第13話 我々の業界ではご褒美です






「……めっちゃ寝たな」



 朝、俺が目を覚ますと太陽は真上近くにまで登っていた。

 まあ、あれから翠の部屋で少し遊んでから、自室のベッドに戻ったから、寝たのは深夜の三時を回っていた。

 起きるのが昼前になっても仕方がない。

 俺はベッドから降り、優雅に背筋を伸ばし――壺が割れたままだったのを思い出した。



「やっべ、忘れてた!!」



 これ直さないとヤバいよな。

 絶対に高そうだし。

 俺の額を冷や汗が伝っていく。



「くそ!! どうせ夜更かしするなら昨晩のうちに直しておけば良かった!!」



 ちなみに昨晩の俺は『明日の俺が何とかするだろ』と思っていた。

 くそ!! 昨晩の俺め!!

 はわわわわ。

 どうしよう~~~~怒られる~~~~!!


 そう思いながら、俺は砕けた壺の破片をとりあえず手に取ってみた。

 しかし、破片自体は割と大きい。

 あっぶね、流石に粉々だとどうにもならんかったからな。

 これなら綺麗に接着すれば何とかなるかもしれない。

 だが。



「接着剤はどうしよ。この部屋にはないし、下手に借りると怪しまれ……」



 と、考えて気付いた。

 そして俺は。



「固有魔法・展開」



 とりあえず昨晩のイユさんが言っていたのを思い出し、そう呟いていみると。



「お、おお! できた!!」



 俺はグリーンのスーツ姿になっていた。

 どうやらきちんと固有魔法が発動したようだ。

 一度できるようになれば、それ以降は簡単に使えるようだ。

 そして指先に力を込めてみると、ドロッと液体が流れてきた。

 俺はその液体を割れた陶器の破片に塗りたくり、壺の模様と形状から およそ正しいと思われる破片同士をくっつけて、乾くまで しばし待っていると。



「く、くっついた!!」



 ものの見事にくっついた。

 しかも、下手な接着剤よりも違和感がない。

 そう、昨日ヌルヌルの精霊が『俺のヌルヌルは糊の代わりにもなる』と言っていたのを思い出したのだ。

 地味だが便利だな、俺の能力。

 これなら直せるんじゃないか、と思って破片同士をドンドンくっつけていったのだが、――しかし、また困ったことが。



「小さすぎる破片が どっかいった!! どうしよう!!」



 大きな破片は大体くっつけたのだが、何か所か小さく掛けたままになっている。

 破片が小さすぎて何処かに行ってしまったのだ。

 このままではバレる!!

 だが、そこで俺はまた考えた。

 壺の掛けた部分に指先を当て、そして壺の色合いから それっぽい感じに色を再現しながらヌルヌルを出す!

 そして乾燥して固まるのを待ってから指先を離すと――。



「すげえ!! 違和感ねえ!!」



 掛けた部分の色合いどころか質感まで綺麗に再現されている。

 これはヌルヌルの精霊が『俺のヌルヌルは絵の具の代わりになる』と言っていた応用だ。

 試しに色が変化するよう念じて塗ってみたらキレイに直すことができた。

 あとはこの繰り返しで――。



「よっしゃ!! 直った!!」



 マジで便利じゃん、俺の能力。

 壺はもはや素人目には違和感がないほど綺麗に直っていた。

 いやあ、上手くいったわ。

 あとはこの壺を元に戻して……フィニッシュ!!

