第14話 昔話






 遠い遠い昔。

 今のヒューマン英雄王国がまだ興されて間もないころ。

 小さな貴族があった。

 彼らは教養に力を入れ、文化の力で国を支えようとした。

 しかし、敵対する貴族によって呪いをかけられた。

 “化け物”になる呪いだ。


 そして、魔王軍と戦い続けていた人類にとって、見た目だけでも化け物になるのはあまりに恐ろしいことだった。

 そのため、彼らは国から追放された。

 国から追放された一族は、少しずつ数を減らしながら安住の地を求め、やがて森の奥に小さな家を作り、代々そこに住み続けていた。

 そうして二百年以上の時が立ち、一族の数は減り続け、もはや母と娘しか残されていなかった。

 しかし、娘は山奥で朽ち果てるのを拒み、古い文献を頼りに変身魔法を覚え、普通の人間の姿になれるようになった。

 そして、森の奥から眺めるだけだった人間社会に飛び込むことを決意し、母が止めるのも聞かずに家を出た。






 ところが、数年たって、娘は帰ってきた。

 胎に子を宿した『母』になって。

 ただ、伴侶の姿はなかった。

 娘が化け物であることを知ってもなお、彼女を愛してくれた男は、流行り病であっさり死んだそうだ。

 そして、身重の女性が一人だけで生きていけるほど、社会は優しくなく、世界でただ一人 化け物であることを知っても変わらないでいてくれた最愛の人を失くしてもやっていけるほど、娘の心は強くなかった。

 だから、彼女は失意に暮れて、家に戻ってきた。

 祖母になった彼女は、娘を支えようと優しく抱き留め、助けようとした。

 しかし、心の弱っていた娘は、自分の子を産んでからそのまま死んでしまった。

 最愛の愛娘が死んで、母もまた酷く落ち込んでしまった。

 そのまま消え入りそうなほどに。


 でも、生きる理由があった。

 小さく小さく、それでも精一杯に、孫娘がいたからだ。

 母は祖母となり、孫娘と幸せに暮らした。

 孫娘は腕白だが優しい子に育ち、目に入れても痛くないほどに愛らしかった。

 それを祖母が口にして、



「えっ!? ウチ、おばあちゃんの眼の中に入れるん!?」



 と、孫娘が祖母の顔面に頭突きしてきたときはメチャクチャ痛かったが、泣いて謝る孫娘を見ていたら痛みがどこかに行ってしまった。

 そうやって、彼女たちは幸せに生きていた。


 だが、孫娘が幼い娘から愛らしい少女に育ってきたあたりから、祖母の様子がおかしくなった。

 少しずつ、少しずつ、身体が動かなくなってきたのだ。

 その原因はやがて分かった。

 祖母の身体が、少しずつ石になってしまっていたのだ。

 見たことのない病だった。

 ただ、何らかの奇病なのだろうということは分かった。

 孫娘は大好きな祖母を守るために、人間に助けを求めようとした。

 しかし、人間社会の出来事が元で娘を失くした祖母は、孫娘まで失うのが怖く、引き留め続けた。

 だが、病気は進行し続け、足元から始まった石化は やがて祖母の喉元まで迫った。

 孫娘は耐えられなくなって、助けを呼ぶために家を飛び出した。

 祖母の「そばにいて」と言う声がした気もしたが、それ以上にジッとしていられなかったのだ。


 孫娘は走って走って、森の外の人間の集落のもとに行き、遊んでいた同じ年頃の子どもたちの前に姿を現した。

 生まれて初めて目にする祖母以外の人間に、緊張以上に恐怖を感じながらも、彼女は六本の腕を広げて、精一杯に自分の気持ちを伝えようとした。



「あ、あんな、おばあちゃんが病気やねん。だ、だから……助けが――」

「いやああああああああああああああああ!!!!」

「化け物ォオオオオオオおおおおおおおおおお!!!!」


 子どもたちはそう叫んで、まさに蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 待って――そう叫びたかったが、子どもたちの悲鳴を聞きつけた大人たちが石を投げつけてきたため、孫娘は逃げるしかなかった。

 石礫が孫娘の頭を直撃し、血が流れた。

 それでも、痛みよりも拒絶されたことの方が辛かった。

 祖母の役に立てないことの方が辛かった。

 彼女が泣きながら家に帰ると、祖母は完全に石になっていた。


「……おばあちゃん?」



 祖母は孫娘の帰りを待ち続けていたのか、玄関の方に視線を向けたまま石化していた。


 彼女はその光景を見て、膝から崩れ落ちた。

 這って進んで、ベッドに横たわる祖母の石像に縋りついた。


「おいてかんといてよ!! おばあちゃん!!」


 そう泣き叫んでも返事は帰ってこなかった。

 泣きはらして、泣き疲れて、いつの間にか眠り落ちて、目が覚めても、やっぱり祖母は石になったままだった。

 

