第3話 魔王様登場

「まあ、待て、同志よ……」

 おもむろに口を開いた男。長い金髪をなびかせ、頭には山ヤギの如く鋭い角をもつ優男。

(魔王だろう……たぶん魔王だ)

ヤマダは思った。そりゃそうだ。先程から偉そうに豪華な椅子に座っていたのだから、魔界で一番地位の高いに違いない。

「悪魔元帥アスタロトよ。お前に考えがあると聞いたが……」

 この偉そうな魔王はそう言った。見た目は人間。イケメンだ。だが、背中には黒い翼。手に持つ杖は恐ろしい魔力を放つ武器。ビュジュアル的にも魔王である。

 アスタロトと呼ばれたのは、魔族でも地位の高い上位悪魔。黒いコウモリの翼をもち、大きなヒキガエルに乗った老人。不気味な顔がいかにも悪魔だ。

 その悪魔はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべてこう説明を始めた。

「我が魔王軍が残念なことにここまで追い詰められた元凶は、人間の側に突如として現れた女勇者のせいであることは皆も承知していましょう……」

『女勇者』。

先程からの会議でも幾度もなく話題になった敵のエースである。こいつがいなければ、こんな魔王軍でも苦戦はしなかっただろう。

 女勇者の名前は『チョコ・サンダーゲート』。

 何となく、中二病臭がする名前だがそれは置いておこう。この女勇者は美人である。会場に設けられた魔法の鏡にその容姿は晒されているのだ。

 まず髪は金髪。長さは肩に付くくらいのミディアムショート。但し、一部は長いのか編み込んだ細い髪を頭に巻きつけている。これがいかにも高貴な女を匂わせる。

 身長は高い。魔王軍の調査によると170cmで体重は45kg。ミニスカート上の装備から、白いニーソックスに覆われた太ももがたまらなくセクシー。そしてお尻が大きくて男の目を釘付けにする。胸は残念ながらそれほど大きくないのが、唯一の弱点だということだが、そんなコメントを付けた魔王軍の能天気さに呆れる。

 この女勇者は強靭な体力と魔力をもち、そこから繰り出される剣技と凶悪な攻撃魔法で魔界の誇る凶悪モンスター、レッドドラゴンですら瞬殺するというのだ。

 そしてその性格は冷酷で残忍。魔界のモンスターと聞けば、容赦なく襲い掛かり消し去る。躊躇すらしないその冷たい性格から、『氷の勇者』とまで揶揄されている。彼女に消された魔族は1万を下らない。まさにジェノサイダー。最強で最凶とまで言われる所以だ。

 さらに彼女が持っている武器も凶悪。神の祝福した細身の剣『デ・リート』。斬ったものを素粒子レベルまで分解、消してしまうという魔界の生物にとっては『なにそれ冗談、やめてよ、そんなバグな武器』と言いたくなる武器なのだ。もはや最強。ゲームバランスを崩すバグキャラなのである。

 しかし、女勇者に関するこのようなデータがこのポンコツ魔王軍にあるのか不思議だが、調査員の死を覚悟した仕事の結果らしい。ちなみにその英雄(ちょうさいん)たちがその後どうなったのかは誰も語らない。

おそらく、女勇者に消されたデリートされたのだろうとヤマダは思っている。

 悪魔元帥の声が部屋全体に鳴り響いた。それは凛とした老人の決意を示したものであった。

「いっそのこと、勇者を誘惑して籠絡しましょう」

 悪魔大元帥のこの言葉は、濁った沼の水面に一石を投じる結果となった。

この発言にみんな黙った。勝手なことを話し、自分の保身のことばかりしゃべっていた魔界の高官どもが黙った。

それは異質な考え。議論の転換期。そんなものを感じたからだ。

「籠絡だと……勇者は女だぞ」

「男ならハニートラップもあっただろうが」

(あんのかよ!)

 心の中でツッコミつつも、議論の変わり目だとヤマダも思った。これは長いこと社会人をやっていた成果。特に会社を経営していたヤマダなら感じ取れる話し合いの潮目である。

 だが、ヤマダは予想していた。この潮目がロクでもない結果になるだろうと。それは、、『誘惑』、『籠絡』という単語から臭ってくる、ある種の危険な香りを嗅ぎ分けたらだ。

「魔界でイケメンの男モンスターを動員する。その者たちで女勇者を誘惑するのだ。見事、恋に落とせばこちらのもの……」

 悪魔元帥アスタロトはそこで言葉を切った。ひと呼吸おいたのだ。

(この悪魔……できる)

