第2章 ヒューマン英雄王国・ベイリーズ激戦

第22話 冒険に出発!



 数週間後の昼下がり。



「固有魔法も覚えたことですし、少しばかり遠出のクエストの練習に行ってみませんかな?」



 俺と翠、そしてイユさんも加えてお茶を飲んでいるタイミングで、またしてもナンカ大臣が現れてそんなことを言ってきた。

 ちなみにイユさんがここに居るのは、たまたま休憩時間になったからだ。



「また練習ですか? 私、そろそろ本格的な冒険とか出たいんですけど」

「翠様、何事も練習ありきですよ。練習で出来ないことは本番でもできません」



 唇を尖らせて文句を言う翠を、イユさんが嗜める。



「そうだぞ、翠。調子こくと死ぬぞ、俺が」

「はいはい、分かってますよ」



 俺の言葉に翠が肩をすくめる。

 まあ実際に俺が死ぬかどうかは置いておいて、調子こいて戦い行くとかフラグだからな。

 積極的に釘は刺しておこう。



「じゃあクエストに行く分には問題ありませんね。では、食べながらで構いません。こちらの地図を見てください」



 ナンカ大臣が示したのは、このヒューマン英雄王国を中心とした地図だった。

 この王国の西側にエルフの治める『エルフ千年王国』、更にその西には『ドワーフ工業王国』がある一方で、英雄王国の東には『ビースト太陽王国』、そしてまたその東に『ハーフフット音楽王国』が存在している。

 そして それぞれの南方には山岳地帯や砂漠などの緩衝地帯を挟みつつ、魔王軍の領地があるようだ。

 ただ、この地図はあくまで この王国を中心にして作られたものであり、世界地図ではないため、他国に関する記述は薄い。



「ヒューマン英雄王国の王都、つまり我々の現在地はここ、王国の中心部のやや北東よりの場所です。ここから馬車で1日行けば、王国南西部の街であるベイリーズに到着します。実はこの辺りにモンスターが大量発生しているらしくてですね。翠様の火力支援でこやつらめを一掃してほしいのです」

「ふうーん、そうですか。それは楽しみですね。私の戦艦バトルシップが焼き尽くしてくれますよ!!」



 あっ、この子。やっぱ調子乗ってるな。

 まああんな派手な固有魔法を得て調子こくのも分かるが。



「それと、ここには翠様の先輩の勇者である『聖剣』の勇者様が居ます。練習として、この方の戦いを見せてもらいながら、勇者としての振る舞いを学んでください。彼も若手ですが、良い勇者ですよ」

「えっ!? 私以外の勇者!?」

「そりゃいるだろ。他にもたくさん来てるって最初に言われてたじゃん」

「いや、分かってはいたんですけど。なんか……特別感が薄れますね」

 


 翠はやや不満げにそんなことを言った。

 確かに、他の勇者と会うのは初めてだし、自分が超スゲー勇者になれると思ったら先輩が居るんだもんな。

 確かにちょっとがっかりかもしれん。



「でもな。翠。特別な人間が自分一人だと面倒くせーぞ」

「そうなんですか?」

「ああ……。『ここでは貴方しかできないんだから、これやってね』とか言われて意味わかんねえ仕事とか押し付けられんだよ。ふざけんじゃねえよマジで。パソコンくらい覚えろよ老人教諭共が!! 俺の仕事 増やすなや!! お前らの老い先短い人生を今ここでゼロにしてやろうかと思ったわクソが!!」

「すごい! 感情がこもってますね!」

 


 まあ実体験あるからな。

 なろう小説とかで『実は最強だけどそれを隠して平凡なふりしてまーす』みたいなのあるけど、あれある意味では正解なんだよな。

 下手に何かできると思われるとガンガン仕事振られるんだよ、給料変わんないのに。

 


「教師って大変なんですね……」

「そうなんですよ、イユさんも俺たちの故郷で教師になればわかりますよ」

「こほん! ……話を本題に戻して構いませんかな?」



 咳払いしてから、ナンカがこちらに視線を向けてきた。

 注意されちった。



「これから勇者になるのであれば、修行は欠かせません。そして勇者としての修行には、先輩の勇者の戦いを見るのが一番です。ご理解いただけますかな?」

「……はい、まあ」

「ではクエストの件、よろしくお願い致します。出立は明後日の朝10時。その日の夕方6時過ぎには着きますので。準備等はこちらでしておきますので」

「あっ、ナンカ大臣。護衛とかは付くんスか? 翠はともかく、俺は攻撃力ないんでボディーガード居ないと困るんスけど」

「桃吾様が同行されるのは確定なんですね……」

「だって暇なんですもん」

「まあ、構いませんが……。護衛には騎士を3人同行させます。あとは御者が1人います。生活のことなどで困ったことがあれば騎士に申し付けて下さい。あと、補助役として神官が1人欲しいところですが」

「だったら、イユさんで良いんじゃないでしょうか?」

「そうっスね。あんま知らない人が来るよりも見知った人が来てくれたほうが良いでしょ。イユさん、お願いできますか」



 そう尋ねてイユさんの方を見ると、彼女は何やら険しい顔をしていた。



「イユさん、どうしたんですか?」

「……ナンカ・エライネン大臣。一つお聞きしたいのですが、今回 大量発生したモンスターというのは、どのようなモンスターなのですか?」

「ああ、言っていなかったね。今回出たのは、昆虫系のモンスターだ」



 それを聞いてイユさんは一層 険しい顔をしていた。

 どうしたんだろう?

