第6話 護衛侍女

(あれ……ここはどこだ?)

 見慣れない天井。嗅いだことのない空気。

 記憶が初期化されたヤマダにいろんな情報がインプットされてくる。

(ああ、もしかしたら夢オチか~。ここは俺の家でベッドで目が覚めたというオチか)

 ヤマダはゆっくりと体を起こした。そして体を見る。

いつも来ている黒スーツ。ヨレヨレのネクタイ。

(どうやら、会社帰りに酔っ払って寝てしまったようだ……)

 ヤマダは手を見る。ウサギの手である。

 ヤマダは顔を触る。変なものを顔半分だけ被っている。そしてそれは脱げそうもない。そしてピンとなった長い耳。

 部屋も違うことに気がついた。いつも寝ている家賃ひと月150万円の高級マンションではない。キングサイズベットでもない。木で作られた部屋はウッディだがオシャレでもなんでもない。殺風景な部屋。田舎の木造校舎の倉庫みたいな印象である。

「なんじゃ、これ~っ」

 どうやら都合の良い夢オチは許されなかったようだ。ヤマダは改造人間ウサギ男で、この世界は連れ去られた先のファンタジー異世界なのである。

「あら、起きたようですね」

 タイミングよくドアを開けて現れたのは、メイドさんの格好をした若い女性。勇者チョコと同じくらいの若い女性だ。紺色のメイド服はお約束のようなデザイン。

 白いプリムが乗るのは銀色の長い髪。そして少しだけツリ目の顔が生意気な感じを受けるのも、メイドキャラとしてはお約束だろう。

「わたしは勇者チョコ様の護衛侍女(ガードレディ)。名前はエリス・バートン。以後、お見知りおきを……えっと、あなたの名前は?」

 そう聞かれて、ヤマダはつい普通に答えた。自分が改造人間ウサギ男であることを忘れさせるようなメイドの対応のせいだ。

「ヤマダ……ヤマダマサノリです」

「ヤマダさんですね」

「はい、ヤマダです……改造人間ウサギ男ではありますが……」

 クスクスとエリスと名乗る護衛侍女は笑った。そもそも、護衛侍女という職業自体が謎だが、ここは異世界ファンタジー。女勇者や女司祭、改造人間ウサギ男が存在するなら、護衛侍女(ガードレディ)という職業があってもおかしくはないだろう。なんでもOKなのだ。

「ここは、どこですか……エリス……さん?」

 ヤマダは元々賢い頭脳を整理して、そうこの美しいメイドに聞いてみた。この世界に拉致されて、初めて人間と平和に会話した。今までは仲間の改造人間と魔界のモンスターしか会話していない。女勇者チョコとの会話は、平和的ではないから除外だ。

 初めての平和的会話がこんな美人で可愛い、しかもちょっと強気な目つきが魅力なメイドさんで、ヤマダはちょっとだけ幸せを感じた。

「ここは勇者チョコ様の仮のオフィスです。この街を治めるレーネンベルク伯爵様の別邸の中の一室ですわ」

「はあ……」

 ヤマダはうまく意味が飲み込めない。目覚める前のヤマダは、その女勇者チョコに殺されそうな状況であった。女勇者があまりにも弱いヤマダを哀れんで、見逃してくれてもあの山の中で目覚めるというのが、順当なストーリー展開であろう。

 なぜ、なんたら伯爵様の別邸の一室で寝ているのであろうか。ヤマダには理解ができない。部屋を見回すと、伯爵の別邸とはいえ、部屋自体は地味。おそらく、使用人が寝泊りする部屋の一つであろう。

(考えられることは……捕虜になった!?)

 これは十分に考えられる。女勇者チョコは、この世界の救世主。人間界を侵略しようとする魔界の攻撃を跳ね返し、今や、その魔界に攻め込もうとしているのだ。魔界からやってきたヤマダを拷問にかけて、魔界への入口を白状させる。そう考えれば、自分が生かされた理由に説明がつく。

(ああ……これは死んだわ。助かったと見せかけて、残酷な拷問死というパターンだわ)

 ヤマダはそう考えた。もちろん、魔界への扉を知っていたら教える。自分を拉致して改造人間に改造した魔界の連中を守るつもりは一切ない。

 そもそも、あのチャラい魔王や馬鹿な作戦を命じる悪魔元帥に忠誠心など全くない。

(だけど、俺、知らないんだわ……魔界の行き方、知らないんだわ……)

 暗いトンネルを用意された馬車でトボトボと抜けただけだ。そのトンネルも振り返ると消えていた。消えた場所は分かっても、あのトンネルを出現させる方法をヤマダは知らない。きっと、派遣された『奇跡の5人』も知らないだろう。

