまった。まだ、幼かった俺はどうすることもできず、ただ泣いていた。
「竜くん、おばちゃんのところにおいで。」
母さんは親戚に嫌われていたらしい。幼くても分かるほど露骨だった。電話がかかってくるたび、漏れ出す罵声が聞こえていた。そんな中で唯一声を掛けてくれたのは俺の叔母だった。
俺が中学生になるまで一人で育ててくれた。
「竜くんは人の痛みが分かるいい子だからね、いつかあなたがあなた自身を苦しめるんじゃないかと不安なのよ。」
時は流れた。
俺は"反抗期"というやつに入ってしまった。
「竜くん、学校ではうまくいってる?」
「うるせーな!ほっとけよ!!!」
何も悪くない叔母さんに強く当たってしまったんだ。言いたくない言葉が溢れてしまう。だから、叔母さんの病気に気づけなかった。
確かに痩せこけていたのに、椅子に座っている時間が増えていたのに。自分のことでいっぱいになっていた自分が憎い。
そして極め付けには、
「あんたには関係ねーだろ。母さんでもないのに。」
そんなことを言ってしまった。
叔母さんも母さんと同じように逝ってしまったんだ。ただ、傷つけて、何も言えず。
静かに、安らかな顔をして。
そして、聞いたんだ。踏切の噂を。俺はその瞬間、歩き出していた。
独特の雰囲気を持つ少女が立っていた。綺麗な黒髪が風に揺れる。
「貴方は死者に会えるなら会いに行きますか?多少のリスクを負ってでも会いに行きますか?そうそう、ここには…
死者の世界に行けるという踏切があるらしいですよ。」
合言葉を言えばいいんだよな。
『そんな勇気、私にはありません。でも私は踏切を渡ります。』
「分かりました。では、ルールを確認させていただきます。
1、合言葉を言うこと-クリア
2、会いに行けるのは1人1回、1人まで
3、踏切を越えたら会いたい人の名前を呼ぶこと
4、制限時間は踏切のバーが上がっている時だけ
たったこれだけです。問題ないでしょう?」
「一人だけなんだよな。」
「はい。」
もう、最初から決まっていた。絶対に話さなければいけない。
「準備はいいですか?では踏切が開きます。私も共にいきますから大丈夫ですよ。
これが私の仕事です。」
カーンカーンカーン
踏切の音がする。俺達は踏切を渡った。
「では、名前を。」
『三吉 香織』
叔母さんの名前だ。
名前を呼んだ瞬間白い空間の中から叔母さんが現れた。
「竜君…。」
あの頃と変わらずやせ細っていた。
「俺はあんたに言わなきゃいけないことがあるんだ。ずっとあんな風に叔母さんにあたってごめん。病気に気付けなくてごめん。」
「いいのよ。貴方にとって大切な成長だもの。それに、気づかなくて良かったわ。」
「何言ってんだよ。」
俺は知っている。
「ちゃんと入院して、治療すれば治る病気だったんだろ。だったら俺になんか構わず…」
言葉に詰まった。いつの間にか頰が濡れていた。雨なんて降ってないのに。俺はぽつりと呟く。
「自分を大切にしてほしかった。」
「私は私のしたいように生きたわ。貴方は優しいからね、私の心配をして自分を忘れてしまいそうだから。」
『優しい』そんな言葉、俺には似合わない。
「貴方は幼くしてお母さんを失って、辛かったでしょう?私はどうしても、母の代わりにはなれない。貴方にどうしてあげることもできなかった。」
あんたはいつも俺とどう接したらいいか分からなそうで、でもいつも温かく包み込んでくれたんだ。
「ごめんね…」
俺が一番伝えたかった言葉を。
「あんたは俺の本当の母親だったよ。
もちろん、母さんが母親じゃなかったってわけじゃないけど、俺はあんたに感謝してた。」
カーンカーンカーン
踏切の音がする。
だから、今。
『ありがとう、お母さん。』
あの日言ってしまった間違った言葉。
それは本心じゃなかったって伝わったかな。
「ばいばい。」
そう言って後ろを振り向いた。そして踏切の外に出た。
俺はあの日のあんたの顔が忘れられない。傷ついた、でも仕方ない、そんな諦めの表情が。だけど、今のその顔に記憶は塗り替えられそうだ。
まだまだ俺は子供だ。でももう人に当たったりしないし、一人でも生活できる。
それはお母さんが教えてくれたからなんだよ。
晴々とした気持ちで乾いた空を見上げた。
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