第12話
「お前、お前のせいで俺は体を改造されて、ウサギ男にされてしまったんだ!」
ヤマダはモグ子の両ほっぺを指でつまんでグリグリと回す。
「痛い、痛いでモグ。仲間に何をするでモグ」
「仲間だって? お前が俺を拉致したから、俺は不本意ながらウサギ男にされてしまったんだよ!」
「それは残念でモグ」
「残念で済ますな!」
今度はほっぺたをつまんだまま持ち上げた。小柄なモグ子は簡単に持ち上がる。
「痛い、痛い……それは謝るでモグ。でも、仕方ないでモグ。魔王様の命令だったでモグ」
「命令でも犯罪は断れよ!」
「無理でモグ……モグ子だって魔界に拉致されたでモグ」
(はっ)
ヤマダはモグ子を離した。床に座り込むモグ子。
(そうだ……改造人間はみんな魔界の連中にさらわれたのだった。すると、このモグラ娘も俺と同じ被害者……)
ヤマダは反省した。自分のことばかり考えて、同じ境遇で拉致という犯罪に強制的に加担させられたモグ子の境遇に思いが至らなかった。この娘も好きでこんなことをしているわけではないに違いない。
それにモグ子は、どう見ても自分より年下だ。見た目は15~16歳ってところだろう。まだ子どものモグ子を責めるのは、大人のおっさんの態度としては恥ずかしい。
「すまない、モグ子。お前も拉致されたのか……って、お前、何している?」
床に座って涙ぐんでいると思ったモグ子がいつの間にかいない。テーブルに座って、ヤマダの作ったイモ粥を勝手に食べているのだ。
「う~ん。味が薄いでモグ。まずくはないけど、これを一人で寂しく食べているおじさんはとてもキモイでモグ……もぐもぐ」
「おい!」
「なんでモグ、ウサギのおじさん」
「お前は何をしている?」
「貧しいご飯を食べているでモグ」
ヤマダは無言でモグ子のほっぺを摘む。こういう悪い子はお仕置きである。
「痛い、痛い……。もう食べないでモグ」
「いや、腹が減っているなら食べてもいい。そういうことのお仕置きではない。これは勝手に食べて文句を言う態度に対する教育的指導だ」
「体罰は教育的指導じゃないでモグ」
ヤマダはモグ子を再び離した。またもや、床に座り込むモグ子。赤くなったほっぺをスリスリしている。確かに教育に体罰は厳禁である。それは真の教育ではない。教育の名前を借りた犯罪である。
体罰をする人間は、指導力のなさを体罰で補う無能で、自分を制御できない残念な人間なのである。これは言葉の暴力も同じだ。
ヤマダは反省した。いくら、モグ子がムカつく態度を取っても、まだ子どもだ。冷静に対処するのが大人であるおっさんの正しい姿だ。
「で、聞くが、お前はどうやって拉致されたのだ?」
「き、聞いてくれます?」
「ああ、聞いてやろう。年少者の悩みを聞くのも大人の努めだ。おじさんに話してみ?」
モグ子は語りだした。モグ子はヤマダと同じく、東京に住む女子高生。この異世界から拉致された人間ではない。あるとき、スマホのメールにこんな文言が入っていた。
『ブランドバック買ってあげるよ~ん。だから、今日の4時までに渋谷駅前に来てよ~ん』
「おい、それに行ったのか?」
「行ったでモグ」
「バカか、お前は! 普通いかないだろ、女子高生なら(キモ!)とか言って削除だろ!」
「ちょうど、欲しいバックだったらもらいに行ったでモグ」
「バカヤロ~」
ヤマダは叫んだ。ブランドバック欲しさに魔界に拉致されて、改造人間にされて、新たな犠牲者を作る。言わば、ヤマダはモグ子の愚かさに今の不幸が与えられたと言える。
「怒鳴るとコワイでモグ」
(あ……そうだった……体罰や罵声は愚かな大人のすることだった)
再び反省するヤマダ。咳を一つして、心を落ち着かせた。そして諭すように優しく注意をする。
「だから、そういう発想しちゃダメでしょ。学校で習ったでしょ、知らない人の誘いに乗らないって」
「反省しているでモグ。今度からは一人では行かないでモグ。おいしい話を独り占めにしようとしたところが反省でモグ。次回は友達と行くでモグ。」
(ああ……残念だモグ子。そういうことじゃないよね!)
モグ子の話は続く。約束の時間に行ったら、そこに待っていたのは頭に大きな角をつけた黒マントのおじさん。手には憧れの新作ブランドバックが入った紙袋が……。
駆け寄ったモグ子は、そのおじさんの手前で落とし穴に落ちた。その穴は異世界へつながっており、着いた先は魔界。そこでモグラ人間に改造されてしまったのだという。
「はあ……」
「モグ子のかわいそうな過去に涙するのは分かるでモグ」
「いや、涙は流していない。呆れてものが言えないだけだ。それで聞くが、その話に出ていた角の生えたおっさんって、容姿から魔王みたいだが」
「魔王様でモグ。モグ子は魔王様に選ばれた唯一の改造人間なのでモグ。魔王様は優しいでモグ。ちゃんと約束通り、ブランドバックもくれたでモグ」
そう言ってモグ子は背中を見せた。背負っているリュックは確かに、女子高生の憧れブランドの新作であった。
(それでいいんかよ。お前、そのバックで拉致されて、改造されてモグラ女になっているんですけど。それで手先になって人間を拉致する仕事させられているんですけど!)