 いやあ、大変だったな。

 でも30分くらいでここまで綺麗に直るとは思わなかった。

 最悪『すみません。夜中に一人で枕投げの練習してたら割っちゃいました』とか言わないといけないところだった。



 アホみたいな理由だが、俺ならひょっとするとやっちゃいそうだな、と俺自身でも思うあたりが怖いよ。



「ふー、いい汗かいちゃったぜ」



 そう言いながら俺は魔法を解除し、額の冷や汗を拭ったところで。



「お兄ちゃーん!! 朝ですよー!!」



 と言いながら翠が部屋に入ってきた。



「うおっ!? あれ? 俺ドアの鍵……締め忘れて寝たな」

「ああ、起きてたんですね。……何してたんです?」

「いいや、起きたばかりでちょっとボンヤリしてただけさ。おはよう、翠。朝ごはん食い行こうぜ」

「はーい」



 あぶねー、ギリギリセーフだった。

 ほっと胸を降ろして、俺は朝食を取りに行った。







「『フレイム・ウェーブ』!!」



 翠が そう叫ぶと炎の波が木製の人形を飲み込み、一瞬で炭に変えた。



「おおおおおお!!」

「素晴らしい!!」

「流石は勇者様だ!!」



 彼の一挙一動に、周囲の神官達が大騒ぎしている。

 その光景を見て、俺は。



「昨日見た。なに、神官のテンション高すぎじゃない? 別にアイツらは魔法を見るの初めてじゃねーだろ」

 


 と、呟いた。

 すると俺の隣で、ビスケットを紅茶に浸していたイユさんが。



「普通に凄いという気持ちもあるんやろけどな。ま、それ以上に ここで勇者に良い印象持たれれば今後パイプ作ったりできるかもしれんし、そらゴマすりくらい誰でもするんちゃう?」



 と補足してくれた。

 そうだろうな、昨日も俺んとこにはハニートラップが来て、翠のとこには金銀財宝を持った貴族サマが来ていたわけだしな。

 などと、俺もアイスティーを飲みながら考えた。

 ――という描写からも分かる通り、俺は魔法の修行をしていない。


 なぜならば弟のスネを齧るほうが効率いいからである。

 今はイユさんと共に、神官の修行場の二階部分にあるテラスで休みながら、優雅に弟の修行シーンを眺めているのだ。


 ついでに、イユさんと深い話をするために人払いをすべく、近くのメイドさんに、



「あの神官の女性と関係を深めたくってね。お茶と茶菓子だけ用意して人払いしておいてくれないかな? きちんとお手伝いしてくれるなら、君の名前は弟に伝えておくからね」



 といったらメチャクチャ手際よく準備してくれた。

 持つべきものはコネだなあ。

 ほーほっほ、私のコネ力は53万です。



「……で、そろそろ本題に入らへんか? 何時までも茶ぁ飲んでるつもりもないやろ」 



 俺がふざけたことを考えていると、イユさんがそう切り出してきた。

 確かに、彼女の言う通りだろう。



「そうですね、挙式はいつにします?」

「何でウチとお前が結婚するみたいになっとんねん!! ふざけんなや!!」



 なんだ、小粋なジョークだったのに。



「冗談ですよ。……さて、俺達は取引を済ませました。互いの利益のために、嘘を共有する運命共同体です。……とはいえ、俺ぶっちゃけイユさんの状況よく分かってないんすよ。昨日、“ヴィオール家の末裔のアラクノイド”とか言ってましたけど、それってどういうことですか?」

「……そうやな。アンタはウチが化け物やってこと知っとるからな」

「化け物? ああ、スケベ具合が化け物クラスってことですか?」

「死ね。……下手な認識でおられるとウチが困るからな。きちんと説明したるわ」



 軽口を挟んだらシンプルに罵倒されて流された。

 ライトノベルとかだと、「君は化け物なんかじゃないよ」とか言って微笑んだら落ちるもんじゃないの?

 罵倒されて流石の俺もおちんこでます。

 ……まあ実際は ちょっと興奮した。

 美人にぞんざいに扱われるのすげー気持ちいい。

 


「お前……ウチの話聞く気あるか?」

「やだなあ。あるに決まってるじゃないですか。ぜひ、お願いします!」



 キリッとした表情で俺がそう言うと、彼女はややイラっとした様子だが、一つ溜息を吐いてから言葉を紡いだ。




「これは、話すと長い話になる。ウチの一族の長い長い話や……」

「あっ、俺ぇ長い話が苦手なんすけど、コンパクトにまとめてもらっていいっすか?」

「お前このクソ虫が!! 脳ミソの代わりに馬糞でも詰めとるんか!!」



 はい罵倒いただきました~~~~~~!!!!

 我々の業界ではご褒美です~~~~~~~!!!!




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