第17話 GOGO幽霊屋敷!






 翠はダークピンクのゴスロリ衣装、俺はグリーンのジャケットにジーンズと、二人して冒険に来たとは思えない恰好ではあるのだが、それでも俺たちは冒険に来た。



「ええええ、ここ入るんですかぁ? やだなあ」

「そうは言ってもここまで来ちゃったんだから、仕方ねえだろ」



 翠の言葉にそう答えて、俺は目の前のに一歩踏み出した。

 ――なぜこんなことになったかと言うと、それは前日の出来事に起因する。



 

「勇者殿。少し お時間をいただいても構いませんか?」



 昨日の午後三時ごろ、オヤツを食べていた俺たちの前に、久々にナンカ大臣が姿を現した。

 


「はあ……。私は構いませんけど、何です?」

「いやあ。実は、勇者殿がそろそろ上級魔法を習得しそうだと聞きましてね。それでさっき見に来たんですが……勇者と言うのは相変わらず規格外ですね。二週間で上級魔法を二つも習得するだなんて、普通なら十年に一人の天才ですよ。上級魔法を一つ覚えれば魔法使いとしてはそれだけで一級品ですからね」

「だろう? なにせウチの可愛い弟なもんでね。で、わざわざ褒めに来てくれたんスか? 殊勝なことですね。お礼にこのアップルパイをあげましょう!」


 間に口を挟んで、俺は紙ナプキンで包んだアップルパイを差し出した。

 それに対し、ナンカは「ああ、これはこれは。いただきます」と言ってアップルパイを受け取り、そのまま一口齧ると「旨い」と呟いた。

 ……この人、あんまり動じないんだな。

 ちょっとふざけてみたのに。

 まあ一国の大臣なんてしてるんだから、これくらいで動じるもんでもないのかもな。



「いえ、それだけではありません。上級魔法習得することは、一流の魔法使いとして認められる第一歩ですが、それと同時に勇者としても、成長するタイミングなのです」



 そう言って、ナンカは一枚の書状を俺たちに見せた。

 そこに書いてあった内容とは。



「……勇者としての第一の試練に向かうべし。どういうことでしょうか?」



 書状を音読した翠が小首をかしげる。

 ――話には全く関係ないけど、小首をかしげる翠ってカワイイ。

 本当に可愛いな、俺の弟は。


 そう思いつつ、俺は眼鏡をハンカチで拭く。

 可愛い翠の顔がもっとちゃんと見えるようにだ。

 


「うむ、要するに訓練だけでなく、実際に一つ任務をこなしてみないか? ということです」

「えっ! 私もとうとう勇者デビューですか!? やった!! そろそろ訓練にも飽きてましたからね!! よーし、格好よくデビューしますからね私!!」



 ナンカの言葉に翠が喜色を漏らす。

 が、しかし。



「いや、ダメだ!!」



 俺が止めた。



「ん? 何でですかな? これまでの勇者の方々も同じようにしてきましたし、きちんと護衛の衛兵もつけますよ」

「な、何でですか!? あっ、ひょっとしてお兄ちゃん。私だけカッコよく勇者デビューするのが許せないんですかぁ?」



 などと調子に乗ったことを翠が言い始める。

 まあそれもあるが。



「翠ちゃん。君は今 調子に乗ってる!!」

「うっ……。まあ、それは事実ですが。しかし、上級魔法を2つも覚えたんだからちょっとくらい調子に乗っても良いじゃないですか」

「甘ーい!! もしここが上げて落とすタイプの異世界だったら……多分 調子こきはじめたこのタイミングで誰か死ぬ展開になる。そして、勇者である翠が主人公だとするなら……俺の方が死ぬ確率が高い!! 初めての戦いで調子こいて身内が死ぬとか お決まりのパターンじゃん!! いやだそれだけは嫌だ!!」


 俺はカッと目を見開いてそう叫んだ。

 

「いや それは流石に創作物の読み過ぎですよ!! そんなことないですよ!!」

「だったら異世界に来てる時点で創作物だろ普通!! そう考えたら、『強大な力を手に入れて調子こき始めた』主人公は結構な確率で師匠とか父親とかを失くすんだよ!! 『そ、そんな俺のせいで……!!』『良いんだ……。お前は、この先へ進め』みたいな感じで。そして現時点でそういうポジションぽい人は誰? そう、俺だ!! 翠ちゃんが調子に乗って戦いに行ったら、俺が巻き込まれて死ぬ可能性が高いんだ!! このノリで行くのはマズい!!」

「……それでしたら、お兄様は残ってはいかがですかな? 勇者として選ばれたのは翠殿だけなんでしょう?」

「バッキャロー!! 可愛い翠ちゃんの勇者デビューを俺が見逃すわけねえだろ!!」

「一応、カメラ代わりのマジックアイテムはありますが」

「重ねてバッキャロー!! 見てるだけで満足できるか!! 俺はすぐ隣で翠の活躍を感じていてえんだよ!!」



 翠が簡単な討伐クエストに行かないようにしているのも、彼女の活躍を見るためだ。

 調子こいて失敗する翠なんて見たくないからな。

 俺は美しく活躍する翠ちゃんを見て悦に浸りたいのだ。



「め、面倒な……」

「そして俺自身は働く気はねえ!! 俺は後ろでふざけたりボケたりしながら翠の雄姿を取っていたい!!」

「じゃあ、お兄ちゃんはどうしたいんですか?」

「安心しろよ、考えはあるさ。……ナンカ大臣、その任務って具体的には何をするんスか?」

「え? ああ、ある程度は勇者殿の要望も聞くつもりでしたが、基本的には分かりやすく派手な任務を考えていました。例えば魔獣の群れの掃討など。この時期はデビルボアという猪が人里に降りてきて危険なので、そのあたりかと思っていますが」

