第30話 ウサギ男はプロポりたい

「これは貴様に罰を与えることができる嬉しさで震えているのさ!」

 言った。ここまで言ってしまったヤマダ。もう後には引き下がれない。

「たかが改造人間が、人間の力を思い知るがいい。デス!」

 ジャスト伯爵が使った魔法。それは中位の魔法の中でも強力なもの。対象一体の心臓を止める即死魔法だ。

「うっ!」

 ヤマダの心臓が一瞬だけ止まった。だが、それはジャスト伯爵の唱えた魔法を察知し他行動。あまりの恐ろしげな魔法に対して先にヤマダがもつ特殊能力が発動したのだ。

 それは『俺はもう死んでいる』である。自ら仮死状態になって敵をやり過ごすチート能力だ。このおかげで『デス』の効果がなくなった。あらかじめ止まった心臓を止めることなど魔法にはできない。

「ふい~」

 5秒ほどでヤマダの心臓が動き出す。『俺はもう死んでいる』は任意の時間で中断することができるらしい。

「ば、馬鹿な必殺のデスが効かないとは……」

 驚いたジャスト伯爵。だが、すぐにマジックミサイルの呪文を唱える。無数の光の矢がヤマダへと襲いかかる。

『脱兎のごとく』を発動。ヤマダは逃げ回る。マジックミサイルが地面に着弾して煙が上がる。だが、このままではジリ貧である。一発でも当たればひ弱な改造人間の体は耐えられないだろう。

(クソ……生命の危機だ~)

 ダッシュで避けながらもヤマダの右足が熱を帯びているのに気づいた。

(こ、これは……)

 右足が光っている。ヤマダはマジックミサイルを回避しながらジャスト伯爵へ接近する。

「貴様~」

「必殺~」

 ヤマダはジャスト伯爵の前で後ろ向きになった。自然と体が動く。

「させん、瞬間移動の魔法発動」

 ジャスト伯爵は3メートルほど後方へ一瞬で下がれる魔法を唱えた。それでヤマダの起死回生の攻撃を防げるはずであった。だが、魔法は発動しない。なぜなら、両足が大きなカギ爪で抑えられていたのだ。

「逃がさないでモグ」

 モグ子である。モグ子が地面から顔を出し、ジャスト伯爵の足を掴んでいたのだ。

「必殺、奇跡のひと蹴り、ラビットキック!」

 後ろ足によるキック。ウサギ男に与えられた能力である。これは絶体絶命のピンチに繰り出せる逆転の一撃。後ろ足のキックは防御力を無効化し、対象物を100m吹き飛ばす。ジャスト伯爵は100m後ろへ吹き飛んだ。阻むものは全て破壊し、そのまま外へと飛び出す。

 ちょうど、そこへ魔法兵団にとどめをさすドラゴンのブレスが炸裂。

「う、うそだああああああっ~」

 ジャスト伯爵は悪辣な魔法兵とともに蒸発した。

「すごいでモグ。ヤマダを見直したでモグ」

「俺も自分で自分を褒めたい気分だ。しかし、モグ子よ、よくやった」

 ヤマダはモグ子を褒めたが、まだ任務が完了したわけではない。牢に囚われたチョコを救出する。そのために来たのだ。

「モグ子はエリスさんを連れて建物の外へ。エヴェリンさんが待機している」

「分かったでモグ~」

 ヤマダはまだ魔法の効果でまだ動けないエリスをモグ子に任せると牢へと向かう。そこにはうずくまっている勇者チョコがいた。監視の兵は誰もいない。みんな外のドラゴン対策に駆り出されているのだ。

「ヤ、ヤマダさん……」

「チョコさん、助けに来ました」

「しかし、私は牢から出るわけには」

 ヤマダはチョコの腕を引っ張る。

「こんなの帝国の陰謀ですよ。勇者ならその力を正しいことに使うべきだと思います」

「……ヤマダさん」

(か、かっけ~っ。ヤマダさん、もう私はお嫁さんになりたい~)

 心の中でそう叫ぶチョコ。

 アンロックの魔法を唱えて牢屋を出るとヤマダの胸に飛び込んだ。

「チョコさん、もう大丈夫です。それとこの救出劇の最後の演出をお願いしたいのです」

「演出?」

 ヤマダはゴニョゴニョと今回の作戦の仕上げの展開を説明する。全て司祭のエヴェリンが書いたシナリオである。

「わ、わかったわ、ヤマダさん」

「それでは、お願いします」

「いえ、ひとつだけ演出に変更をお願いします。実は足を痛めてしまって……」

 チョコはヤマダにお姫様抱っこを要求した。足を痛めてしまって歩けないというのだ。

(マジかよ……)