ヤマダはこのバカすぎる改造人間に同情する気にもなれなかった。だが、ヤマダは大人。同じ世界から誘拐されていたのだ。しかもモグ子は年少者。悪い大人(まおう)に洗脳されているだけかもしれない。自分が戻る時についでに助けてやるしかないなとちょっとだけ思った。
「あ!」
急にモグ子が短い叫びを上げた。何やら思い出したらしい。それはヤマダも先程から思っていたのだが、どうせロクなことじゃないと確信していたから、聞く気になれなかっただけだ。
「思い出したでモグ。魔王さまから直接の命令書と補給物資を忘れていたでモグ」
モグ子は先ほど見せびらかしたリュックサックを下ろすと、中から丸められた紙を取り出した。
「ゴホン……読むでモグ。改造人間ウサギ男。汝は勇者チョコにプロポり、かの者を専業主婦にしてしまう崇高な作戦に従事していることと思う」
(それが崇高と言うのだろうか?)
「そして仲間が全て殉職した絶望的な状況にも関わらず、汝は女勇者に近づくことに成功した。これは快挙である。汝の勇気と幸運に最大限の賛辞を送りたい」
(褒められてもうれしくない~。気を失って連れ去られただけですから~)
「見事に第1ステップを突破した汝に、我、魔王は改めて命令する。勇者チョコを恋に落とし、プロポって彼女を社会から抹殺するべし。子供を連続で作って産育休にしてもらうだけでも10年は魔界が平和に過ごせる。汝に魔界の平和はかかっているのだ」
(なんだろう……この女性蔑視に満ちた旧態依然とした古すぎる発想は……。女性団体から猛烈な抗議を受けますよ、魔王様……)
「なお、知っているかと思うが、勇者チョコは冷徹で残酷。そして無敵の力をもつ。彼女によって帰らぬ魔界の住人は1万を下らない。そして、極端な男嫌いであり、言いよった魔界の男は全て消されている。汝の困難は筆舌することができないものであろう」
(知っていたけど、改めて言われると怖ええええよ!)
「そこで我こと魔王は汝にこのアイテムを授ける」
そう言ってモグ子はまたゴソゴソとリュックサックを探る。中からアイテムを取り出した。
「これでモグ……」
モグ子が手渡したの2粒の黒い錠剤。
「なんだ、これは?」
「魔王さまが言うには、『惚れ薬』でモグ」
「惚れ薬?」
ヤマダはもう一度、錠剤を見る。それは直径が1cmほどの円盤型をしている。硬そうなので、これを飲ませるのは難しいとヤマダは思った。
「超強力なポーションでモグ。これを1錠、女勇者の食事に混ぜるでモグ。硬そうだけど、水に入れると一瞬で溶けるでモグ。気がつかず食べてしまえば、ウサギのおじさんに勇者チョコは惚れるでモグ。そうなったら、告るもプロポるのも自由自在でモグ……」
「何だか、鬼畜だよな。男としてのプライドが傷つくよな」
「そんなことを言って正攻法で行く気でモグ。おっさんの分際で」
「モグ子、お前、時折、ひどいこと言うよな」
「真実でモグ。おっさんでウサギ男というハンディキャップ-100状態のヤマダがこの作戦に生き残るためにはやるしかないでモグ。それともプロポる前に素粒子まで分解されたいでモグか?」
素粒子分解……。勇者チョコは、気に入らないと聖剣のひと振りで魔界生物を消すことができる。ヤマダが話しかけただけでも『セクハラ』認定されて、そのまま消されるかもしれない。ましてや、口説くとかプロポったら……。
(俺は完全に消される……間違いなく消される……容赦なく消される……嫌だ……絶対に消されたくない……)
ヤマダは心に決めた。手段を選ぶべきではない。どんなに卑怯で卑劣と言われようとも、勇者チョコにプロポり、作戦を成功させるしかない。
「健闘を祈るでモグ。あと、これは魔王様から渡されたでモグ。これで頑張れと魔王さまが親指を立てて激励していたでモグ」
モグ子が渡されたのは栄養剤の瓶。専門の薬屋で売っているマカやすっぽん、マムシの粉末などが調合された強力な精力剤だ。
(おい、魔王……なんてものを渡すのだ。意味がわからないというより、俺には屈辱的なんですけど……)
改造人間ウサギ男ヤマダ。38歳。
最近、朝は元気がなくなってきたのを自覚したくない中年男である。
おっさんは朝が弱い。そして下を向くことで、おっさんは自らの衰えを知るものである。
ウサギ男ヤマダ語録4
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