第二章 戦力差四十倍の防衛戦

第1話

 ナザリック地下大墳墓は、にわかに騒々しさを増していた。


 いままでは、数多いるNPC達もその与えられた職務を全うすることのみに務めていた。


 しかし、今は違う。なぜなら、今までになかったことが起ころうとしているからだ。


 特に戦闘力を与えられたものは、その武にて忠義を果たせすことができるかもしれない機会に、心のどこかで歓喜し、無表情であるはずの顔のどこかに浮足立った表情を読み取ることができるのだ。


「一般メイドらから報告が上がってきました。どうやら至高の御方々は、外部の敵勢力に対し情報戦を仕掛け、有利な自陣営、つまりナザリックでの決戦を考えているようです」

「フム。その報告は私からアルベド様に上げておきましょう」

「はい。お願いいたします」

「また何かありましたら、報告をお願いします。一般メイドや九層で侍るあなた方プレアデスの面々は、至高の御方々のお言葉を耳にする機会が多いのですから」

「はい、かしこまりました」


 九層の一室。NPCセバス・チャンは同じNPCユリ・アルファから報告を受けていた。


 プレイヤーの面々が集まり会議をする時は、決まって円卓の間で行われる。また設定変更作業なども円卓の間の自席で行われるのがほとんどである。


 どちらの場合においても、九層をランダムで動き回る一般メイドやプレアデスは、会議の時なども含めて、その場にいても一切怪しまれることはない。そもそも、メイドとは侍るものである。普段はまるで家事をしているようにランダムで動き回り、プレイヤーの姿を感知すれば部屋の隅に控える。そんな風にAIが組まれているのだから、プレイヤー達は不思議にも思わない。


 むしろ、大量の一般メイドを作り出した三人のプレイヤーに至っては、その動きの素晴らしさ、侍ることによってもたらされる雰囲気に、幸福感すら得ているのだから本当の意味で問題にはならない。


 もっとも、そんな彼女達がNPC達にとって至高の御方々の動向を知る情報源となっているとは、探られているプレイヤー達でさえ考えつかないことだろう。


「では、早めに報告に向かうとしますか」


 セバス・チャンは背筋を伸ばし、静かに第十層に向けて移動を始める。


 第九層は主に至高の御方々のプライベートフロアである。権威、財、技術の高さ、美的感覚などあらん限りを詰め込まれた比類なき空間。それを維持する一助として働くことはセバスとしても、この上ない喜びであった。


 そんな第九層から、アルベドのいる第十層に向けてゆっくりと歩みをすすめていると、ちょうど第八層に続く階段から降りてくる人物に気がつく。


「これはシズ。任務の帰りですか?」


 セバスからの問に、歩みを止めたシズは静かにうなずく。


 セバスがシズにこのように聞くのは、シズの特殊な立ち位置にある。シズは設定上、全ての罠やリドルなどを把握していることとなっている。それを裏付けるように、プレイヤー達は罠やリドルの情報をシズの設定に書き込むことで、自分以外のメンバーにも情報共有を行っているのだ。


 シズ自身も、多くのプレイヤーに必要とされる現状を好ましく思っている。覚えることは大変だけど、至高の御方々が手伝ってくれる。そして、分からなければシズに会いに来てくれる。それは、仲間たちにはない自分だけの宝と思っている。だからこそ、今回のような罠


「そうですか。何か変化はありませんでしたか?」

「あった」

「どのようなことか教えていただけますか?」

「第一層から第三層にかけて、転移罠などかなりの数のトラップが追加された」

「なるほど。シャルティアへの連絡はもう終わってますか?」


 シズは小さくうなずく。

 

「そうですか。それはよく出来ましたね」


 セバスは右手をシズの頭に伸ばし、軽く撫でる。シズも無表情のままであるが、若干気持ち良さそうに受入れる。子供扱いをセバスはしているわけではないが、このような場では小さな娘にはこうすべきというたっち・みーによって刷り込まれた印象があったため、それを実行しているにすぎない。もっとも設定にすら書かれていないのに、創造主に似た行動を取るあたり、NPC達にとって、創造主がどれほど特別なものかうかがい知れることだろう。


「では、アルベド様に報告がありますので、これにて」

「うん」


 セバスはしばらくシズの頭を撫でた後、何事も無かったかのように姿勢を正し、十層の玉座の間へと歩みをすすめる。


 シズは、そんなセバスを見送ると九層を歩き出し、特に理由はないが食堂に足を向ける。


 そこには数名のメイドが休憩というか食事を取っているように見える。これもメイドにこれ以上ないほど愛情注ぐ創造主の涙ぐましい努力のAI結晶である。


 そんなメイドの中にシズは見知った顔があったので近付く。


「ルプー、ナーベ」

「おかれ~」

「お疲れ様。シズ」


 同僚であり同じプレアデスの役職を持つナーベラル・ガンマとルプスレギナ・ベータである。二人とも、食事をしていたのだろうかすでに空いた皿が置かれ、飲み物を片手に会話を楽しんでいたようだ。


 シズも奥の料理長から専用の合成溶液を受け取すと、二人に向かい合うように座る。


「今日は上に行っていたのですか?」

「うん。いっぱい変わったから記録してきた」

「そう。おつかれさま」


 ナーベがシズに話しかける。シズが長期に九層を離れるのは、だいたい罠やリドルが変わる時と認識しているからの一言だが、ある意味でお約束のようなやり取りを繰り返す。


「ルプーは第三層より上に行っちゃだめ」

「へ?」

「だいぶ変わった。また罠に掛かって怒られたくなかったら、いかない方がいい」

「だ~いじょうぶっすよ。シズは心配性っすね」


 ルプーはシズの忠告を笑いながら流す。


 だが、しばらく前NPCでありながらフレンドリーファイアが無いはずの罠に、なぜかルプーはひっかかり、創造主を含む数名の頭を悩ませたことがあったばかりだ。もっとも本人はすでに過去のこととしているので本当の意味で気にしていない。


 そんなルプーをシズとナーベはあきれながら見るのだった……。

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