第13話 初出勤

モグ子に渡された惚れ薬を持って、ヤマダは翌日、あの勇者チョコが滞在している貴族の別邸へと向かった。歩いて30分ほどかかり、おっさんのヤマダには少々きつい距離であった。

(これは明日から何とかしないといけないなあ……)

 チャリでもあればそれを使いたい気分であるが、これまで街で見たところ、そんな便利なものは見かけない。移動手段は馬かロバである。金持ちなら専用の馬車だろうが、ウサギ男のヤマダには到底、無理な贅沢品である。

「あら、いらっしゃい。時間通りですね」

 そう言って出迎えてくれたのは、護衛侍女のエリス。ヤマダはそっと右ポケットに手を入れた。そのポケットには例の惚れ薬の錠剤が2錠入れてあった・・のだ。

 エリスはそのヤマダの仕草を見逃さない。それを認識した上で、どういうわけかにこりと笑って中へ通した。

そうとは知らないヤマダは第1関門突破と安堵した。もし、そんな薬を飲まそうと画策したことがバレたら、間違いなく抹殺されてしまうだろう。

(よかった……ここは突破したが、問題はここから……)

 中で待っているのは女勇者と高司祭である。細心の注意を払わないと削除されてしまう。

 だが、ヤマダは勇者に仕える護衛侍女の実力を過小評価していた。エリスは当然ながら気づいていた。護衛侍女は気づいた上で、一瞬でヤマダを泳がせようと判断したのだ。

(ヤマダさん……あなたの不審な態度をこの私が見逃すとでも……甘い……甘いですわ)

ヤマダの安心とは裏腹に、護衛侍女は心の中で作戦を立てていた。

(まず、あの右ポケット……何かあるわね。たぶん、チョコ様に不利益を与える何か……。ポケットに入る大きさだから、武器ではなさそう。となると、毒薬か呪いのアイテムってところかしら……)

 エリスはヤマダがそれをポケットから取り出した時に捕まえようと考えた。現行犯で物を押さえれば、ヤマダも観念するだろう。それになぜかヤマダをここへ連れてきたチョコもヤマダをかばえないだろう。

(ふふふ……。ヤマダさん、あなたの命、あと5分ってところかしら……)

 そんなことを考えながら、エリスは執務室へヤマダを通す。そこにはあの女司祭とあの最強で最凶の女勇者が既に待機していた。

「チョコ様、ウサギ男を連れてきました」

 エリスはそう挨拶をして、ヤマダの後ろへ下がる。ヤマダは恐ろしい女勇者の前に立つことになった。自然と震えてしまう足に力を入れて、自分が怯えていることを悟られまいとする。だが、手が震える、歯が震えてカチカチと音を立てる。

(や、やっぱ……こえええええ)

 見た目でいけば、女勇者チョコは美人だ。普通の男なら、むしゃぶりつきたくなるほどのいい女である。隣の女司祭も男が10人いたら10人とも可愛いというに違いない容姿をしている。

(だけど、こいつら、魔界の住人を1万は殺している虐殺人(ジェノサイダー)なんだよなあ。可愛い顔をしているだけに、余計に恐怖が増すわ!)

 そんな2人がヤマダを見て、自己紹介をしてきた。まずは女司祭の方から。

「初めまして、わたしはエヴェリン・トラウト。司祭をしております。これでも、序列は10位なのですよ……」

 この世界は絶対神を崇拝する一つの崇教が支配している。帝国の首都にある大神殿を中心に全国に神を祭る神殿が建てられている。人々はそこで神に祈り、その恩恵を受けているのだ。 

 その恩恵を与えるのが司祭の役目。下位の司祭でも簡単な治癒魔法、解毒魔法等が使える。司祭はそれを使って人々に安寧をもたらし、信仰を守っているのだ。

 司祭の使う魔法は、神聖魔法とか、白魔法と呼ばれている。支援系の魔法が多いが、中には邪悪なモンスターに鉄槌を加える攻撃魔法まである。司祭は神殿の修行を元に、持って生まれた魔法の才能で使える魔法のレベルが決まるのだ。

