GOLD

楠木黒猫きな粉

No. 1

空気の沈むような大都会を人は世界だと言う。けれど俺にはどうもそれがわからない。こんな閉塞的な場所を望んでいる人なんてきっといない。誰もが飛び立つことができなくなってしまっただけなんだ。

高い高いビルに囲まれて、反射する濁ったアスファルトに翼を掴まれてしまっただけ。

俺だって飛び立ちたい。汚れもしない真っ青な空に何度だって手を伸ばした。いつかこの手が自分の空を掴めるように。飛べるように。憧れを忘れなかった。

けどいつか俺も飛び方を忘れてしまう。もう忘れているのかもしれない。

だからこそ抗うんだ。この色彩と命のない大人の世界に。

覚悟なんて必要ないさ。いるのは一つまみ程度の勇気と空を飛ぶための意思だけ。あとはそれをぶつけるんだ。

きっと大人達は無駄だと言うだろう馬鹿だと嘆くだろう。そんなことは分かっている。こんなことで世界は変わらないし俺だって変わらない。

だからこれは偉大なる足踏みで不可思議なハユコウセイメイ。

青臭い若気の至り。そう言われても仕方ない。これはいつか後悔に変わるかもしれない。そんなこと知ったこっちゃない。

この沈んだ街で愉快で馬鹿馬鹿しい抵抗を打ち付けるんだ。

そう、これはただの自己満足による世界最高のハンコウだ。

そして満を持して俺は声を出す。重苦しい空気を吸い、どこにいるかもしれない仲間のために。

「さぁ、世界一のハンコウをはじめよう!」



私はある夜に世界一になった。地獄のような街に色を与えている少年。塾の近道にある少し開けた場所。

月明かりと街灯が様々な色をぶつけられる白い壁が映し出されていた。

馬鹿だ。この男はきっと関わってはいけないタイプの人間だ。そう判断した私は早足でその場を去ろうとした。

名も知らない変人との会話ほどしたくないものもない。何十本と並べられた色とりどりのスプレーを持ち替えながら一点だけを見つめて色をぶちまける。

壁には芸術なんて言えない色の地獄。きっと意味もない思いつきの出来事なのだろう。

描くのは文字でも無ければ叫びでもない。本当に純粋な彼の今。

キミはどうする。そう問いかけられた気がした。イマを描くために前を見続ける人にキョウハンシャにならないかと提案された。

言葉なんてなかったし、きっと私の妄想。けれどその時だけはこの都合のいい妄想に乗っかってやった。

久しぶりに前を見た。親に言われ未来だけを気にし続け下だけを見つづけたせいだろう。

心から笑いがこみ上げてくる。

その瞬間、世界が弾けた。

色が着き始めた。世界が私だけのモノになったんだ。そう感じた。

スプレーを拾う。真剣に色を撒く彼のように私だけの色を撒く。

誰かに言われて動き続けたカコをするイマが消し去っていく。つくづく馬鹿みたいだなと思った。けどそれもいいなと心が言った。

だからこの日この瞬間だけ私は誰の世界にもいない私だけの世界に生きる世界一の私だった。

私だけの色が撒かれた壁。それらは全て私の中にあるもの。誰にも理解されなくていい。自分だけが知っていればいい。

それこそが私だと誇れるから。

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