第2話
ナザリック地下大墳墓 第九層 円卓の間
今日この場、アインズ・ウール・ゴウンに所属するプレイヤーがほぼ全て集まっていた。加えてセバス・チャンや数名の一般メイドが壁際に侍っており、まるでリアルのアーコロジー所有企業群最上級幹部による経営会議のような雰囲気が醸し出されていた。もっとも円卓に座るのは人間の姿をしたものは一人もおらず、全員が異形種ばかりであったが。
「では、ナザリック襲撃イベントの開催について決を取ります。本日欠席のたっちさんとガーネットさんからは、メールでギルマス委任をいただいております」
今日、円卓の間ではギルドマスターであるモモンガの発議で、新たなイベント案の議決が取られようとしていた。
内容は完成してしばらくたったナザリック地下大墳墓の公開。そして敵対ギルドを誘引し、難攻不落であることを見せつけ、その後の襲撃を躊躇させる材料とするといったものである。
一部では慎重論がでていた。
絵にかいた餅である。
そもそも撃退できない規模の攻撃となった場合どうするのだ。
もちろんその意見は正しい。
しかし
「ひゃっは~! 俺たちの作ったナザリックで襲撃者全員殲滅してやんYO!」
るし★ふぁーは決の前から気勢を上げているが、参加者の多くの気持ちを代弁しているのだからこの問題児が問題児としてアインズ・ウール・ゴウンに所属しつづけていられる所以だろう。
結局のところ、プレイヤー単体ならばいざ知らず、ギルドとして仲間と造り上げたという意識が強いナザリック地下大墳墓で戦うのだ。なによりこのギルド拠点の防衛網は、全員が全力で取り組んだともいえる。それは生産系、戦闘系関係なく、中にはリアルの職業技能さえつぎ込んでつくられたのだから、生半可なものではない。
「あ~るし★ふぁーさん。ハッスルするのは決のあとで。では皆さん、賛成の人は挙手をお願いします」
もちろん、いろいろと悪名高いギルドではあるが、加入条件が社会人であることである。この手のもめそうな会議はある程度前から根回しがされている。
最終的に出席した三十九名のうち三十六名が賛成。もちろん反対に回ったメンバーも、わかって反対しただけであり、決まれば全力で参加する気持ちで意見を表明しただけである。
「では。ギルドルール。多数決によりナザリック襲撃イベントを開催することとなりました!」
一斉に巻き起こった拍手の音で、円卓の間は満たされる。
もっともその光景を眺めるNPC達の瞳に強い意思が宿っていたのを気付くものはいなかった
******
プレイヤーのだれもが寝落ちした朝四時過ぎ。
NPC達は一斉に動き出す。
「第一層から三層、あわせて表層も含めて現在の罠の起動確認をはじめるでありんす」
第一から第三層の守護者であるシャルティア・ブラッドフォールンは、配下のヴァンパイアブライド達に指示を出す。そして彼女たちはそれぞれ各所に散り、それぞれを担当するモンスターに対応をさせるのだ。
「問題がある罠は直せるものは修理の指示、直せないものは至高の御方々の御業が必要として分かりやすいようにしておくんなまし」
指示を聞き届けるとヴァンパイアブライド達は一斉に動き出す。
それを満足そうに見送ると、自分の装備の確認を行う。戦闘になれば自分は第三層の聖堂で侵入者を迎え撃つ。なによりいままで入ってきた情報では、至高の御方々と同等の存在が今回の敵というのだ。
「もし第三層にまで余裕をもって侵入してくる敵であるならば、たぶん私は死ぬことになりますね」
珍しく間違ったくるわ言葉が抜け落ちる。
シャルティアは、まず創造主であるペロロンチーノを考える。もちろん一対一であれば、戦いようもあるだろう。
だが守るべき第四層への扉、地下聖堂で戦うことを想定すると。敵がわざわざ六名は入れるフロアに一人ずつくるか? そんなことなどありえない。まず全力で仕掛けてくるだろう。何名か愚か者がいるかもしれないが、希望的観測を戦闘に組み込むことなどできない。
戦闘特化、各種耐性を持ち、回復しながら戦うという長期戦のスペシャリストとして生み出された自分の本能が言う。
「ああ、楽しみでありんす」
ぺロロンチーノが丹精込めてつくった顔は、まるで蕩けるような、見るものを魅了する笑顔をしていた。そこに残虐性や嗜虐性はない。純粋な意味でも高揚。戦闘者としてはじめて全力で戦うことに喜ぶ姿があった。
神器級のスポイトランス。伝説級の防具一式。各種回復や耐性を補助するアイテム群。
どれもが逸品である。神話級のスポイトランスは、ペロロンチーノがサブとして愛用していたものを譲渡し、それ以外の防具一式もシャルティアのために新たに準備したものである。
そんなことを言いながらも装備の確認は次々進んでいくと、あることを思い出したのかふと手をとめる。そしてその表情は一気に苦虫を噛み潰したようなものとなった。
「あ~恐怖公? いるでありんすか?」
シャルティアはいやいや恐怖公にメッセージをつなぐ。
「これはこれは、シャルティア様。ご機嫌麗しく」
「世辞は結構。アルベドからの指示でありんす」
「はっ」
恐怖公は紳士である。たとえメッセージ越しであろうとも、背筋を正し、首を垂れながら命令を待つ。
もちろんシャルティアも恐怖公の紳士ぶりを知らないわけではない。
が……
「うっ」
「どうかいたしましたか?」
「いえ、なんでもないでありんす。恐怖公は自領域の罠、自眷属の状態などの確認を行うこと。加えてできる限りの情報をえるために、第九層と第十層以外に眷属を展開。至高の御方々のお言葉を集め、アルベドおよびデミウルゴスに報告するでありんす」
「はっ、早速取り掛からせていただきます」
シャルティアは恐怖公の外見を一瞬想像してしまい、言葉を詰まらせたがなんとか指示の伝達を終え、安堵する。恐怖公のことが嫌いなのではない。しかし女性はあの黒い姿を苦手というペロロンチーノの先入観がなぜかシャルティアにも伝播していたからだ。
もちろん同じナザリックの仲間である恐怖公を外見で、どうこう言うのは失礼でありひいては至高の御方々への不敬になるとさえ考えている。しかし苦手という意識もその至高の方から受け継いでいるため、なんとも言えない表情のまま、装備の確認を再開するシャルティアであった。
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