 このエヴェリンという司祭は若い。年齢は18歳。ヤマダがいた日本でいけば、高校生である。それで序列10位とは持って生まれた才能故であろうとヤマダは思った。

 実際、エヴェリンは帝国に使える宰相の娘。血筋もいい。そして可愛らしい容姿に年齢に割に育ちすぎた豊かな胸。そして飛び抜けた魔法の才能。

6歳で才能を見出されたエヴェリンは、すぐに大神殿のエリート養成コースへと進み、この年で序列10位という地位を得たのだ。ありとあらゆる神聖魔法を使いこなし、特に治癒魔法を使わせれば、帝国随一とまで言われていたのだ。

 ある程度の情報は魔界で聞いていたから、ヤマダはこの女司祭の能力と見た目のギャップを埋めようと努めた。これこそ、見た目に騙されてはいけない典型例だ。

「私はチョコ・サンダーゲート。勇者をしている……」

 次に自己紹介したのはヤマダのターゲットである女勇者。このチョコ・サンダーゲートは異世界より召喚された人間との情報がある。

 勇者とは超一流の剣技と高等魔法の使い手に与えられる称号。いわば、魔法戦士なのであるが、神より直接のその能力を授けられたギフトされた特別な存在なのである。

この勇者チョコの能力は身体能力において半端ないレベル。そして所持する聖剣デ・リートは勇者のみが扱うことができる武器。斬った対象が絶命すると素粒子まで分解してしまうものだ。

 おかげで返り血を浴びることなく、平然と消すという作業が執行されるのだ。この聖剣で消された魔界の生物は1万以上とも言われているのだ。

 さらに攻撃魔法、防御魔法、治癒系の魔法まで使え、ほぼ一人で無双できるのだ。この女勇者一人のせいで、魔界が存亡の危機に陥っているといっても過言ではない。

 この女勇者に比べれば、帝国の何十万もの兵士などおまけに過ぎないと言っていいくらいなのだ。

 そして、今、ヤマダはその無敵の女勇者の前に立ち、『存亡の危機』に直面している。この女勇者の気分次第で、服従の首輪が爆発し、そのまま帰らぬ人になるかもしれない。さらに、聖剣デ・リートで魂でさえも分解されてしまうかもしれない。

「ヤ……ヤマダ……です……改造人間です……拉致されました……」

 恐ろしくてビビってしまい、ヤマダはやっとそれだけを口にできた。エヴェリンはニコニコと聞いており、チョコはなぜか視線を下へ向け、机に人差し指でもじもじと何やら動かしている。

「ヤマダさんは、もしかしたら……日本という国から誘拐されたのではないですか?」

 そうチョコは少し恥ずかしそうに聞いた。これにはヤマダは驚いた。そのことを知っているのはモグ子ぐらいである。

「そ、そうです」

「日本では社長をされていました?」

「は、はい。大きなネット通販の会社を経営していました」

「……」

 そこまで聞いた女勇者チョコは急に黙り込んだ。もう顔は真っ赤になっている。これは普通に考えれば、恥ずかしいとか、異性を意識しての反応だと思うものだが、ヤマダは違う。

 目の前にいるのは最強で最凶な虐殺者(ジェノサイダー)なのだ。ヤマダは勇者の逆鱗に触れたのではないかと、恐怖が湧いてきた。

(お、俺……何か、怒らせるようなこと言ったか……やばい、やばいぞ……沈黙が怖い!)

 助けを求めるように優しい笑顔を向けている女司祭に視線を送る。この愛と慈愛に満ちた神に仕える聖職者なら、助けてくれるはずだ。

「それではヤマダさん。こちらへどうぞ」

 そうエヴェリンが笑顔で右手を指した。その方向にはギザギザになった木製の床と薄い長方形の石が何枚も置いてある。

(おいおい、これって江戸時代の拷問道具だろ!)

 ヤマダはじわりと体から冷や汗が出てくるのを感じた。エヴェリンを見ると可愛い顔してこの拷問道具の方へと誘っている。

(お、お前って、司祭様だろ、愛と慈悲を司っているんだろ!)

「どうしたのですか? 早く、座りましょうよ」

(ここへ座れと言うのか、ギザギザで足に食い込む……痛いぞ!)

