第15話 イユさんといっぱい喋る回




 そう、俺と彼女の取引条件は『俺が彼女の秘密を黙る代わりに、お風呂の残り湯を下さい』と言うものだった。


 ……セクハラしたことをさっき謝ったばかりだが、俺かなりヤバい要求をしたのではないか。

 まあでも今さら諦めるつもりはないが。



「……まあ、多少は予想ついてんねんけど、お前はウチの風呂の残り湯をどうすんねん?」

「はい、これでカレーを作って食べようと思います!」

「いや予想の斜め上のヤツ来たなオイ!!」



 ああ、何だ。

 予想してるとか言われたから異世界も進んでるなぁと思ったのだが、そうではなかったか。



「何!? その、精々 身体に掛けるくらいやと思ってたんやけど!? どういうこと!?」

「いや、俺って実は昔から褐色肌のお姉さんのお風呂の残り湯で作ったカレーが食べたかったんですよね。いやあ、これで数年来の夢が叶う。……ところで、入浴ってどの姿でするんです? 昨晩の姿?」

「……人に見られる心配がない時は元の姿に戻る。何時までも変身魔法を使うんもキツイし。せやから……その、それは褐色肌の時の残り湯や」

「ああ、良かった。もしも変身した姿の風呂の残り湯だったらメニューをクリームシチューに変えないといけないところでした」

「いやどっちにしろ食うんかい!?」



 疲れたように、イユさんは「はぁ」とため息をついた。



「ま、これで取引の品は渡した。お前、これで漏らしたら承知せん――」

「えっ? 明日はハッシュドビーフ作りますけど?」

「……えっ?」

「えっ?」



 互いの間に沈黙が流れるが、先に口を開いたのはイユさんだった。



「……風呂の残り湯を渡すんって、今回だけよな?」

「いえ、毎日ですけど」

「はぁあああああああああああああああ!?」



 イユさんの絶叫が響いた。



「何を言ってんねん!? 毎日とか聞いてないで!?」

「俺だって一回限りとは言ってませんよ」

「いや普通は一回限りやと思うやろ!!」

「えー、だって。俺は結構な秘密を抱えてるんですよ。イユさんが魔王の手先って、普通に考えてヤバい秘密でしょ? 俺たちの世界で考えるなら国家反逆罪クラスですよ。死刑モンですよ。それを黙ってあげる見返りがお風呂の残り湯の瓶一本って頭おかしいでしょ」

「いや毎日でも頭おかしいやろ!? そもそも見返りが風呂の残り湯って何やねん!?」

「何言ってるんです。これは俺なりの優しさですよ。本当なら『ぐへへ、お前の身体を好きにさせてもらうぜ』とかやっても良かったのに。それは良心が咎めるから代わりに風呂の残り湯にしたのに」

「それが優しさになるやったら お前の良心は完全に方向性まちがってるで!!」


 イユさんは耐えられないかのように頭を抱える。


「あああああ!! よりによって何でこんな変態に!? いや変態相手だからこそこれくらいで済んでるんか……!! でも風呂の残り湯を要求するとかド変態やろ!!」

「まあ、そうですね。俺だって、こんなの初めて要求しましたよ。……俺の初めて、取られちゃいましたね」

「顔 赤らめんなや!! シバくぞホンマ!!」

「えっ!! 良いんですか!! お願いします!!」

「しまった!! こいつにとってはご褒美やった!!」

「ほらぁ、イユさんが言ったんだから早く俺のことシバいてくださいよ。ねえ、イユさん。いやイユ様!! ぜひ、お願いします!! 何なら靴でも舐めるんで!!」

「要らんわ!! ウチの靴がお前の唾液で汚れるだけやろ!! やっ、止めろ!! ウチの靴に顔を近づけるんやないぃいいいいい!!!」


 イユさんの靴をペロペロしようと思ったら、全力で抵抗された。

 しょうがないので、適当なところで妥協しよう。

 


