第16話 日々の生活の合間







 あれから二週間が経った。



「気合入れろぉ!! それじゃあ行くぞ!! プッシュアップ50回!! これが最後のセットだ!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」」



 俺は周囲の衛兵たちとともに雄叫びを上げてから、地面にうつ伏せになった状態から腕立て伏せプッシュアップを始めた。

 これは城を守る衛兵の早朝トレーニングに混ぜてもらっているのだ。

 ここ最近 日課として毎日 参加している。

 元の世界に居た頃から筋トレは趣味にしていたからな、折角だし衛兵たちのトレーニングに混ぜてもらっているのだが……。



「21ッ!! 22ッ!! まだまだ気合入れろッ!! お前らならまだいける!!」


 

 これがきつい!! 

 マジできつい!!

 なにせ軍隊のトレーニングだからな。

 かなり鍛えていた自信のあった俺も、これは付いて行くのが精いっぱいだ。

 やっぱりガチの軍人は違うもんだな。


 ただ、この世界のトレーニングはかなりしっかりしている。

 なんでも百年くらい前に来た勇者がスポーツトレーナーを本職としていたらしく、それ以降 トレーニングも科学的な観点を踏まえて考えられているため、トレーニングは毎日あるが鍛える筋肉の部位を変えることで過剰な負荷がかかるのを避けつつ、ストレッチや栄養補給にもかなり気が使われている。

 これ、下手な日本の部活動よりもしっかりしてるな。



「49ッ!! 50ッ!! 終了!! お前らッ!! よーく頑張ったな!! さすがは俺の部下だ!! ストレッチな入念にしろ!! シャワー浴びたら食事を取るのも忘れるなよ!! おつかれさん!!」



 教官も体育会系だが普通に良い人だしな。

 基本的に褒めて伸ばす方針だし。



「それでは筋肉に感謝を!! 全身の筋肉に向かってえ~~~~~~!!」



「「「「「ナイス・バルク~~~~!!!!!」」」」」




 まあ筋肉の圧が強いが。

 全員ボディビルダーみたいな見た目してるもんな。



 トレーニングを終えた俺達は、しばしの間ゆっくりと体を休める。

 シャワーを浴びて、一呼吸つく。

 ただ流石にプロテインはこの世界にはないので、代わりのものを摂取するのだが――。



「ポーションをプロテイン代わりにするという発想はなかったな」



 ポーションの入った瓶を振りながら、俺はそんな独り言を呟いた。

 この世界のポーションはゲームのように万能ではない。

 あくまで回復を促進させるだけのものだ。

 低レアのポーションだと傷口にぶっかけると擦り傷の止血をしたり、のどの痛みを取ったりくらいだ。

 といっても俺からすればマジで魔法のアイテムではある。

 少なくとも絆創膏を張るよりは早く治るし、こうして筋トレの後に飲めば傷ついた筋繊維を高速で超回復させてくれる。

 そのおかげで、毎日筋トレしても筋肉痛になったことがない。

 俺達のようなトレーニー(筋トレする人)からすると夢のようなアイテムだ。

 疲労回復の効果もあるので、目いっぱいトレーニングしても、すぐに動けるようになるし。

 ただ栄養も摂取しないと筋肉を分解して体力を回復させてしまうので、シャワールームの外の休憩室ではポーションと一緒に茹でた鶏むね肉と野菜を配っている。


「うまい!! うまい!!」

「鶏むね肉が俺の大胸筋に吸い込まれていく!!」


 テンションの高いマッチョに囲まれた中で、俺も鶏むね肉と茹でニンジンをモシャモシャと放り込む。

 ウマい!! 

 これが俺の筋肉になるのだ!!