 ヤマダは直感でそう思った。提案に対してではない。その話し方に対してだ。

人を説得するためには、勢いと間が必要だ。ボソボソ話していては、絶対に共感されない。そして勢いだけでもついて来ない。ここぞという時の『間』。これが重要だ。

「落として、寝首をかくというのか?」

「それもまた一興」

「油断したところで殺すというわけか……」

 周りの魔族がそう意見する。だが、このアイデアを提案した悪魔元帥は首をふる。

「否」

 そう否定した。それでは失敗した時のリスクが大きい。ヤマダはそう思った。恐らく、悪魔大元帥も同じ考えであろう。

「殺さないと……ではどうするのだ、悪魔元帥よ」

 しびれを切らしたイケメン魔王がそう尋ねた。悪魔元帥アスタロトは人骨で飾られた杖をぽんと地面に打ち付けた。

(おい、じじい。もったいなぶらないで、早く教えろ!)

 ヤマダはそう心の中で叫んだ。これはヤマダだけでないだろう。みんな思っているはずだ。

「あの最強の女勇者を抹殺するのは不可能。だが、抹殺は不可能であるが、社会的に活躍させないことはできる」

(社会的に活躍させない……なんだそりゃ!)

 ヤマダの心のツッコミは聞こえない。よって悪魔大元帥は続ける。

「つまり、女勇者を結婚させて、そのまま専業主婦にしてしまえばよいのだ」

 シーンとなった。

 そりゃそうだ。魔界の大元帥。亡き子も黙る武闘派の大幹部が大真面目に、女勇者を結婚させて専業主婦にしてしまうという作戦を提案したのだ。

(バカですか、あなたバカですよね。悪魔大元帥って、どんなけ、思考がちっちゃいんですかね。よりによって、専業主婦にしてしまって戦力外にするなんて……呆れてものがいえんわ!)

 ヤマダがそう思ったが、会場に集まった魔界の住人たちの考えは正反対であった。悪魔大元帥の言葉が終わるやいなや、会議場は割れんばかりに賞賛の声に包まれたのだ。

「ブラボー」

「さすが、大元帥閣下」

「その発想はなかった~」

「すばらしい!」

(おいおい、マジかよ、まさかの大絶賛かよ)

 ヤマダは口をポカンと開けた。魔界の人間の思考が読めない。あまりにも荒唐無稽な考え。そして現実味のない理想を願うその楽観主義。呆れるしかない。

「うむ。さすが大元帥。この献策に余は満足である」

 そう言って満足そうに頷く魔王様。やはり、魔界の王もポンコツであった。

(おいおい、マジかよ、魔王様~)

 ヤマダはめまいがした。そしてゆっくりと魔族たちの前に進み出る魔王をかったるそうに見つめる。魔王と言ったら、魔界で一番偉い。そして人間から最も恐れられる存在。それが軽く腰をひねりながら、チャラチャラと出てきた。

「皆の者、この作戦に賛成か~い?」

 目の前に広がる数千のモンスターたちが一斉に右手を挙げる。

「ういーす!」

 魔王も右手を高々と挙げる。

「ここから魔王軍の反撃と行くか~い?」

「うい~す!」

「この任務を見事成功させたら、なんでも願いを一つかなえてあげるよ~ん」

「うい~す!」

 右手を上げてシュプレヒコールを上げる。実にノリがいい。

(マジかよ。魔王軍、このノリで全て決めるのかよ~)

 ヤマダも死んだ目で従う。あのマングース男に睨まれたからだ。同じようにやらないと殺される危険がある。よってヤマダも右手を上げた。

「それでは皆に問うよ~ん。この崇高な作戦に名乗り出るものはいるか~い?」

 シーンとなった。

 総論賛成。各論反対。

 大人の世界でよくある光景だ。漠然とした方向性なら賛成できるが、いざ現実論になると利害関係が働いて話し合いが進まなくなる現象だ。

例えば、ゴミ処理場を作るのは賛成するが、それが家の近くのできると猛反対する。クラス会を企画するのは賛成。でも、その幹事となるとやりたくない。

 そんな空気が魔王会議に漂っている。

「おいおい、誰もやらないのかい、立候補ゼロなのかい?」

 イケメン魔王が両手を広げてアピールする。その姿はペナルティを求めて審判に迫るサッカー選手のようだ。

「魔王様、心配なさる必要はありません。そもそも、この任務は非常な困難を伴うもの。そして失敗は許されない重要なもの。我が魔王軍の中でも選りすぐられた者にしか、この作戦に参加する資格はない」

 そう答えたのは提案者の悪魔大元帥アスタロト。既に選抜について考えているらしい。

(おお……ちゃんと案が考えてあるようだ。しかも根回し済みだろうな、あの余裕の顔なら……)

 ヤマダはそう思うことにした。根回し済みなら、ヤマダには関係ない。声をかけられなかったということは、蚊帳の外ということ。進んで傍観者になることができる。

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