第23話 馬車でお話する回





 この世界の文明水準は低くない。

 いや高いといっても良いだろう。

 銃をホルスターに収めるのではなく、腰に剣を佩いているというのに、政治家や官僚が国家を運営するのではなく王や貴族が国や領地を治めているのに、この世界では蛇口を捻れば湯が出る、農作物は魔法によって効率的に管理・育成されているため食料も安定供給され、教育水準は高く、治安も良い。

 それでも移動手段はやっぱり馬車や騎馬なんだなぁ、そう思っていたんだが。



「うおおおおおおッ!! 馬車ッ! 速ええ!!」



 馬車が速い!

 どう見ても時速60キロは出てるんじゃあないだろうか。

 元の世界なら、競走馬として鍛えられたサラブレッドにジョッキーが跨って それくらいの早さだったはずだ。

 だというのに、この世界は馬車が時速60キロで走っている。

 イユさんと俺と翠に、御者の4人で恐らく250キロくらい、他に俺たちの荷物に加えて騎士たちの荷物も載せているため、プラス100キロはある。加えてそもそもの馬車自体の重さもある。

 それを馬2頭で引っ張ってこの速さってどうなってるんだ。

 なお、振動は多少あるものの慣れれば気にならないレベルだ。

 道も舗装されてるし、タイヤにゴム――正確にはゴムそのものではなくゴム質の生物の外皮らしい――も巻かれており、更にはサスペンションもしっかりしているようだ。

 異世界すげー。

 


「しかし この重さを引っ張って この早さか。やべーな、異世界の馬」

「凄いですね、馬車ってこんなに早いんでしたっけ?」



 窓の外を眺めながら俺と翠は何度も瞬きしながら外を眺めていた。



「そんなに速いんですか? これくらい普通では?」



 あっけらかんとイユさんはそんなことを言うが、いや有り得ねえよ。

 馬車がこの速さって無理だろう。

 ちなみにこの馬車は4人乗り(御者は除く)で、俺と翠が隣り合うようにして、イユさんは俺たちの正面に座っている。



「見た感じ、馬は ばんえい馬とかの重量型っぽいけど、だったらそれこそスピードは落ちると思うんだけどな。……ひょっとして、異世界の馬って強化魔法とか使えるんですか?」

「……ああ、そうですね。そういえば勇者様たちの元いた世界に魔法は無いんでしたね。ええ、この世界の動物は大体みんな魔法が使えますよ。知能の程度に応じて限りはありますが」



 道理でか。

 こんなん普通の馬にはあり得ねえだろ。



「流石に小さな虫とかだと何も魔法は使えませんけど、ほ乳類、鳥類などは身体強化や知覚強化の魔法が使えるものもいます。ただ、基本的にはそれくらいです。流石に属性魔法とかは使えません。……例外的に、ある有名な男爵の愛馬は固有魔法が使えるそうですが」

「マジ!? 馬が固有魔法とか使うの!?」

「人間が十分なサポートをした場合に、ごく一部が、ですけどね。普通はあり得ませんよ。……それに属性魔法とかよりも固有魔法の方が偶発的な習得の可能性は高いんです。体系化された知識ではなく、個体ごとの感覚で行われるものですからね」

「へえ、そう言われると分かる気もしますねぇ」



 イユさんの言葉に、翠が楽しげに返す。

 翠もまだ10歳だもんな。

 こんな冒険楽しくて仕方ないんだろう。



「……ところで、お二人って仲が良すぎませんか?」



 と、そこでイユさんがそんなことを言ってきた。



「そうか?」

「そうですかねえ?」



 俺と翠は首を傾げ合う。

 


「いや……兄弟で並んで座って寄りかかるって結構だと思いますけど」

「「そうなの?」」

 


 イユさんの言うように、翠は俺の身体に寄りかかるようにして座っており、俺は俺で翠の肩に手を回して抱き寄せるようにしている。

 言われてみれば距離感 近いのか。



「まあ年が離れてるからな。俺は翠のおしめ変えたことあるし」

「うーん、私も昔から こんな感じなのでよく分かんないです」

「そ、そうですか。……まあ兄弟仲が良いのは良いことですよね」

「そら、仲悪いよりは良いほうが良いでしょ。ハハッ」



 そう笑ってから、俺は水筒の水を口に含んだ。

 良く冷えてて美味しい。

 魔法で出した水も飲めるのだが、魔法を使うだけで疲れちゃうからな。

 基本的には水は携帯することが多い。

 そして水を飲んでいると、俺はふと思った。



「この世界ってスライム居ます?」

「え? ええ、居ますよ。限られた地域だけですが。液状なので直接攻撃のダメージは通らないし、攻撃方法もトリッキーなものが多いので結構な強敵なんだとか……。それがどうしました?」