 知らないということは、拷問されても答えようがない。よって、死が約束される。しかも、苦しい死様である。

(いや、ちょ、ちょっと待て……)

 ヤマダは考え直した。拷問されるのに、粗末だが清潔なふかふかのベッドに寝かされ、メイドが起こしに来るという今の状況とは繋がらない。

「目覚めましたら、街へ出かけて住む場所を探してくださいませ」

「え?」

「ヤマダさんは、一応、勇者パーティの使い魔として登録されました。よって、しばらく滞在するこのガダニーニの町に仮住まいをしていただきます」

 事も無げに意味不明の言葉を発する護衛侍女。状況はいきなり過ぎて、全く理解ができないヤマダの表情を見て、エリスはクスリと笑った。

「あら、これは失礼しました。ちゃんと説明しないとヤマダさんには理解できないですよね。面倒なので説明を省いたわたしがいけませんでした」

「はあ?」

(なんだか、よく聞くとひどいこと言ってないか、この侍女さん……)

 ヤマダの怪訝な顔を意地悪そうな目で見たエリス。どうやら職務でヤマダに関わっているだけで、親身になってくれているわけではなさそうだ。

 エリスの説明によると、あの戦闘でヤマダは自分の特殊能力で仮死状態となったのだが、それを見た勇者チョコは、ヤマダを連れ帰ることにしたのだという。

 高レベルの女司祭であるエヴェリンは、(ここに放置しておけばいいのに~)と巨乳を揺らして反対したらしいが、チョコは頑として受け付けなかったという。

 町にモンスターを入れるには、許可証が必要となる。これは人間と敵対しないという証明書で、多くは人間と協力関係にあるエルフやドワーフなどの亜人類に発行される。

 中には冒険者として人間と行動するモンスターもいる。リザードマンやドラゴンニュート、フェアリーやスプリガンなどの妖精族などだ。多くは魔界の陣営とは離れた種族で、人間と魔族の中間にいる存在と言える。

 そういう人外のものには、それなりの人間が「この者は人間の友人である。通行、滞在においては便宜を図ることを願う」と一筆書いた『滞在許可書(パスポート)』が発行される。それがあれば、町に入って食事や宿泊などのサービスが受けられるのだ。

「あなたの場合は、チョコ様は特別の手立てを申請されました。その首に装着した首輪」

 エリスにそう言われて初めてヤマダは気がついた。自分の首に銀色の金属で作られた首輪が装着されている。

「それは死の忠誠デス・ロイヤリティと言います。勇者チョコ様しだいで、この首輪は爆発し、あなたはこの世から消え去る魔法が封じられております」

(こ、こええええええっ……)

 生殺与奪権を女勇者に握られていることが判明した。

「だからこそ、町の住人はヤマダさんを安心して受け入れてくださるのです。もちろん、これはヤマダさん自身の生命を守るものでもありますよ」

 エリスの説明によれば、勇者に保証されたということで、人間はヤマダをいじめたり、怪我させたり、殺したりすることはできないことになる。人間が住む町で暮らしていくなら、命の次に大事なものである。

「はい、これが許可証です」

 そう言って渡されたのは木でできたカードのようなもの。そこには直筆で何やら書かれている。この世界の言葉は26字の記号を組み合わせたもの。

 魔王軍はヤマダを改造した時に、話し言葉も文字も自動で理解できるようにしてくれたのだ。3等兵である改造人間ヤマダとしても、初めて見る文字がまるで日本語のように理解できるのはありがたい。

「そして、これがお金です。金貨で5枚。銀貨が20枚あります。当面の生活費となりますので、これで新生活を始めてください。ちなみにこれくらいあれば、この町では3ヶ月は暮らせるでしょう。但し、食べるだけですが。家財道具や住む場所となると足りません」

「あ、ありがとうございます」

 一応、ヤマダは礼を言った。許可証をくれた女勇者の思惑は理解不能だし、勇者しだいでいつでも爆発してヤマダを殺せる首輪とかは不本意であるが、命は助けてもらったのは事実だ。それに当面の生活費までくれたのだ。お礼は普通に言うべきだろうと思ったのだ。

「ああ、お金については礼には及びませんよ。それ馬車と馬を売ったお金の一部ですから」

(な、なんだと~っ)

 勇者とはそういうものだ。倒したモンスターから戦利品を奪い、訪れた町では勝手に家に入って引き出しを開けたり、宝箱を開けたりするものなのだ。


普通のおっさんはお金をもっていないものである。

             ウサギ男ヤマダ語録

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る