第18話 ホラー封じ





「何ですか、必勝法って?」



 翠の言葉に、俺は意味深な笑みを浮かべると。



「なーに、タイミングが来たら教えるさ。さ、行こうぜ」



 と言ってから、幽霊屋敷に踏み出した。





「いや怖い怖い怖い雰囲気ヤバいですもんこれ!!」



 幽霊屋敷の玄関を開け、ホールの中心部に立つ翠が、おびえた様子でそんなことを言っていた。

 怯える彼に対し、イユさんが。



「大丈夫ですよ、私もお兄さんもいますし……」



 と声を掛けて、彼女の肩に手を置いて優しく寄り添っている。

 


「……それで、その。桃吾様は何をなさっているんですか?」



 翠の肩に手を置いたまま、イユさんが俺に顔だけ向けてそう尋ねた。

 尋ねられた俺はと言うと。



「ん? 玄関のドアの蝶番を外してんの」



 ドライバーを使って作業しながら、俺はそう答えた。

 蝶番というものを念のために説明しておくと、家そのものにドアを取り付けるための金具である。

 ほら、ドアとドア枠をくっつけてる金属製のアレである。

 あのパーツを外すと、ドアが外れるのだが、俺はその蝶番を外すと、蝶番とそれを止めていたネジをポケットに放り込み、取り外したドアは玄関の外に置いた。



「な、何故そんなことしてるんですか?」

「ああ、イユさんは知らないだろうけど、俺達の世界で幽霊屋敷に入ると十中八九 玄関のドアが勝手にしまって閉じ込められちゃうんだよ」

「お兄ちゃん……。ひょっとして言ってた必勝法って」

「そう、ホラー映画あるある封じだ!!」 



 胸を張って俺は答えた。

 ホラー映画では、定番のパターンと言うものがある。

 一度入ったら出られないとか、仲間の一人がパニクって死ぬとか、そういうものだ。

 ならば、そういうパターンを封じてしまえばいいのである。

 

「……いや、私達の世界で幽霊屋敷に閉じ込められるとかはあまり聞かないのですが。そもそも神官が居るので多少のことは何とかなりますよ」

「甘いッ!! そういうこと言ってるとホラー映画じゃ真っ先に死にますよ!!」

「そうですよ!! ホラー映画の世界を舐めないでください!!」

「ええええええ!? 勇者様まで!?」


 

 翠まで俺に乗っかって来るので、イユさんは困惑していた様子だった。

 まあ翠は基本的には常識人枠なので、彼はイユさんの味方になると思っていたのかもしれないが、あの子はホラーが大の苦手だ。

 念のためでも対策しとけば、あの子としてはそれに越したことはないのだ。


 あと、あの子言うほど常識人でもないし。

 奇行も多いし。

 何せ俺の弟だし。



「そうですか、勇者様がそういうならそれでも構いませんが……。というか、通りでそんなに大きなカバンを持ってきてたんですね」



 イユさんの視線の先にあるのは、俺が王城で借りてきた大きなカバンだ。

 ファンタジーによくあるマジックバッグみたいなのがあれば良かったのだが、高価なものなのでホイホイ貸せないと言われて、普通にデカい肩掛けのカバンを借りてきた。

 中には蝶番を外すための工具一式の他、俺が必要だと思ったものが詰められている。



「やれやれ、この世界ではそうかもしれませんが、俺達の世界じゃこれくらい当たり前ですよ。……さて、デカい屋敷だけあって扉も両開きか。両方とも外すのは面倒だな……。まあ扉は片方だけ外しておけば十分でしょ。それじゃ、先に進みま――」



