第2話 ポンコツ魔界会議
「な、なんで俺が改造人間なんだよ!」
改造されて目が覚めた時に、思わず叫んだヤマダ。
「なんたるファンタジー」
「なんたる冗談」
「悪い夢なら覚めてくれ!」
「そして、なんでウサギなんだ!」
そう四連発で見えざるものに懇願したが、自分の置かれた立場は変わらない。
そんなヤマダは現在、魔王軍の会議に出ている。
会議といっても場所は大きな広間。魔界軍のモンスターがぎっしりと場を埋めていた。正面奥に鎮座する魔王様とその側近。魔界の高官から身分の高い順に並んでいる魔界の住人たち。魔界での地位は強さと比例する。
魔王に近い位置にいるのは、悪魔族や竜族など、いわゆるボス級のモンスターたちである。最下層の地位であるヤマダの位置ははるか遠くの部屋の隅。場所からしてどうでもよい存在であることは十分に自覚できた。
周りには同じ改造人間たちがいる。ハチと合体させられたハチ男。
(黄色と黒の縞模様の帽子にお尻の針とか恥ずかしいよね)
ライオンと合体させられた獅子男。首にたてがみが生えている。このたてがみ。密度が濃くて剛毛ならそれなりに威厳がある。実際はビニールテープを割いた程度のまばらなたてがみである。
(たてがみがチープ過ぎるだろ!)
猛毒の蛇と合体させられた蛇男。コブラのような頭に両手が蛇。ビジュアル的にはキモイが強そうには見えない。間抜けなのは股間にも蛇だ。
(ぐあああああっ……これは歩くだけで逮捕されるだろ!)
だが、周りの改造人間たちはヤマダのことを奇異な目で見る。その目は如実に心の声を語っていた。耳のいいヤマダには聞こえるのだ。
(こいつ、本当に魔王軍の改造人間かよ)
(よかった~俺はライオンと合体して。少なくても強いから生き残れそう)
(ウサギだろ……ウサギはないだろ)
(改造人間とはいろいろ出会ったけど、普通は肉食動物なのに草食動物かよ)
(いやいや、クマ男はいたぞ)
(クマは雑食だ。それに体が大きくて強い)
聞こえてしまう声。(聞きたくねえ~。なのに聞こえてしまう~byヤマダ)
彼らは、元は拉致された人間。但し、そのほとんどはこの世界に住んでいる人間たちである。別世界から拉致されたヤマダとは出自が違う。彼らは自分たちの不幸を悲しむところだが、全員、ヤマダを見ると心が癒されていた。
(俺も悲しいけど、あのウサギ男よりはマシだろ)
(あっ。それは俺も思った!)
(よかった~少なくとも自分の身は自分で守れる……)
(ああ~神様、なんと残酷な能力を俺に与えたのでしょうか~byヤマダ)
江戸時代。武士は士農工商という身分を作り、さらにその下にもっと低い身分の人間を作ったという。それは人々の不満をそらす巧みな施策。人間は自分より下のものがいると思うと自分の不幸な境遇を忘れられるという罪な生き物だ。それを利用した支配者側の狡猾な仕掛けだ。
これは現代のいじめと構造が似ている。人は自分以外のいじめる人間を作れば、不安がなくなるのだ。それによって自分の不安定な立ち位置に安心感を覚えるのだ。どれだけ時代が変わっても人の因果は断ちきれない。
魔界の住人も同じだ。ヤマダのような自分より弱い奴の存在で安心する。ウサギ男などという意味のない改造人間の存在意義があるとしたら、まさにこの1点であったかもしれない。
ヤマダを見る改造人間たちは優越感に浸った目をしている。それもそうだろう。
彼らは例外なくモンスターっぽいビジュアルで、いかにも改造人間という言葉に合うからだ。ハチ男は猛毒の毒針を持つし、蛇男も毒攻撃を備えている。
獅子男も虎男も鋭い牙と爪を与えられている。攻撃力はそれなりにある。それに比べてヤマダはどう見ても異質である。
なぜなら、ヤマダは基本的に人間の黒スーツ姿にうさぎの仮面というビジュアルだからだ。このうさぎ仮面は顔の上半分を覆うタイプで、ヤマダの場合は左半分が露出しているタイプの仮面。パンダうさぎのようなツートンカラーで、長い耳がなぜかピンと立っている。丸い黒い鼻はまるで世界的に有名なネズミキャラみたいだ。
ちなみに仮面と書いたが、これは脱げない。そりゃそうだ。脱げたら、ただのうさぎコスプレである。この仮面は顔と一体化しているかのように脱げないのだ。
足にはうさぎを模したもこもこの靴。スーツ姿にこれは似合わないが、これも脱げない。改造されて足にくっついたのだ。さらにズボンの後ろからは、うさぎの平たい三角しっぽが生えている。これも自前である。くたびれた白いシャツとよれよれの黒いネクタイは、拉致される前に着用していたものである。
(何という中途半端……微妙な格好だろうか!)