 なんてことを考えていると。



「よぉ、桃吾。お前、ちゃんとトレーニングについてこれるのすげえな」



 衛兵の一人が声を掛けてきた。

 ここ最近のトレーニングで仲良くなった衛兵の一人だ。



「いやいや、俺はこの後 仕事ないから、そういう意味じゃ楽してるからな」

「ははっ、そりゃあな。でも、俺達ぁ王城の衛兵だからな。訓練も結構ハードなんだぜ? それに付いて来れるだけでも大したもんさ」

「そう言われるとやる気になるよ。また明日も参加するから、よろしくな」

「おう。……そんなに鍛えたいなら俺と仕事かわれよ。今日、力仕事が山ほどあってさ」

「断る!! 俺の筋肉は労働のためには使わない!!」

「お前、マジでそこは譲らねえよな」


 そして、俺が労働しないことも、王城の中でかなり広まりつつあった。





「おはよう爺ちゃん!! 今日も精が出るね!!」



 城の廊下を歩きながら、俺は色んな人に声を掛けて回る。

 やることが無くて暇だからだ。

 俺が今 声を掛けたのは王城の清掃係の爺ちゃんだ。

 掃除は基本的にメイドがするのだが、石像の上やシャンデリアなど、特殊な道具などが必要になる場合は、この老人は清掃するのである。

 皺くちゃなお爺ちゃんだが、仕事は丁寧で明るい良い爺ちゃんである。



「おお、おはよう兄ちゃん!! そういうアンタは今日も精が出ないな!! ガハハハッ!!」

「残念ながらそういう生き方しか知らないもんでね!! お仕事がんばってくださいね!!」



 擦れ違いざまに、俺は爺ちゃんと右拳をゴツンとぶつけあって挨拶する。

 すると、その先から顔なじみのメイドが歩いてきた。



「あっ、メイドさん!! この間のお菓子すげー美味しかったって料理長に伝えといて!!」

「はーい! きっと喜びますよ。ああ、あと このバスケット、今日のおやつが入ってるから。勇者様と召し上がって下さいね」

「おっ!! あんがと!! 頂くわ!!」



 俺はメイドさんからバスケットを預かり、ついでにハイタッチして去っていた。

 すると今度は、その先に知り合いの執事が居るのが見えた。



「……ああ、執事さん!! どう、腰の調子は?」

「いやあ、おかげさまで。だいぶ良くなりました」

「俺は何もしてないっすよ!! 無理したらダメっすよ!! 労働は身体が資本ですからね~~!! 俺は労働しないから関係ないけど~~~~!!」

「はっはっは、相変わらず楽しそうなクズをしていますな」



 そう言って、陽気なアメリカ人よろしく、俺達は互いに右腕をクロスさせるようにしてぶつけ合った。



 こういった擦れ違いざまの挨拶は、俺が何となくやってみたら定着したものだ。

 洋画好きだからこういうの憧れるんだよな。

 別に挨拶なんかしなくても良いんだけど、俺も今は王城で暮らしている以上こういう人の世話になってるわけだし、挨拶がてら話しかけてたら何かこういう感じになっちゃったのである。



 そう思いながら歩いていると、今度はイユさんが歩いているのが見えた。



「おっ。イユさん~! 元気してます?」

「ええ、おかげさまで」

「それは良かった。俺も毎日元気ですよ!! 毎日おいしいもの沢山 食べてるからですかね!!」

「……そうですか」


 イユさんが明らかに嫌そうな顔をしている。

 昨日はイユさんの風呂の残り湯をビーフシチューにして食べました。

 美味しかったです。

 ちなみに料理は来客用のキッチンの一部を借りている。食器や鍋などは、他人の残り湯が混ざったものを使うので借りるのは申し訳ないな、と思って古いものを俺専用に譲り受け、料理は俺が自分の手でしており、毎日 夕食はイユさんの風呂の残り湯から作っている。

 イユさんも暗に俺が言いたいことを理解して、殺意のこもった視線を向けてくる。

 ありがてぇ。そういう視線好き。


「あっ、イユさんと桃吾さんよ」

「桃吾さんって変わってるけど顔は良いよね~」

「あの二人って仲いいわよね」

「ねえ、あの噂って本当なのかしら」

「ああ、あの付き合ってるってやつ?」

「付き合ってるっていうかS女とМ男の関係って聞いたけど?」

「ねえ誰か聞いてきてよ~~」



 離れたところで、若手のメイドたちがそんな話をしているのが聞こえてくる。

 俺としては悪い気はしないが、イユさんはギリギリと歯軋りしている。

 明らかに『ウチに話しかけんなや!! 変態!!」

 と言う顔をしていた。

 無視して話しかけるけど。



「ねえ、イユさん。これから翠とお茶するんですけど、一緒にどうです?」

「お誘いはありがたいのですが……これから仕事なので」

「そうですか。それは残念。……じゃ、また今晩」

「ッ!?!?!?」



 俺の発言にイユさんは顔を真っ赤にして口をパクパクさせ、それをこっそり見ていたメイドたちは「きゃあああ!!」と声を上げていた。


 そんなことをして回りながら俺は廊下を歩いていく。

 



 やがて俺は目的の場所――神官たちの使う修行場に着いた。



「『グランド・クロス』ッ!! 『フレイム・トルネード』ッ!!」



 そんな声が聞こえた直後に、地面が隆起して巨大な岩の柱が十字に交差したかと思うと、更に炎の竜巻が発生して岩の柱を飲み込んだ。

 おーおー、派手なことやってんな。



「素晴らしいです!! 翠様!!」

「流石は勇者様!! 僅か2週間で上級魔法を二つも覚えるだなんて!!」



 今日も、翠は神官に囲まれて得意げにしていた。

 あの子は二週間で上級魔法を二つも覚えたそうだ。

 普通は3年はかかるらしい。

 すげー。

 俺?

 俺は指先から水がチョロチョロ流れたり、指先にロウソクみたいな火が出るようになったよ。

 クソぁ!!



「よう!! 今日もすげーことになってんなぁ!! 翠ちゃん!!」

「……相変わらず魔法の修行は私だけにさせるんですね」

「拗ねんなよぉ!! 仕方ねえじゃん、兄ちゃんは才能が無いんだから。それより、オヤツ貰って来たから一緒に食おうぜ」



 そう言いながら、俺は翠を抱きしめて笑う。

 我が弟は何だか良い香りがする。

 恐らく髪に香油か何かを塗っているのだろう。



「はぁ、しょうがないですね。じゃ、ちょっと休憩しますか」



 なんてことを言いながらも、彼女は俺の持つバスケットに目を輝かせる。

 この子もスイーツは全般 好きだからな。



 俺が翠を連れていくと、周囲の神官は少し残念そうな雰囲気を醸し出していた。

 俺が居ると神官が翠にゴマをする隙が無くなるからな。


 …………あと神官が俺の可愛い翠に変な視線を向けてくるのもムカつくし。

 最初は可愛い翠が男だと知って困惑してきたようだったが、だんだんと慣れてきたのか、こないだ神官の一人が「いやでも、男の子だと思ってても勇者様かわいくね?」と言っているのを聞いてしまったのだ。

 しかも周りの連中まで賛同していた。

 許さねえ。

 俺の可愛い可愛い翠に変な蟲が付いたら、俺の鍛えぬいた筋肉で縊り殺してやる。



「お兄ちゃん!! どうしたんです? 早くお菓子たべましょーよ!!」

「ん? ああ、そうだな」



 まあ今くらいの距離感なら許すが。

 今は、可愛い弟との至福の時間を過ごそう。

 なーんて思っていたのに。




「勇者殿。少しいいかね?」



 久々にナンカ大臣が姿を現した。

 呼んでねえよ帰れよ。




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