第四章 その先
第1話
ユグドラシル 最終日
ナザリック地下大墳墓 第九層 円卓の間
部屋の中央に黒曜石でできた巨大な円卓が配置され、四十一席で囲まれている。黒曜石の円卓には傷一つなく、細部には、繊細だが精巧な細工が施されている。椅子も一つ一つ統一されたデザインであるが、座るものが決まっているのだろう、特徴的な紋章が一つ一つに彫り込まれている。そして荘厳なフロアのアクセントのように壁際に控える身目麗しいメイド姿のNPC達。
かつて全ての席が埋まり、日々の他愛のない話題から危急の動議まで、さまざまなことを語り明かした場である。
しかし、今はほとんどが空席である。
「リアルで転職されて以来ですから、どれぐらいになりますかね? 二年ぐらい前ですかね?」
「あー、それぐらいですねー。うわー、そんなに時間が経ってるんだ」
そんな会話をするのは
気が付けばユグドラシルが稼働してから十数年。隆盛を極めたと評しても良いほど人気を博したが、好みの移り変わり、陳腐化、新アイディア、新技術、新要素、そしてリアルの事情。上げればきりがないさまざまな事象、つまり時間の流れに勝つことはできず、半年前にサービス終了がアナウンスされた。
そしてついに今日がユグドラシル最後の日となった。
「本当は最後までご一緒したいんですけど、流石にちょっと眠すぎて」
「あー、お疲れですしね。ゆっくり休んでください」
モモンガとヘロヘロは、旧交を温めるように、様々なことを話す。最初はリアルの愚痴だった。しばらくすると落ち着いたのか、ユグドラシルの思い出話に花を咲かせる。仲間のこと、クソ運営のこと、多くの敵のこと、イベントのこと。まるで水瓶のように、様々なことが溢れ出し思い出されては消えてゆく。
それは、今日最終日ということで連絡を取り、わざわざ会いに来てくれ、すでにログアウトした二名の仲間にも言えることであった。
「そうですか。……でも正直ここがまだ残っているなんて思ってもいませんでしたよ」
いつしか、水瓶も底が見える。
その言葉にモモンガは傷つく。もちろんヘロヘロがけして嫌味を言っているわけではない事などわかっている。ただ、築き上げた仲間との絆の形をなぜ捨てられるのか? そんな思いが沸き上がり不快感となり胸を焼く。同時に社会人として長年磨き上げ叩きあげた常識という仮面が、現実と虚構の選択、ならば現実を選択するのが当たり前だと囁く。そして目の前に座るヘロヘロにも生活があるのだからと、不快感を腹の底の落とす。
「モモンガさんがギルド長として、俺たちがいつ帰ってきても良いように維持してくれていたんですね。感謝します」
「……皆で造り上げたものですからね。誰が戻ってきても良いように維持管理していくのはギルド長としての仕事ですから」
「またどこかでお会いしましょう」
しかし、続く言葉はモモンガの心を救うものであり、それで残酷な終わりを告げるものであった。
そして、その終わりを玉座の間に侍る一般メイド達はずっと見ていた。
******
一般メイド達の見たことは合間合間の入れ替わりの隙をつくように、ナザリックに伝えられた。もちろん、意味のわからない言葉が多い。
しかし、モモンガと、久しぶりに訪れていただいた至高の御方々の言葉を聞く限り一つの結論にたどり着かぬものはいなかった。
ーー今日がこの世界最後の日
それが文字通りの意味なのか、別の意味を最後と称しているのかはわからない。ただ、何かしらが終わるということ、そのことだけはNPC達も理解することができた。
その事実に不安を感じるものもいた。
しかし、ナザリックに生きるものは、真の意味で終わりというものを知らない。正確には生まれてからずっとナザリックのNPCとして活動しているからだ。そして唯一の死ともいえた一五〇〇人のプレイヤー襲撃事件でさえも、時間を置いて全員復活した。加えて復活の代償ともいえる死亡直前記憶の欠落は、自分は死んだという事実のみを残し死んだという実感を奪い去ってしまい、死や終わりというものへの根源的な恐怖や悲しみ、なにより仲間や身内の死すら正しく認識することができないでいた。
もちろんNPCなら当たり前である。
そして当たり前だからこそ、終わるということを想像することができなかった。
むしろ、モモンガ以外の至高の御方々との束の間の再開に交わされる言葉の端々から、
それは、創造主に捨てられたと感じていたNPCでさえ、
そんな思惑が巡るNPC達の中一人だけ、まるで今更知ったのか一人佇む者がいた。
ナザリック地下大墳墓 玉座の間
多くのNPC達は不安と至高の御方々の境遇に涙し、そんな中でも残りナザリックを導いてくれるモモンガに感謝している頃、大墳墓の最奥で一人、アルベドは佇んでいた。
「ああ、モモンガ様」
その一言にどれだけの思いが詰め込まれているのかは、凡人に推し量ることはかなわない。比較対象の無い中、己にあたえられた膨大な
それはあるつまらぬ男の独白であり、そんな男が救ってくれた相手へ贈る精神的な愛にも近い感謝。
そして気付かれることなど無いことを分かっていながらも、残さずにはいられなかった情熱とも呼べる熱量をもって生み出され、消え去るべき花嫁。
ーーそれが
アルベドは、
己を知ったアルベドは願わずにはいられない。
「モモンガ様に会いたい」
生み出された時と数年前に一度だけしか目にしたことのないモモンガの姿を瞼の裏に浮かべる。
「モモンガ様に触れていただきたい」
周りはきらびやかな永続光に彩られたシャンデリアに照らされ、インテリアの巨大水晶が美しい光のカーテンを生み出す。しかし、長く、それこそ数年も誰とも会うことがない孤独の中にいた。
「モモンガ様のお声を聴きたい」
きっとモモンガが声をかけてくれれば、NPCにとって最大の禁忌であるプレイヤーへに声をかけることさえできると確信している。
「モモンガ様。モモンガ様。モモンガ様。モモンガ様。モモンガ様。モモンガ様。モモンガ様……」
同じNPCとさえほぼ顔を合わせることもない地下深く、アルベドはモモンガの名を呼ぶ。もちろんその声を聴くものなどない。そのか細い声は、巨大は扉に遮られ掻き消える。それが何よりも不快であり、苦痛となってアルベドに襲い掛かる。しかし
それからどれほどの時間がたったのだろう。
数分程度だろうか? 数時間だろうか?
その時NPCの本能と呼ぶにふさわしい機能が呼び起こされ、先ほどまでうわ言のように紡がれたモモンガを呼ぶアルベドが口をつむぐ。
そして目をむけるとそこにはセバスとプレアデス達を引き連れ、扉を開ける愛しきモモンガの姿があったのだ。
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