第21話 野菜運びのバイト

 勇者パーティの初仕事を終えたヤマダ。疲労困憊しているが、今日はバイト初日でもある。バイトは野菜売りの手伝い。午前中に注文した顧客に届ける仕事だ。

 探しに探してやっと見つけたバイトだ。勇者の保証がされた首輪をつけているので、信用ということでは問題がないがおっさんがネックで、なかなか見つからなかった。

 いくつも断られた末に見つけたのがこのバイト。野菜売りのおばさんは、ヤマダがウサギ男と聞いて足が早いだろうと期待して雇ってくれたのだ。

(期待はしてくれたが……)別に足が早いわけではない。ウサギの改造人間なのにそこの補強はしてくれなかったようだ。

 それでもヤマダは小さな荷車にキャベツやニンジン、ジャガイモなどの野菜を乗せると、配達に出かけた。少し走るだけで息が上がってしまうが、ここはおばちゃんの期待に答えないといけない。

 ガラガラ、ガシャン、ゴトン……。小さな荷車は木製である。そして車輪も木製。町の道路は石で舗装されているところもあるが、土のところもあり、そういうところは車輪が溝にはまって動きが悪くなる。

「よいしょ!」

 そういう時はお腹に力を入れ、足を踏ん張って荷車を引くしかない。これだけで随分と時間のロスをする。

(ううむ……この荷車の改良が必要だな)

 配達はいかにスムーズに行うかがポイントとなる。道の改善は無理だが、荷車の改良で効率がアップするとヤマダは考えた。

(俺はどこの世界にいっても、仕事のことを考えてしまう……)

 おっさんの性である。野菜は町にある大きなレストランや冒険者や旅人が集う宿屋や、貴族や金持ちの商人の屋敷に配達する。その数は30軒ほどである。

(効率よく仕事する方法は他にもある)

 ヤマダは野菜売りのおばちゃんがくれた地図を見て、しばし考えた。そしておばちゃんが示したルートを少し変更した。

 2時間後。野菜売りのおばちゃんは、ヤマダが予定よりも早く帰ってきたので驚いた。昨日まで3時間以上かかっていたからだ。

「ウサギ男だから、足は早いと思っていたけど、予想以上の早さだね」

 そう感心している。だが、ヤマダは首を横に振った。

「いえ、足じゃないですよ。俺はウサギ男ですが足は普通の人と変わらないです」

「あらまあ……ウサギさんなのに足は普通なの?」

 ちょっとだけ傷ついたヤマダだがおばちゃんの言葉には嫌味がない。野菜売りのおばちゃんは少し小太りでヤマダよりも年上。夫が作る野菜を市場で売って成形を立てているやり手のおばちゃんである。ヤマダを嫌な顔をせず雇ってくれたから、人のいいおばちゃんといえるだろう。

「ルートを大幅に見直したのです。今までやり方だと5箇所ほど同じところを往復するムダがありました」

「へえ~。今までそんなことを考えもしなかったよ」

 ヤマダは地図でどう変更したのか説明した。確かにヤマダが考えたルートだと一度も同じところを通らない。

「それだけではありません。配達する量を考えて、まずは大口のお客さんから配送しました。そうすると荷が軽くなるから早く荷車を動かせるのです」

「……それだけで1時間も。これは驚いたよ」

「ついでに……注文先も見つけました。小口なんですが、明日からルート上のこれらの屋台に配達ができます」

 ヤマダは配達の途中に小さな屋台が何件もあるところを見つけた。みんな仕入れは朝行うのだが、昼の売れ行きによって材料が足りなくなることがある。

 それはほんの少しなのだが、なければ売り切れで店を閉めないといけないから、ヤマダが売ってくれるのは助かるのだ。

「小口って……ここにはキャベツ半分、ここはニンジン3本……。こんな細かい注文を受けてきたのかね」

「キャベツ半分でも10件集まれば5個分になります。ルート上なら効率も悪くなりませんし、売上げも増えます」

「ほう……わたしはあんたを雇ってよかったよ。ほぼ二倍の収益なるよ。ヤマダさん、改造人間なのに商売上手だね。これは給金を弾まなきゃ。明日から仕入れも多くしないと間に合わないね」

