第6話 退屈と飽きと、

 退屈は私の天敵である。


 面白いことのない生活は私を憂鬱にする。


 だから、私は面白いことを求め続ける。


 問題は、結局それが新たな刺激の発見とそれへの飽きの繰り返しになるのだろうと、更に一段高いレベルで予見して、人生全体に飽きかけていることである。


 多分、全面的に飽きるには何かが足りない。


 単にこの国が引き金で人を死に至らしめることのできる銃社会でも、精神疾患を理由に安楽死できる国でもなく、飽き切って意識的に捨て去る前段階の苦痛への恐怖があって、閾値が高すぎるからなのかもしれない。


 ゲーテではないが、若い頃には人生の無意味さを知ったというその理由だけで最終結果にひとっとびできるか気になって、自らの胸元に刃を突きつけてみたことも何度かある。だが、これについては刃が触れた痛みだけで諦めた口だ。

 しかし、もしも安楽死の手段が合法的に提供されていたら、あるいはその道を選んだ可能性もなくはない気はする。


 そんなものだ。


 だが、飽き切れないのは、あるいは、より積極的な意味で一縷の期待を捨てきれず、予想外への飛躍を待ち望んでいるからなのかもしれない。


 恐らく私が求めているのは天才的な飛躍である。


 若い頃は(今も社会的に見れば十分若い方なのだろうが)、ゲテモノ料理に飛びついてみたり、DJを名乗る本当は何をやっているか分からないおじさんの奢ってくれるのに任せて夜中の六本木や渋谷や広尾あたりをめぐってオールしたり、浅草から人力車で学校に乗り付けてみたり、バーに行ってカクテルやシガーの道を楽しんでみたり、ミスコン界隈の女の子と遊びに行ってみたり、クラシカルな洋画を見まくったり(学校図書館にはレーザーディスクなんてものがあったのだから興味深い)、国際○○オリンピック(○○には哲学だの数学だの物理だの色々入る)に出るような才気溢れる友人たちと興味深い話を交わしたり、別の友人にした約束を律義に守ってそんな才気溢れる人々のいる学校で一番の成績を取ってみたりと、色々したものだ。


 経験が少なければ少ないほど、多くの体験が初めてに映る。若ければ若いほど、多くの初体験に出会える。

 小さな子供などは、初めて立った、初めて歩けた、初めて喋れたという類の経験で大喜びなものだ。


 だが、新鮮だった体験も、慣れてしまうと飽きに至る。

 更に、経験の蓄積は、「次はこうなるだろう」という予測を生み、予測が当たるようになると、予測の先回りによって新鮮さが減じられてしまい、真に予想外と言える経験はなかなか見つからなくなる。

 思考停止という選択肢は、多分私には存在しない。思考が自身にとって不利な結論を導くとしても、何が正しいかを見極めようとせずに自分をごまかす虚しさに比べればまだマシだ。


 予想外でなくなってしまった経験は、語るとしても大して面白味がない。少なくとも、語る私自身にとっては、全く面白味がない。

 当時の私にとって面白かった記憶はあっても、そしておそらく客観的に見れば珍しい体験であっても、では面白く語れるかというと、今の私からすれば「そんなにたいしたことではない」ので、多分普通の日常的世間話以上には面白くならないだろう。


 飽きが来ると、人生の虚しさや無意味さを嫌でも直視するしかない。


 飽きに対する処方箋は、結局ある種の勢い、「たとえすべてが無に帰すとしても」その無意味性を吹き飛ばして私を駆り立てることができるだけの勢いを与えてくれる何かのみだ。


 だから飽きからは逃れるしかない。そして、退屈は私の天敵なのである。


(追記)


 余談だが、結局この退屈や無意味の病から安定して抜け出す手段は、突き詰めれば根無し草の「信念」を形成してそれに頼るか、ともにいずれは滅ぶ生命集団の中で承認し合って傷をなめ合う、本質的にはきずなというよりもほだしである人間関係に頼るか、それとも、(今の私がそうしているように)一時しのぎを重ねる殆ど躁鬱的な振る舞いに身を委ねるか、といったところだろう。

 どの道も、一種の欺瞞だと思っている。

 理屈や理論を超えた形で思考の呪縛を抜け出そうとする試みは、たとえ神そのものの導入を拒絶しても、どこか神がかり的であり、無神論者の私にとっては決して満足できるやり方ではない。


 それでも、「楽しければいい」という気持ちも潜んでいたりはする。


 結局、生物学的に人間である以上、「何が真実か」と無関係に「どう考えるか」で健康状態が左右されたりする一種の知的脆弱性も抱え込まざるを得ない。


 私は矛盾の塊だ。

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