「いや、スライムに丸呑みされるのって気持ち良いのかなって」

「いきなり剛速球ブン投げるのやめてくださいよ!!」


 思ったことを口に出したら、イユさんにツッコまれた。

 口に出したのに逆にツッコまれるとは、これ如何に。



「俺たちの世界だと丸呑みっていうプレイがあってですね。巨大な生き物に呑まれることに快感を覚える人もいるんですよ。それって実際どうなのかなって」

「どうもこうも死ぬでしょ!! 一回の絶頂のために絶命してどうするんですか!?」

「俺たちの世界だとフィクションなんですけどね。でもこの世界だとワンチャンあるし、やったらどうなるんだろうっていう仮定の話ですよ」

「か、仮定の話ですか。やめてくださいよ、いきなり意味の分からない話をするの」



 イユさんはほっとして胸を撫で下ろした。



「でもスライム娘って割と興奮しますよね」

「この話 続けるんですか翠様!?」



 くすぶっていた火種に、翠がガソリンをぶっかけた。



「ああ、いいよね。スライム娘って。半透明で中が透けて見えるのも、形状があいまいなのも何かエロい気がするし」

「中が透けるのが一番エッチですよね。だって見えちゃうわけじゃないですか。中に入ってるものが」

「わかる~~~~エチエチだよね~~~!!」

「分かんないんですけど!? っていうかスライム娘って何!? スライムにオスもメスもないでしょ!!」

「えええええ!? スライム娘って居ないんスか!?」

「そ、そんな!? 正直 冒険に対する期待で一番 大きいのモンスター娘との出会いだったんですけど。……どうしましょう、お兄ちゃん」


「……いや待て、翠。俺に良い考えがある。水からの伝言ってあるじゃん? 水に声を掛けるとどうのこうのみたいな」

「ああ、ありますね。あの胡散臭いの」

「いや、うさん臭いと切って捨てるべきじゃないと思うんだよな、俺。もし仮に自らの伝言があるなら夢が広がるじゃん」

「具体的にはどんなです?」

「水に向かって『君は俺のことが大好きでエッチなことに興味津々なんだけど いざそういう雰囲気になると恥ずかしくて何もできなくなっちゃう美少女だ』って言い続けたら、そのうちスライムの美少女になるかもしんないじゃん」

「なるほど!!」

「医者を!! 誰かこの兄弟のために医者を呼んできて!!」



 俺たちの会話を聞いてイユさんが頭を抱えてそう叫ぶ。

 何をそんなに気にしてるんだろう。

 俺らはただ性癖の話をしているだけなのに。


 しかし、イユさんはこの話を続けたくないのか強引に話を変えてきた。



「翠様!! 翠様は他の勇者の方に会うの初めてですよね!? やっぱり緊張されますか!?」

「え? そうですねえ。うーん、どんな人かなっていう気持ちはありますけど……。緊張はあんまりないですね。お兄ちゃんも居ますし!」


 そう言って、可愛い弟がニッコリと微笑んでくるのだから俺も悪い気はない。

 髪型が崩れないように、俺は彼の頭を優しく撫でた。




「……大丈夫だよ。もしも『聖剣』の勇者が『性剣』の勇者みたいな感じだったら、そいつの性剣をへし折ってケツの穴にぶち込んでセルフファックさせてやるからね」

「何その性剣の勇者って!? ツッコミが私しか居ない密閉空間でよく分かんないワード放つのやめてくれません!?」

「ああ、そうだ。俺さぁ、昔『性剣伝説』みたいなAVきっとあると思ってググったら無くてさぁ、『日本人は変態すぎw』とかどいつもこいつも偉そうなこと言うくせによぉ。大したことねーよなジャップは」

「日本人のオタクって変態自慢する癖にそう言うとこ詰めが甘いですよね。『さあ! 俺の性剣をヌイてくれ!!』みたいなことやって欲しいですよね」

「まあでもそういうのってヤリチンがやってんだろうな。『オラァ!! 俺のエクスカリバーでアーサー王伝説を始めてやるぜぇ!!』とか言いながらヤッてんだろ。マジ死ね」

「お前マジでええ加減にせえよ!! どんだけ童貞こじらせたらそないなるねん!!」



 そんな話をしていると、馬車の正面にある小窓がノックされた。

 イユさんが小窓を開けると、御者が顔を覗かせながら微笑んだ。幸いなことにイユさんの関西弁――いやカシスル弁は誰にも聞かれていなかったようだ。

 