 ……そう言えばイユさんの本当の姿は、アラクノイド。

 蜘蛛系の魔族に近い姿なんだったな。

 ひょっとして、それで蟲のモンスターとは戦いたくないとかあるのかもしれない。



「イユさん、嫌なら無理しなくてもいいんスよ? 俺らが勝手に頼んでるだけだし」



 俺がそう言うと、イユさんは少し悩んでいる様子だったが、やがて意を決したように。



「いえ、……問題ありません。ぜひ、同行させてください」



 彼女はそう言った。









 そして、出発の時間がやってきた。



「いやあ、晴れて良かったですね、お兄ちゃん」

「そうだなあ」



 王城の正門前で、俺たちはそんな呑気なことを言っていた。

 まあ正直なところ、そんなに気負ってはいない。

 先輩の勇者もいるし、護衛も3人も居るし、翠ちゃんが活躍するのを眺めながら酒でも飲んでりゃいいだろ。

 ……これひょっとしてフラグっぽいか?



「ああ、勇者の瀞江翠様と その兄の桃吾様ですね! 初めまして。今回は我々が護衛を務めさせていただきます。私が今回の護衛部隊の隊長のヒューマンワイファーと申します! よろしくお願いいたします」



 そう言って声をかけてきたのは、女性の騎士だった。

 いわゆる女騎士というやつである。

 数は少ないが、この世界の騎士や衛兵には女性も存在する。

 俺が見たところこの辺りの兵士の2~3割は女性だと思う。

 この世界では単純な体格だけでなく魔法の技術も戦闘力の非常に重要なファクターとなるため、そう意味では俺たちの世界よりも身体的な男女差が薄くなるのだろう。

 そしてヒューマンワイファーが握手するために翠に右手を差し出したのだが。



「くッ!! 殺せ!!」

「えっ!? 何でですか!?」

「こらこら、翠ちゃん。初対面の人相手にクセの強いボケをしたらダメだよ」



 翠がいきなりオークに捕まった女騎士のモノマネをし始めた。

 この子は本当に誰に似てしまったんだろうな。

 きっと俺ではないはずだ、俺は真人間だからな。



「いやぁすみません。ちょっとしたジョークです。瀞江翠です、お願いします。……ところで、フィクションだと女騎士って異性慣れしてなくて『す、すまない。色恋には疎いんだ……トゥンク』みたいなの ありがちだけど実際にはどうなんですか?」

「それ初対面30秒で訊きますか!?」

「ああ、すみません。この子に悪気はないんです、ただ常識もないんです。こら、翠。いきなりそういうこと言うもんじゃないよ。あと軍隊って女っ気ないから むしろ女性はめちゃくちゃモテるよ。自衛官の知り合いがそう言ってたし、この世界の衛兵の人にも聞いたけど やっぱコッチでも女騎士は人気なんだって。人によっては男を何人も侍らして月給よりも男からの貢ぎ物の総額が高い人もいるとか何とか」

「わあ! 凄いですねぇ!!」

「ちょ!? それは偏見です!! 私は落ち着いた恋愛をして既に結婚もしています!! ……ま、まあ私の同期には確かにそういう女性もいましたが」



 彼女は咳払いしつつ、そう言った。

 ……あれ? この人、結婚してるって言ってたな。

 それはつまり人妻騎士ということか。

 ……人妻騎士って語彙のパワーが強いな。



「ちょっと、初対面の人を困らせるものではありませんよ」



 俺たちの背後から、そう声を掛けてきたのはイユさんだった。

 その手には旅行用のトランクを下げている。



「ああ、イユさん。おはようございます」

「神官さんも来られましたね。時間ピッタリです。……それでは、出発しましょう」



 人妻騎士、じゃなかった。

 ヒューマンワイファーに声を掛けられ、俺達は馬車に乗り込んだ。



「異世界で初めての旅ですね! 最初のクエストは日帰りでしたし」

「おお、なんかワクワクするなぁ!!」

「旅行に行くんじゃないですけどね」



 俺たちの言葉にイユさんが肩をすくめる。

 この3人は馬車で、騎士の方々は馬に乗っていくことになっている。



「よーし、じゃあ――しゅっぱーつ!!」



 翠の声が馬車内に響き、それを聞いた御者が「はいよー!!」と声を掛けて馬を走らせた。







 この時、俺達はまだ これから襲い掛かる苦難を知る由もなかった。

 ――みたいなモノローグを脳内に流しておくと楽しいので、試しにやってみた俺だった。




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