 と、俺達がもう一歩 奥に進んだ瞬間。

 ――バタンッ!! と音を立てて、両開きのドアの内、残された片方の扉が閉まった。

 誰も触れていないのに、ひとりでに、である。



「「ほら だから言ったじゃん!!」」



 俺と翠の言葉が重なった。



「えええええええええ!? こ、こんなことあります!?」



 試しに、俺が閉まったドアに触れてみるが、押しても引いてもビクともしない。

 完全にがっちりと固定されてしまっている。

 だが、両開きのドアの片方は俺が先ほど外しておいたため、右半分のドアのスペースはそのまま空いてしまっている。

 一人ずつなら余裕を持って通れるくらいのスペースがある。



「よし、これで閉じ込められる心配はなくなった」

「こ、こんなことがあるなんて……。驚きです」

「流石はお兄ちゃんです!! 大好き!!」

「ありがとう翠ちゃん。俺も俺のことが大好きだよ」



 そう答えて怯える翠を抱きしめる。

 しかしクエストはまだ終わりではないのだ。



「さて、一つ目の課題は何とかしたけど、まだクエストは始まったばかりだ。次の対策を取ろう」



 といって、俺が取り出したものは。



「ロープ、ですか? お兄ちゃん」

「そう、何の変哲もないロープだ」

「な、何でそんなものを?」



 またしても、困惑したようにイユさんが訊いてきたため。



「「は~~~~~」」



 俺と翠は深いため息を吐いて肩をすくめた。



「な、何ですか!? その反応は」

「やれやれ、分かってませんなぁ」

「分かってませんなぁ」

「な!? 何でですか!? むしろ私は神官!! ゴースト退治のプロですよ!!」

「ふふ、俺がロープを持ってきた意味が分からないとは、プロ失格ですよ」

「ですよ!!」

「……一応、訊くんですが、勇者様もこのロープの意味はお分かりなのですか?」

「いえ全然わかりません。お兄ちゃんと違って私はホラー映画は見ないので」

「なのにそんな偉そうな態度を取ってたんですか!?」



 まあ翠はこういうこと良くするからな。

 今に始まったことでもない。



「じゃあ説明します。ホラー映画で建物の中に入ると起きること。……それは仲間がバラバラに散ってしまうことです。何か気になるものがあって『お、俺 様子を見てくる!』とか、『こんなところに居られるか!!』とか、あるいは何かに惹かれて無意識に別の部屋に入ってしまったり、とか。そういう理由で仲間がバラバラになり……一人ずつ死にます」



 俺の言葉に恐怖したのか、翠がビクッと震える。



「しかし、安心してください。そういう状況を防ぐためには、俺達の身体をロープで結べばいいんだ!!」

「おおおおお!!」

「……」



 盛り上がる俺たち兄弟をよそに、イユさんは怪訝な顔をしている。

 


「何です? 信じられないんですか、俺の言うことが」

「ま、まあ。そうですね、私の得た神官としての知識とはかなりズレますし……」

「え~~~さっきは お兄ちゃんの言うことがあってたのにですかぁ?」



 と、翠が玄関の方を指さすと、イユさんは困ったように「うっ……」と小さな声を漏らした。



「まあまあ、翠ちゃん。人間、だれしも新しいものは受け入れにくいものさ。……イユさんがしたくないなら構いませんよ。俺と翠だけでも意味なくはないですし」

「そうですか、それなら――」

「でも代わりに俺のことは亀甲縛りしてくださいね」

「いや何でやねん!!」



 俺がふざけるとイユさんが勢いよくツッコんできた。

 うんうん、やっぱりツッコミは関西弁に限るなあ。

 なーんて俺は呑気なことを考えていたが、驚いたのは翠の方だ。



「あれ? イユさんって関西弁なんですか?」



 イユさんはしまった! と言わんばかりに顔を緊張させたが、しかしすぐに困ったような笑みを浮かべ直し。



「うーん、実はそうなんです。まあ異世界の言葉とはちゃうから、ウチの方言はカシスル地方ってとこの方言なんですけど。でも、王都で方言丸出しってちょっと恥ずかしいやないですか? せやから、この辺りでは方言を隠してるんです。だから、勇者様もこのことは黙っててもらってええですか?」

「ああ、そういうことですか! 分かりました。……でも、お兄ちゃんは驚いてませんね」

「そうだね、俺はイユさんを一目見た時から『関西弁 喋りそうな顔してんな』って思ってたから」

「……ですから、関西弁ではなくカシスル弁です」



 イユさんは視線で『適当なこと言うなや!! シバくぞ!!』と訴えてくるので、俺は『むしろ お願いします!!』と言わんばかりに自分のケツをひっぱたいた。

 するとイユさんは呆れた様子で頭を抱え、翠は『何でこの人 急にケツ叩いたの?』と言う顔をしていた。

 だが、俺は何も気にしない。

 だって俺はMだから! メンタルが弱いとMにはなれねえんだよ!!

 マゾヒストのMはメンタルのMでもあるのだ。



「さぁ、とっとと身体をロープで結んで先に行こうぜ!!」



 威勢よく俺は声を上げた。






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