第7話 家を借りよう

 勇者パーティの仮オフィスという貴族の別宅から追い出されたヤマダ。今はトボトボと町を歩いている。行き違う人間はヤマダを見るとギョッとするが、ヤマダの首輪を見て安心したように視線を戻す。

 最初はドキドキしていたヤマダも、しまいには誰も反応しなくなって拍子抜けした。お腹がすいたので店で肉の串焼きを買ったが、クスクス笑われたり、影口は言われたりするが、お金を出せばちゃんと売ってくれた。

 これは魔界から旅するときに村でも同じような反応だったから、別に不思議ではないのだが、モンスターが日常的に現れる地方の村とは違う。比較的安全でモンスターなど滅多に目にすることがない町の住人がこの無反応なのは意外であった。

 そもそも、女勇者チョコの気まぐれで命を助けられたヤマダである。別に家探しをしなくても、勇者の仮オフィスというなんたら伯爵様の別邸に住まわせてくれればいいのに、敢えて家を探せというのも変な話である。

 そこは護衛侍女のエリスは言葉を濁して理由を話してはくれなかったのだが、きっとヤマダでは分からない事情があるのであろう。

 ヤマダにしても、魔王軍の改造人間である立場からすれば、四六時中、敵である勇者一行と寝食を共にするのは息抜きができない。

 何か気に入らないことをすれば、一瞬で素粒子まで分解されかねないことを考えれば、生活圏は別の方がありがたいと思った。ちなみにこのまま逃げるという選択肢はない。首輪が爆発するだけである。

(さて、家を探せと言われても……)

 普通、冒険者が町を訪れると宿泊するのは宿屋である。元会社経営者のヤマダの思考に沿えば、出張に出かけた先で宿泊するのはビジネスホテルだ。

 ホテルの方が生活設備を買わなくていいし、掃除もしてくれる。短期出張であるなら、絶対にホテルだ。

 だが、護衛侍女エリスはヤマダに家を借りるようにと言った。普通に考えれば、これはかなり長期にこの町に滞在するということである。

(なるほど……勇者はしばらくこの町を拠点にするということか……)

 これは魔王軍の一員として、有力な情報をゲットしたといえるが、今のヤマダは捕虜みたいなもの。それに魔王軍に戻る気持ちもない。そもそも、魔王軍に忠誠心もない。

(よく考えれば、奴らはこの俺を拉致してウサギ男に改造した張本人じゃないか)

 そう考えると、今の境遇は幸福な方へ針が動いたと言えるかもしれない。魔王軍の最下層3等兵の改造人間ではあるが、この人間の町ではそれほど扱いが悪いわけではない。

 勇者が保証する首輪のおかげもあるが、ちょっと変わった容姿の外国人みたいな扱いで、感触は悪くない。店で話しかければ、店員は普通に答えてくれるのだ。 

そんなこともあって、ヤマダはしばらく町を徘徊し、この世界でも賃貸アパートの情報を集めることができた。

 それによると、この世界にも予算に合わせて一括して客に紹介し、手数料を稼ぐ不動産屋があるのだ。それはこの町にもたくさんあり、その中の一つにヤマダが店に入ると、嫌な顔一つせず、不動産屋のスタッフは椅子に座るよう進めて、冷たいお茶まで出してきた。

「今日は一体、どのようなお部屋をお探しで?」

 後ろ髪がピンと跳ね、なんの染料で染め上げたのか分からない青い髪のキザったらしい男のスタッフが相手をしてくれた。ヤンキーっぽい軽薄な感じがするが、接客はいたって普通である。

「しばらく滞在する部屋を借りたいのです」

 ヤマダはそう切り出した。机の対面で羽ペンをもってメモをする構えのスタッフ。年齢は20歳前半というところだろう。

ヤマダが住んでいた東京のチェーン展開している不動産屋の事務所へ行けば、髪型はともかく、似たような雰囲気の人間はいっぱい見かける。

 接客業なだけに、ヤマダの姿を見ても動じない。利益につながれば、問題にしないプロの対応だ。

「予算はおいくらぐらいでしょうか?」

「相場はどれくらいですか……男一人でしばらく住むのですが」

 ヤマダは改造される前は会社社長。一等地に立つタワーマンションの高層階。1LDKで1ヶ月150万円の家賃を払っていた。

 そこは30畳のリビングルームに12畳のベッドルーム。洒落たキッチンに夜景を見られるバスルームが備わっていた。

 だから、一般的な庶民が住む部屋というのが想像できない。一人暮らしの大学生が住むアパートで8~9万円だったかなとヤマダは昔の記憶を辿ったが、この世界では普通の相場が想像できない。

「そうですね~。広さや立地、建物の新旧で異なりますね」

(そりゃそうだろう……)

 賃貸の部屋というものは、世界が変わっても相場を決めるのは一緒だ。要はピンからキリまであるのだ。

「普通の……例えば、普通の冒険者が住むレベルで……」

「ああ、そうですね。お客様は冒険者パーティの一員ですものね」

 そうスタッフは答える。ヤマダの首輪を見てそう判断したのであろう。首輪をした人外は、ほぼ冒険者である。

「となると……1Kですね。家賃相場は1月で結構、幅がありますね。このガダニーニでは一番供給が豊富な物件です」

 ペラペラと資料をめくる。1K物件でヤマダに紹介してくれそうなところを探してくれているらしい。

 ちなみに先ほど、町をぶらぶらしていたヤマダは、お金の価値についてはおおよそではあるが、掴んでいた。物価から想定すると銀貨1枚が日本円でいう1000円に相当する。

 銀貨10枚で金貨1枚に相当する。となると、金貨1枚は1万円ということになる。ヤマダはエリスから金貨5枚と銀貨20枚もらったから、7万円ということになる。

(東京なら、部屋借りるのかなり困難だぞ……)