「……いや、それは翠が調子に乗りそうなんで。任務の内容を変えましょう。翠が慎重になって、かつ何かあればサポートの人にも助けてもらいやすいものを」

「それ、具体的にはどういうことなんです?」



 と言う翠の言葉に俺は薄く微笑み。



「ゴースト退治、とかないスか?」



 翠は幽霊の類が、大の苦手なのでる。





 ――時間は現在に戻って。



「はぁああああ!! あの時、お兄ちゃんが変なことを言わなければ良かったじゃないですか!!」

「良いじゃん、むしろ苦手なものに対する対処は最初に覚えるべきだろ」



 王都から馬車で数時間ほどのところにある、古びた屋敷。 

 俺たちはその屋敷の正門の前に立ち、外観を確認していた。



 ここは元々、とある貴族の別荘だったそうだが、ある時に病で貴族の当主が亡くなり、そこから当主を巡った争いになり、あろうことか残った一族同士の争いが激しすぎたあまり、一族全員共倒れになって取り潰しになってしまい、今では幽霊屋敷になってしまったそうだ。

 いまから40年ほど前のことだそうだ。

 それ以来、この屋敷には幽霊が集まりやすくなってしまったそうだ。


 ここは避暑地としては一等地なのだが、立て直そうにも幽霊が居て工事できない。

 加えて、貴族が取り潰しになったせいで権利関係が面倒くさいことになったらしく、それで今まで放置されていたそうなのだ。

 それで、いい加減に何とかしようということで国としても対策を考えていたそうなのだが、じゃあ折角なので勇者の訓練に使っちゃえ、と言うことになったらしい。

 

 そのため、今回の俺たちのクエストは、『幽霊を退治して幽霊屋敷をボロ屋敷に戻す』こととなる。


「これなら翠ちゃんが調子こかないし」

「大丈夫ですよぉ、もう反省してるんで。調子乗ってないんで。だからカッコよく猪のモンスター倒しにしきましょうよ」

「ここまで来たんだから、もう諦めな」


 と、まあ翠は幽霊が本当に苦手だ。

 ただ、だからこそ慎重にやってくれることだろう。




「……それで、なぜ私が付き添いなんでしょうか?」



 俺たちの後ろで、そんなことを言うのはイユさんである。

 普段通りの神官の恰好であり、標準語で話している。

 ここには翠も馬車の御者も、護衛の騎士までいるので当然である。

 なので、今ここにいるのは、俺と翠とイユさん、そして護衛として騎士が二人とそれぞれの乗る騎馬、あとは俺達が乗ってきた馬車の御者と馬車を曳く馬が二頭である。



「いや、幽霊退治の専門家でしょ。神官は」

「そ、そうですけど。他にも神官は大勢いますが……」

「いやあ、イユさんが良かったんですよ」



 などと俺が言うと、騎士の二人がコソコソと話すのが聞こえてきた。



「おい……噂ってやっぱマジなんだな」

「ああ、イユさんがS女王様ってやつだろ? 相手はあの兄ちゃんだとか……。人って見た目に寄らないんだな」



 などと話している。

 そして その声が俺に聞こえるということは、正面に居るイユさんにも聞こえているというわけで。



「~~~~~~~ッ!!」



 イユさんは表情に出してはいないが、歯噛みしている様子だった。

 そして、糸目の隙間から紫色の瞳を覗かせて、視線だけで『お前マジでふざけんなや!!』という殺意を俺に向けていた。

 おいおい、やめろよ。

 そんな視線を俺に向けるなよ、興奮するじゃないか。

 まあ分かってて俺もこういうことやってんだけど。



「ま、悩んでても仕方ねえし、行くか!」

「そうですか。では我々はここで待機しております」



 当然のように、騎士たちはそう言い放った。

 これに驚愕したのは翠である。



「うそぉ!! ついてきてくれないんですか!?」

「すみません、ゴーストには神官の光魔法か炎魔法しか効かないんです」

「我々、ただの騎士なので……。魔法騎士か、魔法剣があれば話は別なんですが。まあ、ここのゴーストは大して強くないみたいだから大丈夫ですよ!!」



 おっと、フラグっぽいことを言うのはやめてくれないか。



「そ、そうですか。……じゃあ、この三人で行くんですね」



 明らかに気落ちした様子で、翠はそう言った。

 だがしかし。



「おいおい翠。そう落ち込むなよ。俺はただ厳しさでゴースト退治を提案したわけじゃない」

「……どういうことです?」



 俺は、ニッと笑みを浮かべて。



「俺には前々から温めてきた幽霊屋敷での必勝法があるんだよ」










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