 仕方なしにヤマダはチョコをお姫様抱っこする。柔らかい体がヤマダの心をくすぐる。思ったよりもチョコは軽い。

 しかし、この要求は嘘によって成り立つ。チョコは足など痛めてはいない。仮に痛めていても治癒魔法で快癒になる。それをしないチョコ。役得狙いである。

「瞬間移動!」

 ヤマダにお姫様抱っこをしてもらったチョコは瞬間移動魔法で、役所前広場で暴れるドラゴン、ゴールド・サックスの前に現れた。

「おお、やっと来たな勇者よ」

 ゴールド・サックスはそう叫んだ。その声は街中に鳴り響く、恐ろしい声である。街中の人間は耳を塞ぎ、家になかに縮こまる。

「古代竜よ、すぐに去りなさい。勇者チョコ・サンダーゲートが命じます」

「嫌と言ったら?」

「倒すまで」

「その姿でか?」

 勇者チョコはちょっと顔を赤らめた。お褒め様抱っこされながら、しゃべっている言葉ではない。

「うるさいわね」

「死ぬがいい!」

 ゴールド・サックスは灼熱の炎のブレスを浴びせかけた。

「ファイヤレジストレベル10」

 魔法兵団が一瞬で灰となったドラゴンブレス。それを球状のバリアが完全に防いでいる。

(すげえ……全然熱くないですけど。むしろ、涼しい)

 チョコをお姫様抱っこしたままのヤマダは驚いた。普通なら消し炭である。

(というか、ゴールドのおっさん、勇者と力試ししたいと言って、本気モードじゃないか!)

「今度は私が行くわ、重力魔法、神の足」

 チョコが魔法を唱える。空から巨大な足が現れて、古代竜を地面へと踏みつける。

「ぐげええええええっ……」

 巨大な地面に押さえつけられる。

「爆撃魔法、バーストナパーム!」

 巨大な火炎の渦がドラゴンを包み込む。

「ぐわあああああああっ」

 そして大爆発。巨大なドラゴンが消し飛んだ。

「うおおおおっ……すげえ」

「すごい、さすが勇者チョコ様」

 周りで恐れおののいて見ていた人々がこの勇者の戦いを見て叫んだ。みんな感激である。もはや、巨大なドラゴンに町が破壊されるしかないと思っていた人々は改めて勇者の力に驚き、感謝した。

「さすが勇者。これほど強いとは思わなかった」

 丸太小屋で待っていたのはモグ子とゴールド・サックスが化けた赤毛の大男。ヤマダはチョコとエヴェリンとエリスを連れて来たのだ。

「ヤマダさんにこの作戦を告げられた時には驚きましたが……ここまでうまくいくとは」

 エリスはそう感心している。ヤマダの提案はエヴェリンが即興で仕上げたシナリオ通りに演じられ、町では勇者チョコは再び英雄として崇められ、帝国では勇者の存在をないがしろにできないと思わせるのに十分なものであった。

 これで帝国も二度と勇者を貶めるようなことはできないであろう。

「それで演じたわけですけど、ゴールドさんはお怪我はありませんでしたか?」

 チョコの攻撃はマジであった。それくらいしないと騙せないので手を抜けなかったのではあるが、古代竜ゴールド・サックスも気を抜けば間違いなくあの世行きであっただろう。

「怪我どころか、危なく死ぬところであった。これは何千年と生きたわしには刺激であった。勇者殿、わしは感謝する」

 そう赤毛の大男は目を細めた。生まれてから死を覚悟するような緊迫感は味わったことがなく、それを体験できたことが満足なようだ。

「私の真の目的は平和。人間と魔族の融和だ。ゴールド・サックス殿。そのために力をかしてもらいたい。これはここにいるみんなにもお願いする」

 そう言ってチョコは右手を差し出した。その手にドラゴン、エヴェリン、エリス、ヤマダにモグ子が手を重ねる。

 平和を目指す小さな同盟が成立だ。

(それにしても……これでヤマダさんと一緒に過ごせる。それにヤマダさんの家も分かったし、明日からいろいろ理由をつけてこの家に……)

 心の中でヤマダを仕留める作戦を立てる勇者チョコ。だが、チョコは知らない。集団の後ろで一歩下がりながらも目がヤマダを自然と追ってしまう護衛侍女の姿を。

(今ではチョコ様の気持ちが理解できます……おっさんでもカッコイイ人がいるのですね。このエリス、チョコ様に身を捧げたものですが、ヤマダさんにも捧げたい……)

 明日からこの丸太小屋の掃除もしようと目論む護衛侍女であった。

(ヤマダよ、明日から修羅場じゃな。だが、それはおっさんにはもったいない状況じゃぞ。勇者チョコにプロポって大願成就するまで生暖かく見守っていこうぞな)

 丸太小屋に住み着く地縛霊香夜は、自然と宴会が始まった丸太小屋の屋根裏でこれから始まるドタバタラブコメの行方を想像してにやりと笑ったのであった。


<完>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おっさんウサギ男は女勇者にプロポりたい! 九重七六八 @roro779

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