そしてこの格好は、どう見ても弱そうだ。
攻撃するにも爪も牙もない。
攻撃力は0に等しい。
ちなみにこの黒スーツだけは脱げる。脱ぐと人間の肌である。ウサギのように全身が毛むくじゃらということではない。
ちなみに改造されたといっても、下半身にはしかるべきものが付いている。よって、一応、生理的現象については解決できる。ズボンを下ろせば用は足せるのだ。
(ああ~よかった~。下半身は改造されなくて……)
下半身を改造は深刻な問題だ。プラスの改造ならよいが、どちらかというとお笑いの方向へ改造されてしまうだろうから。
(……ああ、脱線した。そんなことはどうでもいい。今、話し合われていることに比べれば!)
突然、拉致されてこの世界に来たヤマダには状況は詳しく分からない。だが、それでも下っ端3等兵のヤマダでも何となくわかる。
というか、元はベンチャー企業とはいえ、1部上場を目の前にした会社のトップに立っていたのだ。組織を見れば、それが優秀な人間の集まりなのか、ダメダメ人間の集合体なのかすぐに分かる。
そのヤマダの目から見る魔王軍の幹部のダメっぷりは、もはや喜劇であった。
(こいつら、やべえ……)
(絶対、負け確定だろ)
(敗戦国の軍事会議って、絶対、こんな感じに違いない!)
意見を言う幹部はてんでばらばら。好き勝手なことを言っている。大半が保身に駆られての発言。
山や森の奥深くに引っ込んで目立たたないように暮らそうとか、ダンジョンからは撤退するべきだとか、降伏して魔族が最低限暮らせる土地を確保しようなどという意見が飛び交う。
もはや、勝とうという気概がない。
「こいつら、ポンコツだ……」
思わず声に出てしまった。近くにいた同じ改造人間、マングース男がヤマダをにらむ。慌てて口笛をふくヤマダ。
(こんな会議は無駄だ。もう降伏すればいいじゃん……)
降伏して処罰されるのは、魔界の高級幹部たちだけだろう。さすがに人間たちも敵対する魔族を全て滅ぼそうとは思わないはずだ。特に元人間の改造人間は、哀れんで助けてくれるかもしれない。
「おいおい……お偉えさん方、まさか降伏するんじゃ……」
「それだけは……それだけは勘弁してくれ~」
となりのフクロウ男とガチョウ男がそんなことを話している。
「どうして、降伏すると困るんですか?」
ヤマダは疑問を口にした。元人間の改造人間なら、生粋の魔族、モンスターよりも人間の世界に受け入れてもらえるはずである。
「お前、そんなこともわからないのか?」
「これだから、うさぎなんて弱っちい奴は危機感がない」
怒られた。
理不尽にも怒られたヤマダ。
よく考えて見れば、フクロウ男はともかく、ガチョウ男に弱っちいと怒られるのは納得がいかないが、それを主張するのは何だか虚しい。
それでもヤマダは、同じ改造人間だから、粘って聞いてみた。ふくろう男は首を振る。一応、この男、ふくろうの帽子と目にふくろうの仮面をかぶっただけ……いや、手の代わりの翼に全裸……人間の男……とんでもない姿のフクロウ男に聞いてみた。
「俺たち、改造人間が一番危ない。何しろ、裏切りもの扱いだからな」
「う、裏切り者?」
「おうさ……。元人間で魔王軍に属しているのだ。裏切り者なのさ。人間に捕まれば、間違いなく火炙りだね」
そうガチョウ男が言った。この男は飼われているガチョウのようにまるまる太っている。この男なら火炙りされるだろう。火であぶったら、いかにも美味しそうだ。
(いやいや、それを言うなら俺も一緒じゃないか!)
日本では食べられていない食材ではあるが、場所が変わればウサギ肉は、絶品の食事である。
(捕まれば……)
火炙り決定だろう。
「うああああああっ……火炙りは嫌だ!」
思わず叫んだヤマダ。先ほどのマングース男にまた睨まれた。
慌てて目をそらす。また口笛をふく。残念ながら音が出ない。
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