想いの花

@PJOMY

第1話

人は生まれる時一つの種ができる。その花が咲く時こそ人が死ぬ時。枯れる時じゃないのが疑問なんだけれど。何か意味があるのだろうか。


子供の花


私達の間にはなかなか宝を授かることができなかった。そんな中に君だけは来てくれた。私達は嬉しくて仕方なかった。ただ一つ迷いがあった。待ちに待った君は脳に欠陥があった。君が地上へ降り立った時苦しむことが多いだろう。私はこのまま産んでいいのか?

夫と話しに話しあった結果、『助け合えば良い』私は産むことを決めた。どれだけ君が苦しんでも私達が守る。世界で一番愛し続けることを誓った。

三時間くらい苦闘してなんとか君の温もりを感じることができた。堪らなく愛おしかった。小さい、でも強い種ができた。嗚呼、やっぱり産んで良かった。君はどう感じるかはわからない。長くは生きることができないだろうし。

やはり、周りの子供達とは成長は遅く、結果的に君は言葉を発することができなかった。伝えたいことがあるのかもしれない。それに気付いてあげたい。

君の誕生日。もう花の蕾が開きそうだった。それが表しているのは

「もう生きることはできないでしょう」

ということだ。せめて最期何かしてあげれることはないのだろうか。

私はずっと撮り溜めていた写真やビデオをスライドショーにした。最期に君の笑顔を、涙を。私達の愛を、思い出を。おもいっきり感じてほしい。部屋を暗くして壁に映し出す。君が産まれた日、始めて立った日歩いた日。

公園で遊んだ日。他にも数えきれないほどの思い出を。本当は長いはずなのに一瞬だった。君はどう感じてくれるのかな。私は今どうしようもなく切なくて愛おしい。涙が止まらないよ。君の最期は笑顔で見送ってあげたいのに。君はそんな私にそっと笑いかけた。そして一筋の清らかな涙が流れた。私達も応えるように精一杯笑う。君は目を閉じた。その瞬間花が咲いた。美しいゼニアオイの花が咲いた。私達は泣いた。分かりきっていた結末でもやはり辛かった。でも、君からもらった幸せを大切に生きていくよ。


老婆の花


私の両親はもう80歳を越えている。そして父は著しく記憶力が低下していた。過去の記憶が消えていって新たなな記憶もインプットされない。そう、ただ忘れていくだけ。ご飯だって食べてもすぐに「まだか」と言う。所謂「さっき食べたでしょ」状態が続いていた。私にも自分の家庭があってずっとそばにいることはできない。そこで父の一番の支えになっているのが母だ。60年程前に愛を誓い合ってから、ずっと心身共にそばにいる。二人の花もずっと隣同士で。


ある日のことだった。私は二人の息子を連れて様子を見に行った。

「おじいちゃん久しぶり!元気だった?」

二人は元気そうに言った。

「お前、息子が二人もいるのか。良かったな。」

心が凍りついたように冷たい。おかしい、二人とも父と昔よく遊んでいたのに。

「ねえ、ママぼくたちわすれられたの?」

さっきまでの笑顔が嘘のように悲しげに笑う。

これだけ幼い子供達でも分かってしまう。残酷な事実が突きつけられた日だった。

いずれ私も忘れられるんだろう。そんなこと分かっているのに。どうしてこんなに胸が締め付けられるのか。

「お前は誰だ?」

突然のことだった。深く心が傷ついて。実の父に忘れられるってこんなに苦しいんだ。子供達も辛かっただろう。泣いても、今までの思い出を思い出すたび胸が痛い。これももう覚えてないんだろうな。

父も毎日毎日何かが消えていくのが分かるらしい。ただひたすら「忘れたくない」と呟く。

私には最も恐れていることがあった。でも時の流れは待ってくれない。

「お前は誰だ?」

その言葉が向けられたのは母だった。母は何も言わなかった、いや言えなかった。言葉を失って頭が真っ白になって。

私は知っている。母が誰もいない部屋で一人で泣いていること。でも私の前では泣かない。もう少し頼ってくれても良いのに。

母はどんどんやつれていった。食欲もなくなり、話さなくなった。そんな日々が続いていた。私が父の側にいると花が咲いた。母の花が。この花はワスレナグサ。それを見た父は急に泣き出した。そして叫ぶ。

「エリさん」

母の名前だ。今まで忘れていたのに何故かそう母の名前を呼び続けるのだ。なんて世界は残酷なんだ。死んだ後に思い出すなんて。

やはり私は忘れられたままだった。最期は母だけを覚えていた。それが苦しくも愛おしかった。ついに父の花も咲いた。父の花は赤い薔薇だった。

「お母さん、忘れられてなかったよ。」

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