「……おばあちゃんが居ないと、ウチどうしたら良いか分かれへんよ」


 石像の祖母の隣に寝たまま彼女は そう呟いた。





「だったら、俺たち魔族が、お前の祖母ちゃんを助けてやろうか?」



 誰も答えるはずのない言葉に、答えるものが居た。




「……どういうこと?」



 いつの間にやら玄関に立っていたのは、カマキリと人間が混ざり合ったような見た目をした、昆虫型の魔族の男だった。

 普段の彼女なら、そんなものがいきなり家に現れれば、恐怖し怯えていただろう。

 しかし、その時の彼女にとって その言葉は希望でしかなかった。

 ただ、男の言葉だけに興味を引かれた。


「なあに、見れば状況の察しはつく。お前、蜘蛛の成り損ないアラクノイドの子孫だろ。俺達みたいな魔族でもなく、人間でもない、呪いが生んだ半端もの。……だから、お前たちは人間に拒絶されて、こんなところで暮らしてたが、しかし祖母が病気に。何とか助けようとしたが、お前は人間にあっけなく拒絶され、礫を投げられ、帰ってきた。そんなところだろ?」


 その言葉に、少女は頷いた。

 すると、男はニッと笑みを浮かべた。


「その石化は奇病だ。普通の医者にゃあ治せねえ。だが俺たち魔王軍の医者なら……治せる」

「――本当!?」

「ああ、本当だとも。……だが、今のお前らは魔族でも人間でもねえ。そんな半端ものを治してくれるほど、魔王軍は慈愛の精神に満ちてはいねぇ」

「じゃ、じゃあ……どうしたら、おばあちゃんを助けられるん?」

「簡単さ、手柄を立てりゃ良いんだよ!!」


 男は楽し気な笑みを浮かべ、石化した祖母の前に立ち、額の部分を指でつついた。



「この奇病は完全に石化しきれば、それ以降はそのままだ。10年でも20年でも待ってくれるさ。だから、その間に お前が手柄を立てて祖母ちゃんを助けてやればいいんだよ」

「手柄って、……何すればいいの?」

「簡単さ。クソ腹立たしい人間の中でも特にクソな勇者って連中のんだよ!! そうすりゃあ、あとは俺がうまくやるさ。そして、お前は祖母ちゃんを助けられる。どうだ、互いにWin-Winだろ」



 男の言葉に彼女は少し考えて。


「……分かった。お祖母ちゃんのこと、本当に治せるんやな?」


 と言った。

 彼女の言葉に。



「もちろんだ。約束するぜ」

 

 男はそう返した。

 


「じゃ俺たちはこれからパートナーだな。となると名前くらい名乗るべきだよな、……俺は魔王軍・昆虫種第三部隊隊長『エコー』だ、よろしくな」

「……レイユ・ストラ・ヴィオール」


 そうして、二人は握手を交わした。







「で、あとは必死こいて変身魔法覚えて、固有魔法も覚えて、より馴染むために頑張って標準語も覚えて、ここまで来たってわけや。ウチの一族は元々 南方のカシスル地方っちゅうとこに住んでたせいで、ウチもカシスル弁しか喋れへんかったから、正直 言葉が一番 大変やったな」


 話を終えて、イユさんは何事もなかったかのように紅茶を飲んだ。

 そして話を聞いていた俺はと言うと。


「……うう、ぐすっ。辛い、人間 滅ぼそう」


 泣いていた。


「いや お前は止める側やろ! ……と言うか、何で泣くねん」

「だって話が辛くて……。イユさん苦労したんだねえ、頑張ったんだねえ」

「や、やかましい!! ボロボロ泣くな!!」


 イユさんってそんなに苦労したんだ。

 それなのに俺は悠々自適にニートして……。


「イユさん、昨晩は調子乗ってセクハラしてゴメン」

「お、おお。まあウチもいきなりお前の部屋乗り込んだから……まあ気にすんなや」


 俺に謝られてイユさんはちょっと戸惑っていた。

 もっと俺がクズだと思ってたんだろうね。

 否定しにくいけど。


「はぁ、ぐすっ。やっぱ どの世界でも人間ってクソだね。早く滅ぼそうよ」

「勇者の兄ちゃんやろ、お前。その発言 大丈夫か? ……って何でウチが心配しとんねん」


 はあ、とイユさんは溜息を吐き、俺も涙を拭った。


「それでイユさんは勇者に近づくために神官になったんですね」

「ああ、神官はなるまでは簡単やからな。特にウチみたいな身寄りない奴も神学校での教育ならかなり学費も安いし。ま、神官になってからここまで来るのに10年以上かかってんけど」

「……そうですか、分かりました。事情は分かりましたし、良いことではないんでしょうが、軽々に貴方のことは漏らしませんよ」

「そうしてくれんと困るわ。……じゃあ、ちょっと取引の条件がまかったりは――」

「それはないですね」

「はや!! 即答やないか!!」


 まあこればっかりは妥協できないね。



「じゃ、例のものを」


 話を聞き終えた俺は、イユさんに手を差し出した。

 彼女は俺の手を見つめて しばし逡巡したが、やがて観念したように、足元に置いていたカバンから一本の瓶を取り出した。

 その便はコルクで栓がしてあり、中には水が入っている。

 イユさんは 羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら その瓶を差し出し、俺は慎重に受け取った。


「なるほど、これが」

「あ、ああ。ウチの――風呂の残り湯や」

「やったあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」



 SUCCESS大成功!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





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