「大丈夫ですよ~。ちょっと、ほんのちょっと痛いだけですから」

(ちょっとじゃねええええええっ)

足にくい込んだ状態で、重い石を膝に置いてさらに足に食い込ませるのだ。これはすごく痛い。めっちゃ痛い

(うぎゃああっ)

 想像しただけでヤマダの顔は真っ青になる。どうやら、今から拷問が始まるらしい。やっぱり、勇者パーティが自分を助けたのは、魔界のことを聞き出すためだったようだ。

「はい、早く座りなさいよ~。今からビシビシとやりますからね~。早くしゃべっちゃった方が痛くないですよ~」

(いや、座る前にゲロします。知っていることはなんでも話しますから!)

 ヤマダはこのピンチをどう回避するから、頭を巡らせたが、勇者チョコが口をはさみ、意外な展開となった。

「待て、エヴェリン。ヤマダさんは拷問するために連れてきたわけではない」

「え?」

 意外な顔をするエヴェリン。どうやら、彼女はチョコの考えを誤解していたようだ。

「そもそも、私たちが知りたい情報……魔界への門を開くための条件などを、改造人間などという下っ端が知るわけがないだろう」

「それはそうですが……それではチョコさんはなぜ、このヤマダさんを連れてきたのですか?」

「私はヤマダさんをパーティに加えるために助けたのだ」

「えええ?」(エヴェリン)

「ええええ!」(ヤマダ)

 奇しくも同じ声を上げてしまった女司教と改造人間。

「そもそも、改造人間は私たちと同じ人間だ。それを魔界の連中が誘拐して改造されたと聞く。ヤマダさんもそうなのであろう」

 『あろう』と聞かれたので、ヤマダは首を縦に振る。ここはこの女勇者に話を合わせておいた方がよさそうだ。

「その改造人間をパーティに加えれば、魔界軍の改造人間たちにも激震が走るだろう。自分たちは被害者で、真の敵は魔王なのだと気づくはずだ」

(勇者、いいこと言うじゃないか。それはまさに俺の心境。但し、人間は受け入れてくれないから、その発想はなかったけど)

「チョコさん、仲間にするのでしたら、せめて、もっと強そうな改造人間を選べばよかったと思いますけど。このおじさん、ウサギですよ。ウサギ」

 さっきから聞いていると、女司祭、かなりひどいことを言っている。哀れなおじさんをとことん、デスっている。

「ウサギで可愛いからいいんじゃない!」

 思わず大きな声を出してしまった勇者チョコ。口に出した言葉を抑えようと慌てて口を塞いだがもう遅い。

「チョコさん、もしかしたら、このヤマダさんを……」

 ニヤニヤしながらそうエヴェリンはチョコに迫る。ヤマダも自分を可愛いと言った勇者の心境が理解できない。どう見てもキモイだろとしか思えなかったからだ。

「バカ、そんなんじゃない!」

 慌てて否定する勇者チョコ。ヤマダもある種の期待感が芽生えた。

(もしかしたら、もしかして……ほぼありえないが……)

 勇者チョコはヤマダに一目惚れしたのではないかという甘い展開。もしそうなら、魔王の命令は簡単に達成できる。だが、ヤマダの描いたその幻想はエヴェリンの一言で崩れ去った。

「このおじさんを飼うってことですか?」

 ウサギが好きだから、ペットとして飼うと思ったようだ。そういう発想自体がおかしいが、この女司祭、やはり可愛い顔しているが考え方は怖いのだ。

「ま……ま……まあ……そういうことだ」

(お、俺って……ペット扱いかよ~)

 本当は別の意識からパーティに入れたのだが、それをこの相棒に悟られないよう、ペットということにしたチョコ・サンダーゲート。

(会社社長から転落して、改造人間に。そして最強勇者とはいえ、小娘のペットかよ。おれはどこまで落ちればいいのだ~)

 ヤマダは落ち込んだ。落ち込んだが、けっして自分の人生を諦めていなかった。ここが普通のおっさんとは違う。ヤマダは前向きなポジティブなおっさんなのだ。

(こうなったら、惚れ薬を飲ませてミッションを達成させる。それしかない)

 ヤマダは『惚れ薬』作戦の決行を決意した。魔王からもらった惚れ薬を勇者チョコに飲ませれば、それで逆転する。ペットの立場から、一挙に魔界を救った英雄になる。

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