第4話 奇跡の5人+1
(ああ……とりあえずよかった。俺は平和な傍観者だ~)
ヤマダの安堵はともかく、悪魔大元帥アスタロトが1番手を指名する。
「まずは、人間の女を誘惑するためだけに存在するモンスター。インキュバス。彼が1番手でしょう」
インキュバス。人間の男をエロい格好で誘惑し、その精力を吸い取るサキュバスの雄である。
(ああ、確かに適任だわ……というか、この作戦に参加しなかったら奴の存在の意義を疑うわ)
ヤマダもそう思った。人間を誘惑する能力に長けているのなら、今回の任務に参加するべきだ。『べきだ』とヤマダは断言したが、それは自分に関係ないという余裕がなせる技である。そしてその『べきだ』と思われたインキュバスにヤマダを始めとした魔界のモンスターたちの視線が集まる。
指名されたインキュバス。雄ヤギの顔で下半身は露出という姿で驚いていた。完全に油断していたようだ。突然、数ある魔界の住人の中から指名され、わけが分からないといった様子だ。モンスターも驚くとフリーズしてしまうようだ。そして、この状態はある結論を想起させるのに十分であった。
どうやら、悪魔大元帥。根回しをしていなかったらしい。
(き、気の毒~。格好はマヌケでほとんど犯罪者だが、気持ちはわかる!)
ヤマダはこの気の毒なモンスターに心から同情した。
そしてそんなことは無視して、さらに続ける悪魔元帥。次のターゲットはこれまた女を誘惑するのが得意なモンスターであった。
容姿は人間に近く、高貴でダンディな男である。
「2番手は吸血鬼の真祖。ドラキュラ伯爵。彼の強力な魅了の魔法は、勇者といえど抗えないはず……」
指名されたドラキュラ伯爵。残念ながら棺桶から出てきていない。みんなの熱い視線を受けて出るタイミングを失ったかのよう。
一向に棺桶の蓋は開かないが、このまま出撃するしかないだろう。ヤマダは棺桶から出てこないドラキュラに同情しつつも、この設定に心の中で突っ込む。
(というか、魔王軍にドラキュラ伯爵がいることの方が不思議だ。このルーマニアのトランシルバニア地方の実在の歴史人物がどうしてこの異世界では、モンスター扱いなのか理解に苦しむわ!)
「3番手は先の戦いで敗戦した責任を取るということで、ダークエルフの族長エルリック」
この男は後ろ手を縛られた状態で登場した。どうやら、先の戦いで勇者に破れ、敗戦の責任を取らされる寸前だったらしい。それをチャラにするから出ろと言い含められたに違いない。
仲間のダークエルフが縄を解かれた族長の周りを囲む。みんな涙を流して頭を垂れている。その一人一人の肩を叩いて労う族長。
(おいおい。務めを終えた組長を出迎える子分の図かよ!)
彼の場合は罪を帳消しにしてもらう代わりの指名である。最初の二人よりはまだやる気はありそうだ。
「おいでブー、おらもやるでブー」
ここまで来て、なんと待望の立候補者が出た。みんなが手を上げたモンスターに視線を向ける。
(ああ~あるある、こういうのある。立候補はありませんかと問うた時には上げず、推薦された者が何人か出ると急に手を挙げる奴)
小学校の学級会あるあるである。もはや、魔界を代表する作戦会議も小学校の学級会レベルである。
手を挙げたのはオーク。オークとは豚を模したモンスター。どちらかというと、雑魚に属する奴である。オークというから、樫の木の妖精という解釈で豚とは似つかない容貌のオークもいるが、この世界のオークは定番の豚である。
(ブタがどう頑張っても無理だろ。だって豚だぜ?)
豚が女勇者を恋に落とすことができようか。子豚ならワンチャンあるが、手を挙げたオークはでっぷり太った大人の豚である。貧弱な腰まきと胸当てを付けた豚である。もはや、格好からしてヤバイ。
「……」
カチャ、カチャと変な音を立てて、白い手を上げたモンスター。白いと書いたが、黄色みかかった白。オークとは正反対の痩せた奴。
(痩せたとかじゃない……痩せすぎだろ!)
