第8話 事故物件

「そうですね……ヤマダさんは改造人間ですから、こういうのは気にしないでしょうね」

「こういうの?」

「実はちょっと曰くつきの、事故物件があるのです」

「事故物件?」

 事故物件……危ない響きである。

 前の住人が自殺したとか、殺人現場となった部屋とかである。そういうところは、総じて場所がいいのに家賃が異様に安かったりする。

 だが、気持ちのいいものではない。そういうところで暮らしても、大抵は何も起こらないものだが、気に病むと精神まで侵されることもあるという。

 但し、町の不動産屋は事故物件と客に告げる義務はあるが、一度、客が入るとその次の客には告げる義務はない。事故物件ロンダリングである。人間、言われなければ案外、気にしないものである。

「事故物件って……どういう部屋ですか?」

「ええ……。実は住んでいた住人が短期間で出て行ってしまうのですよ」

「短期間?」

 ヤマダは背筋がちょっと寒くなった。事故物件といっても。ここで自殺者がいたとか、殺人があったとかいう方がまだはっきりしていていい。それを受け入れられるかという点だけが判断基準となるからだ。

 だが、住み始めた住人が短期間で出て行くとなると、これは不気味だ。不気味すぎてなんだか気持ちが悪い。

「短期間って、どれくらいなんです?」

「そうですね。一番早い人で2日というのがあります。長い人でも1週間でしょうか」

「ふ……二日!」

 それはいくらなんでも早すぎる。絶対何かあったとヤマダは確信する。

「で、出て行った人はなんて……」

「それがわからないのですよ……みなさん、何も言わずに契約解除するのです」

(うああああっ……それって一番ヤバい奴じゃないか!)

 ヤマダの顔色が変わったのを見て、慌てて不動産屋のスタッフはフォローをする。どうやら、このスタッフ。今から案内するのが本命だったようだ。

予算的に適当なところを紹介して、そのダメダメさ加減を強調し、あとめちゃ高いところを紹介して、その快適さと便利さをアピール。

 選択肢がなくなったところで、家賃は安くて設備や広さが十分ある事故物件を紹介。多少のオカルト的なハンディは、客が魔族に属する改造人間ウサギ男ということでノープロブレムになるということだろう。

 ヤマダは全てを察して、この不動産屋スタッフの巧みなセールスに感動を覚えた。但し、感動はしたがそれで契約するほどヤマダは甘くはない。

「でも、一度、店のスタッフで宿泊したのですが、特に何もなかったですけどね……。それに……」

「それに?」

「お客様は改造人間ですから、そういうことにはお強いかと思いまして」

(やっぱり、俺の予想通りの展開かよ。確かに俺は改造人間ですよ、俺はウサギ男。怖いモンスターは魔界でいっぱい見ましたよ。だから、そういうホラーには耐性ありますよ……でも、怖いものは怖い……)

 連れて行かれた自己物件は1軒屋。町外れの小さな森の中にある丸太で作られた家である。建物は結構大きい。

「こ、これですか?」

「はい、見た目は素敵でしょう?」

 不動産屋の男がそう自慢するだけのことはある。建てられた時期は古いのか、丸太はかなり色が変わって古木となっているが、それだけ味があっていい。1階建てであるが、広さは結構ある。

「さ、どうぞ、中にお入りください」

 ドアを開けるといきなり広いリビングが……。ソファに暖炉が目に飛び込んでくる。広さは20畳もある。調度品も古いがなかなか渋い。

 奥には寝室が1つ。台所に風呂、トイレがある。寝室も8畳ほどのスペースで余裕がある。置いてあるベッドも先ほど紹介してもらった部屋の2倍半はある。

「こ、これは……すごくいいですね」

「そうでしょう。これで1月に家賃が金貨1枚です」

「え?」

 ヤマダは聞き直した。聞いた金額と自分の頭の相場のギャップが埋まらないのだ。

「金貨1枚ですよ。このガダニーニの町でこれだけの物件、相場は少なくとも金貨5枚はしますよ」

「……」

「それにお客様、毎日10時には町の中心部にお出かけになるとか。ここからなら、歩いて30分というところです。少し遠いですが、十分通える距離でしょう」

(ああ、そうだった……)

 護衛侍女(ガードレディ)のエリスに言われていた。毎日、10時になんたら伯爵の別邸。勇者のオフィスに出勤するように言われていた。今のヤマダの立場は、女勇者の捕虜なのだ。従わない場合、首につけた首輪が爆発して絶命するのだ。

「さて、どうしますか……」

 不動産屋の男は決断を促す。どうしてもこの事故物件を契約させたいらしい。

(ううう……確かにこれは借り得物件だ)

(だけど、事故物件)

(何が起こるか分からないのが不気味すぎる……)

(そもそも、これで金貨1枚は安すぎる。これは相当にヤバイだろ……)

(どうする……)

 ヤマダは改造される前は会社のCEOであった。CEOは常に決断をくださないといけない。

(君子危うきに近づくべからず……という……やはり、おいしい話は裏がある)

 ヤマダはそう決断した。だが、絶妙のタイミングで不動産屋の男はセールストークで刺しにきた。

「お客さん、改造人間さんだとあまり物件は選べませんよ。一応、町の人間は平静を装っていますけど、魔王軍の尖兵である改造人間さんは警戒されますからねえ……」

(そ、そうだった~)

 ヤマダは改造人間ウサギ男であった。改造人間が普通に自分たちと暮らしていたら、あまりいい気持ちにならないだろう。そもそも、勇者チョコがあの別宅にヤマダを住まわせないところからして、いくら仲間に加えるとは言っても、同じところに住まわせる気にはならないということだ。

(俺の生きる場所は、人間の町にはない。事故物件は怖いが……虎穴に入らずんば虎徹を得ずというではないか)

 CEOヤマダ。短い時間で決断を変えた。

「はい、それではここにサイン。それで1ヶ月分の家賃前払いと仲介手数料として1ヶ月分で金貨2枚となります。これが鍵ですよ」

 時間が経つのは早いもので、もう太陽が傾いてきている。不動産屋の男は心なしか、ヤマダを急かしているようにみえる。

「はい、これで手続きは終了します。夜になりそうなので、私はこれで。ヤマダ様、ありがとうございました」

 そそくさと帰り支度をする男。元々、町から離れた小さな森の中。人も通らない静かな場所である。

(おいおい、なんで急ぐんだよ……。ここに1晩泊まっても、何もなかったのだろう?)

 確かに男はそう言っていたはずだが、日暮れが近づき、男は慌てているようにヤマダには感じた。そしてなぜか振り返らずに男は去った。後に残されたのはヤマダ一人。

「な、なんだか……こえええええよ~」

 やがて太陽が沈み、夜の闇がやって来る。今日のところは、新しく借りたこの小屋で過ごすしかないだろう。

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