第2話

 ユグドラシルのサービス終了日、残す時間はあと少し。


 モモンガは最後の時間をどう過ごすか考えた時、浮かんだのは最初で最後ではあるがギルド長らしくというイメージが浮かんだ。いままで仲間達がいるからギルド長として調整役に回るべきと考えて行動していた。しかし最後の仲間が去った今となってそんな仮面さえ必要とせず、最後の時間をギルド長らしく迎えよう。そんな風に考えたのかもしれない。


 最後とばかりにモモンガが所有する最高の装備、ネックレス、小手、ブール、マント、上着、サークレットなど全て最高級品を示す神器級ゴッズで統一する。


 そしてギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをその手に握る。その能力とは裏腹に、危険性から造り上げて一度も持たれたことの無かった最高位のスタッフ。そんな曰くがある武器がサービス最終日に本来の持ち主の手に握られたことは、ある意味で皮肉だったのかもしれない。膨大に上昇するステータスを見ながら、モモンガは仲間と造り上げた達成感と同時に、現状の寂しさを感じるのだった。


「ふむ」  


 そんな風に意気込んで円卓の間を出たモモンガだが、目の前には頭を下げる執事達がいた。


 ここ数年は転移魔法でナザリック内を移動していたため、直接このフロアを歩くことは久しぶりであり、彼らのようなNPCの存在を忘れていた。しかし、見れば様々なことが思い出される。NPC彼らも、長い年月本来の役目を果たせずここで待っていたのかもしれない。そう考えると、モモンガは急にNPC達に親近感が沸いた。


「ギルド長たるもの、NPCみなを働かせるべきだな。付き従え」


 そう威厳のある言葉を口にする。もちろんモモンガはその偉そうな態度にツッコミをいれるのだが、何も言わずただ命令を待つセバスたちプレアデスらNPC達は命令に声にならぬ歓喜の声をあげながら一度頭を下げる。もちろん彼らの本来の役目は拠点防衛である。しかし、上位者からの念願の命令の前に無意味とばかりに付き従う。


 そんな一行を引き連れ、モモンガは様々な出来事を思い出しながら最深部に向かうのだった。


******


 ナザリック地下大墳墓 玉座の間


 そこは数百人が入ってもな余りある広さと、見上げるような高さのある天井。白を基調とした壁には、金を織り交ぜた細工が施されている。天井から吊り下げられたシャンデリアは七色の宝石から削り出され、複雑で幻想的な輝きをはなっている。


 なにより目に付くのは、最奥に位置する巨大な玉座とそこに達するまでの柱から吊り下げられた四十一枚の巨大な旗である。


 巨大な旗は一枚一枚、金と銀をふんだんにつかった刺繍がそれぞれ違った紋章を描いている。それはかつての仲間達のシンボルであり、彼らが所属していた証拠ともいえる品であった。


 そして天を衝くような背もたれ、巨大な構造物と合一した玉座にはだれもがため息を漏らす。それは荘厳なデザインというだけでなく、見るものが見れば、世界の名を冠するワールドアイテムの一つであることがわかる代物だ。


「おおぉ……」


 その荘厳さにモモンガは感嘆の声を上げ、ゆっくりを玉座に向けて歩みをすすめる。そしてセバスやプレアデス達は、その喜びを噛み締めながら付き従う。


 そんなモモンガの姿を目にし、喜びに震えるものがいた。


 アルベドは先ほどまで狂おしいほどに感じていた孤独が消えてなくなったことを感じていた。なぜならば、もう会うことは無いとさえ考えていた愛する方モモンガが、突如現れたのだ。それこそ、いもしない神が願いをかなえてくれたと思うほどに驚き、そして歓喜する。


 しかし、一歩一歩近付くモモンガにアルベドは声をかけることができない。


 手を伸ばし、その御身に触れることさえできない。


 それが歯がゆく、アルベドはモモンガの名を呼ぶ。しかし、それが言葉となって口に上ることはない。


 無限とおもえる数十秒が過ぎると、モモンガはアルベドの目の前まで迫る。そして、付き従うもの達に待機を指示し、優雅な仕草で玉座に腰を下ろす。アルベドはその瞬間、座ったモモンガに対し体を向け、侍る者として最大限の笑みをうかべ歓待する。