 ヤマダはそう思わざるを得なかったが、ここガダニーニは田舎町。感覚的に地方の街なら家賃2万円くらいの物件はあるはずだとヤマダは踏んでいた。

「これはどうでしょう。2階建ての部屋は全部で8つ。下は冒険者が集う酒場で食事も朝から食べることができます。冒険者には人気の物件です」

(場所は……町の中心。勇者の事務所である貴族の別邸まで歩いて15分。飯も食える店がすぐ下というのも悪くない……ただ、酒場だと夜は騒がしいというのが難点だな。あとは……)

「家賃はいくらです?」

 ヤマダはそう聞いてみた。何しろ、手渡されたお金はそんなに多いわけではない。条件は合っていても、高ければ断念するしかない。

「そうですね。これはお値打ちですよ。1ヶ月で銀貨7枚です」

(お、思ったより安い……これは予算的にはキープだろう)

 家賃も申し分がない。これは候補として挙げておく。但し、すぐには契約しない。しばらく住む家なのだ。実際に見に行かないと後悔する。

「2つ目はここです。先程より、少しだけ町の中心から離れます。ここは1階が武器屋ですね。先ほどのところよりは静かなところがいいでしょうね。家賃は1ヶ月で銀貨5枚」

 不動産屋のスタッフは、地図と間取りやいろんな情報が書かれた紙を指差す。それを眺めるヤマダ。思ったよりも悪くないように思えるのは、自分の立場が分かっているからなおであろう。

「なるほど。これもいいなあ」

「最後の1件は、ちょっと高いですけど、ベッドメイキングも食事もついていて、お風呂もトイレも専用になっています。冒険者ギルドのホテルなんですけど、月単位で借りることもできるのです。比較という点でいい物件も見るのもいいですよ」

「ああ、それもそうだね」

 ヤマダは賛成した。自分が借りられるレベルの部屋とちょっと借りるのは厳しいレベルの部屋を比べるのも経験だ。このホテルは1ヶ月で金貨9枚。完全に予算オーバーであるから、あくまでも見るだけとなる。

「じゃあ、実際に見に行きましょうか」

 そうスタッフの男はジャラジャラと鍵の束を手にすると、ヤマダへ紹介する部屋へと案内した。

 最初は下が酒場になっている部屋。酒場の中にある階段から上がるようになっている。部屋は階段で上がった2階にずらりと並んでいる。粗末な木製ドアが鳥小屋のように並んでいる。

 ヤマダに紹介してくれるのは、階段を上がった地点から3番目の部屋。ドアを開けるとそこには激狭の部屋があった。

(な、なに、この狭さ!)

 ベッドが置いてあって、それでほぼ部屋がいっぱいである。畳で3つ分しかない。そして床は薄い板。下から酒場の従業員の話し声が聞こえてくる。防音なんて全くない。

「これは狭すぎますね……」

「まあ、冒険者さんは寝るだけしか使いませんからね」

(そりゃそうだ……)

 だが、一人暮しをするのだ。男としてプライベートな空間は大切にしたい。それに人間時代に豪華な1LDKに住んでいたヤマダには、まだ贅沢な心が残っていた。いくら寝るだけでもこんな狭い部屋は借りたくない。

「では、2つ目の方へ行きますか……」

 武器屋の2階。ここも似たようなものであった。激狭空間に古びた調度品。風呂はなし。トイレは外の共同のものを使う。いくら安くてもこれは厳しい。

 表情が曇るヤマダは最後の冒険者御用達の宿屋へ行く。ここは高いだけに、最初の2つとは比べ物にならない。8畳ほどの広い空間にベッド。清潔なシーツや毛布。専用のトイレやシャワールームまで完備されている。

(だが、高い……高過ぎる)

 1ヶ月で金貨9枚は完全な予算オーバーである。エリスから渡されたお金は金貨7枚相当。それは魔界からやってきた時に乗った馬車を売ったお金。正確に言えば、その売却代金のほんの一部だ。

 いくらで売ったのか知らないが、馬車を引いていた馬だけでも、ヤマダがもらったお金の十倍はあったに違いない。

(う~っ。次はお金が手に入るか分からない……。この先、自分の先行きも不明だ。こんな高いところは借りられないぞ……)

 今のヤマダの身分は、勇者の捕虜である。捕虜なのに町で自由に暮らすというのは変であるが、首につけた首輪で管理されている。自由なようでその生命は勇者の気まぐれに左右されているのだ。

「ここはいいですが、さすがに無理ですね」

 ヤマダの残念そうな表情に、不動産屋のスタッフも気の毒そうに頷いた。元々、比べることで前者の激狭物件へと誘導させるためのかませでもあったから、諦めて最初の2つのうちにどちらかを選ぶのは必然であろう。

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