 「皆さん。見えてきましたよ、アレが『ベイリーズ』です」



 そう声を掛けられて視線を向けると、その先には巨大が石壁に包まれた街が見えた。



「へえ、あれがベイリーズか。王都と比べるとそら小さいけど、しかしあんなデカい石壁に包まれてると思うと結構な大きさだな」

「イユさん、この世界の街ってあんな感じの石壁に守られてるのが普通なんですか?」

「ええ、村くらいなら木の柵で覆うくらいですが、街だとアレくらいの防御は必要です。モンスターや魔族に襲われるとひとたまりもありませんからね」


「へえ、やっぱり異世界って私達の世界とは全然 違うんですね」

「そうとも言えないぜ、翠ちゃん。俺たちの世界だって元々はああいう壁に覆われた街も多かったんだけどな。日本はそういう文化薄いけど。そもそも漢文だと『じょう』は『壁に包まれた都市、街』って意味だし」

「へえ、そうなんですか。流石お兄ちゃん、博識ですね」

「へへっ、よせやい。こんなところで褒めたって乳首くらいしか出ねーぞ」

「乳首も出さないでください。いい加減にセクハラで訴えますよ」

「ごめんなさいイユさん」



 そんな話をしていると――何かが見えた。



「ん? 何、あれ?」



 俺が指さすと、イユさんと翠も俺の指先にジッと視線を向けた。

 しかし、その正体に最初に気付いたのは護衛の女騎士のヒューマンワイファーだった。



「モンスターが来ますッ!! くだんの虫型モンスターの群れだと思われますッ!!」



 んなぁ!?

 このタイミングでかよッ!!

 しかもかなりの数の群れだ。

 虫型モンスターは、見たところハチに近いデザインをしている。

 一体あたりは体長50センチ弱くらいだろうか、ただ数が多い。

 40~50匹はいるだろう。



「おいおい、どうすんの!?」

「モンスターも我々に気付いていますッ!! ここで止まっても襲われるだけですッ!! 我々が群れに風穴を開けますので、そこを突っ切って下さい!!」

「マジ!? 俺らは馬車の中に居るから大丈夫だろうけど、騎士さん達は危ないでしょ!!」

「我らは騎士、これくらいなら何ともありません。御者殿!! アナタも馬車の中に退避してください!!」

「ま、待ってください騎士様!! 馬はどうなるんです!? 私にとっては可愛い子どもみたいな存在なんです!!」

「……すまない、御者殿。こればかりは運に委ねるしかないな」

「そんな!?」



 手綱を握る御者がショックを受けたように項垂れる。

 確かに、馬は人間の文化の一つと言える。

 そんな馬と関わる仕事をしているのだ、愛着は深いのだろう。

 俺だって馬が死ぬのは見たくない、馬は好きだ。

 馬って可愛いよね、ギャンブルは好きじゃないけど競馬のレースは時々見るんだよね、超楽しい。

 だから俺としても何とか馬は守ってあげたい。

 でも俺のヌルヌルで守ると馬も滑って走れなくなるし……どうする?



「ふふーん! ここには勇者である私が乗っているんです!! これくらいのこと、私の戦艦バトルシップが何とかしますよ!!」



 そう言って翠は馬車のドアを開け、颯爽と身を乗り出して――。




「あばばばば風が強いあばばばば!?」

「何してるんですか翠様!?」



 強風に煽られて顔の皮膚が伸びまくってあほな顔をしていた。

 そらこの速さだからな、風だって強いだろ。



「おいおい翠。しっかりしろよ!! 風が強いのなんて分かり切ったことあばばばば風が強いあばばばばば!?」

「桃吾様ァ!! ちょっとホンマに余計なことをせんでください!!」



 しまった。

 マジで思ったよりも風が強い。

 思わず俺もアホな顔になってしまった。

 

 しかしこんなバカなことをしている暇はない。

 早くしないとモンスターがッ!!




「――固有魔法・『青血聖刃ブレイド』ッ!!」



 しかし、そんな声が聞こえると同時に、空から降り注いだ無数の水の刃が全てのモンスターを鮮やかに斬り刻んだ。



「なッ!? この固有魔法は!?」

「おお、どうどうどう!! 止まれお前ら!!」



 その魔法を見た女騎士が目を見開き、御者は馬を諫めつつ馬車のレバーを引いて車輪にブレーキを掛けて減速させた。


 そして、斬り刻まれたモンスターの羽根が無数に舞う砂塵を切り払って姿を現したのは、青髪に青目をした端正な顔立ちの少年だった。

 顔立ちは中性的で、背も高くはなく、何処か幼さが残っている。

 年は16か17くらいだろう。

 青い細身の甲冑を身に着け、白いマントを羽織り、その右手には青みがかった両刃のロングソードを握っている。




「やあ、危ないところだったね。迎えに来たよ、後輩クン。――僕が『聖剣』の勇者、江土井えどい 青一せいいちだ」



 彼はそう言って微笑んだ。




「気を付けろ、翠。ああいう中性的なマッシュヘアが一番オンナ食ってるから」

「やっぱ性剣ですね」

「助けておいて何この言われよう!?」



 こうして、俺達は『聖剣』の勇者と出会った。



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