「どんな設定をしていたかな?」


 モモンガは玉座に座ると、ふとアルベドを見て口にする。なんせこの部屋に来たのは記憶の限り数えるほど、下手すれば一・二回かもしれない。そんな状況でアルベドの存在や守護者統括という設定は知っているが、設定や外見などあまり覚えていなかった。加えて、仲間のタブラさんが相当つくりこんだのだろう、見目麗しいという単語で片づけるのはもったいないほどの容姿と愛らしい仕草に、つい気になったのだった。


 もし、それが普段から見慣れたNPCであればそんなことを想うことさえなかっただろう。しかし最後の瞬間を待つモモンガにとって、いわば暇つぶしのような感覚でアルベドに手をのばす。


 モモンガの指がアルベドの心に触れる。


 その瞬間、膨大な快楽となってアルベドを全身を駆け巡る。もしNPCとしての制限された時間でなければ、嬌声を上げ、その場にへたり込んでいただろう。この時ばかりは、普段は煩わしいと考えていたNPCの制限というものにアルベドは感謝した。


 モモンガはアルベドの情報を確認していると、まるで一大叙事詩のような超大作の文章が現れる。アルベドの創造主がタブラであることを思い出し、同時に設定魔であることに気が付く。時間もないことから、流し読みを開始する。もちろんその行為はアルベドにとって己が身も心をさらけ出すに等しい行為。羞恥とも喜びとも快楽ともつかぬ感情の放流の中、モモンガの名を呼ぶアルベドはある意味で臨んだ幸せを享受するのであった。


「……え?」

 しかし、モモンガは最後で素っ頓狂な声を思わず上げる。


『ちなみにビッチである。』


 アルベドの設定の最後の言葉。モモンガは設定を斜め読みし、できる美しい女性という印象をアルベドに持っていた。しかし最後の単語の意味を理解しかねていた。なぜなら、ビッチという単語をモモンガは罵倒などの単語としか認識できなかったからだ。さしものタブラも朽ち果てる予定の作品を、その送り先ともいえるモモンガが見たが、ある意味でフレーバーのような単語で誤解するとは思ってもいなかった。


 しかし、そこからモモンガはタブラも予想外の行動にでた。


「変更するか」


 そう、罵倒と勘違いした一文を、タブラが間違えていれた一文とし、どうせ最後だからというよくわからない理論で変更することとしたのだ。


 さすがにアルベドも、見られるだけでもアレだったのに、直接触れられるとは思わず息も絶え絶えにモモンガに熱い視線を送る。


 そんな視線の意味に気付くはずもないモモンガは、問題と感じた一文を削除する。しかしあまりにも設定の限界文字まで書き込まれたところに生じた空白は、凄く醜いものにみえた。欠けてしまった芸術品とも言うべきか、画竜点睛を欠いたというべきか。そこで何とかすべくモモンガはキーボードをたたく。


『モモンガを愛している。』

「うわ、恥ずかしい」


 まるでアルベドという理想の容姿と性格をもった女性を恋人として造り上げた恋愛小説。そんなものを書き上げたような恥ずかしさにモモンガは悶絶する。あまりの恥ずかしさに元に戻そうかとするが、誰も見ておらず、あと少しでサービス終了と共に電子の藻屑となって消えていく。この恥ずかしさもすぐに消え、思い出という煌びやかなものになるだろう。そう考えそのままにすることとした。


 しかしアルベドだけは違う。


 愛するモモンガからの言葉。


 消え去る最後に与えられた告白。


 きっと、この言葉があればどんな最後を迎え、涙しようとも寂しくはないだろう。なぜなら、今、この瞬間だけは、アルベドとモモンガは相思相愛になれたのだから。もちろんそれがモモンガにとって過ぎ去る時間の一コマであっても、アルベドにとって永遠の別れであってもだ。生み出された意味設定の暗号が成就したのだ。それ以上望むのは野暮というものだろう。


 しばらくするとモモンガは背を玉座に任せ、ゆっくりと天井に顔を向け、掲げられた旗を見ながらギルドメンバーの名を呼ぶ。そして最後に一言呟く。


「そうだ、楽しかったんだ……」 


 そんなモモンガの姿にNPC達は、最後の時が近いと感じる。


 これが終わりか。


 これが終焉か。


 こんなに泣かしむ至高の方の姿を見なくてはならないのか。


 先ほどまでの歓喜とは真逆の怨嗟とのとれる感情が広がる。そして願わずにはいられなかった。


 終わらないでほしい、


 この刹那が続いてほしい、


 この時が永遠に続いてほしい……


 



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る