スケルトンである。人間の骨格標本が魔法の力で動くのだ。アンデットと呼ばれるモンスターの中では最弱部類のである。
「これで揃ったようだ。魔王様、この5名の選び抜かれた魔界の勇者。まさに奇跡の5体がきっとあの憎き女勇者を口説き落とし、見事戦力外にするでしょう」
(マジかよ!)
そう悪魔元帥アスタロトは自信満々に答える。魔王もゆっくりと頷く。
「うむ。余は満足である。この奇跡の5人を余は誇りに思うぞ」
(おいおい、誇りに思うだって、奇跡の5人だって?)
(最初の3人は強制だろ。やりたくないのに無理やり選んだよね?)
(4人目は勘違いした豚だよね?)
(最後のは、最弱過ぎるよね?)
ヤマダは心の中で真実を突く。だが、悪魔大元帥も魔王もいたって真面目。周りのモンスター連中もなぜか盛り上がっている。
(そもそも、奇跡の5人ってなんだよ……でも、まあいいか。俺には関係がない……)
ヤマダはそう安堵した。改造人間にされてまだ日も浅い。ここはじっくりと策を練りたい。え。なんの策だって?
そんなことは決まっている。元の人間に戻る策である。人間の世界にいるときには、会社の経営者だったヤマダは、常に前を向いている人間だ。過去を振り返らない。うじうじ悩むことはない。
そんなヤマダの最終目標は人間に戻って、こんなデタラメな世界から元の世界に戻るのだ。こんな変な改造人間で残りの一生を終わる気はない。
「あ、忘れていました」
急に声のトーンが変わった悪魔元帥アスタロト。買い物行くのに財布を忘れた程度の軽さでそう言った。
「もうひとり加えたいと思います。これは言わば、ジョーカー。最後の切り札。幻の6番目のモンスター」
(はああああああああああん?)
まだ、このギャグ展開を引っ張るのかよとヤマダはうんざりした。幻の6番目ってなんだよと顔をしかめた。ダメダメ展開は引き伸ばす必要はない。参加しているものにとっては苦痛なだけである。だが、次の悪魔元帥の言葉でヤマダの体が凍りつく。
「改造人間を入れるべきかと……」
その言葉が発せられた瞬間、ズサズサズサ……っと改造人間の集団が割れる。それは悪魔元帥と魔王の視線から逃れようとする防御本能。生への執着であった。
出遅れたのは油断していたヤマダ。ただのウサギ男である。
「ご存知、改造人間は元人間。ここは勇者に最も近い奴も入れたほうがよいでしょう。そしてそいつは目の前に」
指を差した悪魔元帥。その先にはヤマダがいた。偶然にもヤマダがいた。
きっと悪魔元帥も適当に指をさしたに違いない。
その指先の向こうにヤマダがいた。
やる気のないヤマダがいた。
ヤマダは横を向いた。トラ男は視線をずらした。
ヤマダは反対方向を見た。クマ男が空を見上げていた。
ヤマダは改めて正面を見た。あのマングース男がしゃがみながら振り返り、親指を立てていた。幸運を祈るということらしい。ここでヤマダの思考は現実に戻った。
「え、ええええええええええっ!」
遅かった。ここに参加しているモンスターの視線が一斉に刺さる。この痛さが決定の証である。そして、絶対に選ばれたくないと内心思っている連中にとって、ヤマダは実に都合の良い存在であったのだ。
こうしてヤマダは、魔界が選んだ選抜チームの幻の6番目のモンスターに選ばれてしまった。
もう一度、おさらいしよう。
改造人間ヤマダが命じられた任務は『女勇者を口説いて結婚し、彼女を専業主婦にして戦力外にすること』である。プロポって、女勇者とゴールインすることである。
この女性が聞いたら怒り心頭で社会的に抹殺されかねない、とんでもない任務をやることになってしまった。
この任務に魔界の未来がかかっている。
頑張れヤマダ。魔界のために。
改造人間ウサギ男、おっさんヤマダの冒険が、こうして始まったのだ。
おっさんは組織の同調圧力にめっぽう弱いものである。
ウサギ男ヤマダ語録2
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