「はぁはぁ、お前……ッ!! 割とマジな変態なんやな」

「今更そんなこと言われましても」

「はー、……まあええわ。あんまり時間 潰してても怪しまれるやろ。ほら、修行に戻るで」

「そうですか、じゃあ俺はこのままお茶飲んでるんで、行ってらっしゃい」

「……えっ? 何で行かへんの、お前は。弟はあんなに頑張ってるのに?」

「え、何でですか? 弟の努力量が増えたら、俺の努力量も増えないといけない理屈でもあるんですか?」

「いやウソやろお前!!」



 驚愕したように、イユさんがそう叫んだ。



「弟が勇者の修行を頑張ってんねんから、お前も頑張るべきやろ!! なんや、これから弟のスネでも齧っていくつもりなんか!?」

「そうですけど?」

「肯定が早い!! 嘘やろ!! お前、弟のスネ齧って生きてて恥ずかしくないんか!?」

「はは、その程度でどうこうなるほど俺のメンタルは弱くありませんよ」

「屈強なメンタルの誤使用やめろや!!」

「そもそも俺、元の世界でもニートしてましたし」

「……ニートって何や?」

「働きもせず勉強もせず訓練もしない人のことです」

「何やそれ!? お前それでどうやって生きてたん!?」

「3年だけ働いてたんで、その貯蓄で食ってました。貯金が尽きたら親のスネでも齧ろうかなって」

「クズやん!! お前、さっきまでウチが苦労して生きてきたことに泣いてたくせに!! ちっとは自分でも働こうとは思わんのか!!」

「よそはよそ!! うちはうち!!」

「こっ、こいつマジでメンタルが強い!! ちっとは社会貢献しようとは思わんのか!!」

「思わない!! 俺は美人なお姉さんにシバかれたり、ツバを吐きかけられたり、ロウソクを垂らされたりしながらも、親のスネをかじって元気いっぱいに過ごして長生きして、社会に少しでも迷惑を掛けてやるんだ!!」

「その決意もっと有効活用せえよ!!」



 俺の言葉に、イユさんが呆れたように溜息を吐いた後、まるでゴミを見るかのような視線を向けてきた。

 ちょうだいちょうだい!! そういう視線もっとちょうだい!!

 と、俺が恍惚とした表情を浮かべているのに気づき、イユさんは自分の行為の無意味さに気付いたらしい。



「あー、もうええわ。……じゃあもう何も言わん。とりあえずウチは戻る。事務仕事もあるからな」

「はーい、お疲れ様でーす」

「……言い忘れてたけど、固有魔法を習得したことはまだ隠しとくんやぞ」

「ええええええ!? なにゆえ~~~~~!!」



 予想だにしていなかったイユさんの言葉に、俺は動揺をあらわにする。

 そんな……色んな所で「俺もう固有魔法 覚えちゃったんすよ凄くないすか~~~~!!」って言って回るつもりだったのに!!

 なんなら「固有魔法 覚えました!!」って旗まで出すつもりだったのに!!



「そら、こんないきなり固有魔法なんか覚えたら怪しまれるからや。勇者ならともかく、お前 勇者やなくて単なる付き添いやし。たった一日で固有魔法 覚えるとかマジで普通ありえへんねん。せやから、確実に何か凄いことがあったと思われる。それがきっかけでウチの正体バレたらどうすんねん」

「分かりました。じゃあ昨晩イユさんとしたSMプレイが気持ち良すぎて固有魔法に目覚めたことにするんで。それでどうスか?」

「『どうスか?』ちゃうやろ!! 何をさも解決したみたいな顔しとんねん!! 何も解決してないねん!! SMプレイで固有魔法に目覚める奴とか意味 分かれへんやろ!!」

「まあでも俺の精霊がヌルヌルの精霊であることを鑑みると何か有り得そうな気もしません?」

「そ、そう言われると……いや!! お前がそんなん広めたらウチまで変態やってことになるやろ!!」

「あっ、もうそれは広まってるんで」

「うそ!? なんでや!!」

「ほら、昨日 騎士たちを誤魔化すためにSMプレイしたじゃないですか。あれで騎士たちがイユさんはS女王様だって広めたみたいで。さっきもメイドさんに『イユさんがドSな変態って本当ですか!?』って輝いた目で聞かれたし」

「ウソォ!! おっ、お前はそれで何て応えてん!?」

「はは、心配しなくても変なことは言ってませんよ」

「ホンマに!?」

「ええ、ちゃんと『いえいえ、単なる奴隷である俺には答えられませんよ』って答えましたよ」

「お前それもう火に油どころか火薬ぶち込んどるやん!!」

「すみません、つい」

「つい、ちゃうわ!! ああああああ!! ウチがこれまでコツコツと積み重ねてきたイメージが!! 美人で清楚な糸目のお姉さん、と言うキャラでやってきたのに!! 頑張って清楚なイメージ定着させたのにぃ!! うああああああああああああああああ!!」



 彼女はそう言って泣き叫びながら走り去っていった。

 俺達の世界の清楚という言葉は主にエロい意味で使われるか、あるいは雑草を食ったりするような人のことを指してたし、清楚なイメージなんてそのうち瓦解するもんなんだよな。

 さて、泣き叫びながら走り去ったイユさんを見届けた俺は……。



「よし、昼寝でもしよう」



 チェアに深く腰掛けて、昼寝することにした。



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