 この野菜運びのバイトは1日で銀貨2枚である。これは約4時間分のお金。それを半分で稼ぐことになる。セールスで取引先を増やしたから、届け先は倍になったからバイト料は倍増ということで話はついた。

 だが、ルートの改良だけではこれ以上の配達先は増やせない。それに運ぶ野菜の量が増えれば荷車で運べる量を超えてしまう。

「それでおばさん、この荷車を改良しようと思うのだけど」

 ヤマダは荷車の改造を思いついた。荷が増えて重くなってもスムーズに車輪が周り、運ぶヤマダの負担が軽くなるようにするのだ。

「ああ、ヤマダさんがそういうのならどうぞやってください。その荷車はヤマダさんの専用だし。仕事が楽になるのなら文句は言わない」

 おばちゃんから許可を受けたヤマダは、早速、馬車を製造している工場に荷車をもって行く。

「なになに……この荷車の車輪に改良を加えたいだと。あんたアホか?」

 馬車製造の工場を仕切っている老職人はヤマダの相談を鼻で笑った。変なウサギの仮面を付けた中年男である。この反応は当然である。

「この車輪、木でできていますよね。ここをゴムに変えるんです」

「ゴム……なんだそれは?」

 どうやらゴムはないらしい。ヤマダは弾力性のあるものが他にないか聞いてみる。老職人は首を振る。

「ぽわぽわと弾力があって、地面と擦れても強いもの……そんな変なものがあるわけないし、それを車輪にするなんて馬鹿げとるわ!」

 老職人、禿げた頭を真っ赤にして怒り始めた。忙しいのに改造人間のとぼけた相談なんか聞いちゃおれんという態度だ。

「そこを何とか考えてくださいよ」

「うるさい。大体、あんた人間でもないのにあつかましい。勇者様の保証があるから、相手をしてやっているだけで、本来なら冒険者様に退治される立場だろうが!」

 こうはっきり言われると身も蓋もない。町の人が普通に接してくれるのは、勇者チョコの偉大なる力と信頼の結果なのである。当時者であるヤマダの信頼の結果ではない。

 その時だ。女性の叫び声が響いた。

「きゃああああ……ぼうやが!」

 表の通りを見たヤマダと老職人。猛スピードで走り抜ける馬車。併走して騎兵が2騎。後ろにはぞろぞろと騎兵が続く。その行く手によちよち歩きの幼児がいた。

(あ、危ない!)

 それは刹那の時。ヤマダの足が勝手に動いた。ポンと右足が出たかと思うと、体が加速したのだ。

「うわっちゃあああああっ!」

 あどけない表情で母親に笑顔を向けて立ち止まった幼児を馬車に轢かれる寸前でヤマダが抱き抱え、そのまま道の端へ転がった。

「ぼうや、ぼうや……」

 泣き叫んだ母親が転がったヤマダに駆け寄る。ヤマダは懐に抱え込んだ子供を笑顔で母親に手渡した。子供は何が起こったのか分からないまま、呆然としていたがやがて母親の胸の中で泣き始めた。

「ありがとうございます、ありがとうございます……」

 ヤマダにペコペコ頭を下げて俺を言う母親。ヤマダも今の自分のやったことを改めて思い出す。馬車の修理工場の店先から道まで約25m。それを1秒もかからず駆け抜けた。

 仮に0.5秒とする。すると100mをわずか2秒で駆け抜ける計算になる。秒速50mということになる。元の世界で披露したら軽くオリンピック金メダリストだ。

これがヤマダの秘められた力。『脱兎のごとく』と名付けられるユニークスキルであった。

(俺って、やっぱりウサギだけある……)

 感心するヤマダ。魔王軍は適当な改造をしやがったと恨んでいたが、どうやら役に立つ能力もあったようだ。ただ、どうやって発動したのか分からない。

 現在のところ、やろうと思っても再現できないからだ。発動条件が未定なのである。

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