四十三話 覚醒
「ハハハハハハハハッッッッッッ! さっきまでの威勢はどうしたさね? 枢機卿の飼い犬?」
「ぐっ……」
打ち下ろされる巨大質量の骨を、火の連換術と剣術の合わせ技で凌ぎながらフレイメルは鋭い視線を道化に向けた。
高温の焔でもコゲ痕一つ付かない頑強な人骨船の上に、船頭よろしく佇む道化は余裕の笑みを崩さない。
道化の攻撃手段、腐食エーテルと異常発達した骨を自在に操るたわけた能力と正面から打ちあうのは分が悪い——。
迷わず後退を開始した瞬間、アルクスの鬼気迫る叫びが耳朶を打った。
「フレイメル! 危ない! 逃げて!」
「——なっ!?」
距離を取り出方を伺おうとしたのが裏目に出た。基底空洞にはそこかしこに石英が群生のように生えている。先ほどまでは風の元素を取り込み淡い緑色に変色していたそれが、今は乳白色に変化していた。
その色から想起されるのは人体を構成する枠組み。即ち骨。
「逃がさないさね。元素
道化の胸に嵌められた深紅の玉がぼうっと発光する。
まさかあれが連換玉だと……と、驚愕を隠せないフレイメルの脇腹に槍の如き鋭さの骨が突き刺さった。
「ッ———。不覚——」
「フレイメル!?」
骨を引き抜き負傷した脇腹に手を当てる。じゅっ……と肉が炙られたような音にも苦悶の表情は一切浮かべず止血を済ませる。応急というには手荒な処置を手早く済ませ油断無く剣を構えながら注意深く周囲を見渡した。
「石英を連換術で骨に変えたのか?」
「御名答。四大、金属ほど有用ではないが我が連換術の属性は結晶。鉱石に由来する物体の性質を自在に操り操作する術さね。まぁこんな体質なもので、操れるのは骨に限るが」
「骨……
火の連換術を会得する修行で師から学んだ骨の構造を、フレイメルは思考の中で振り返る。
人間の骨の成分は
結晶の語源は古語に綴られる"apatas"
込められた意味とは惑わす、だ。古くは詐欺師、ペテン師などの呼び名にも使われていたという。なぜこのように呼ばれていたかというと、アパタイトがカルシウムやリン以外の元素も取り込み、結晶の形や色が他の鉱石と紛らわしかったなのだとか。
骨が得物の道化というあり得ない存在を目の当たりにした今、その語源に作為的な何かをフレイメルは感じられずにはいられなかった。
それに解せないことがもう一つ。
いかに燃えにくい骨とはいえ、融解温度は500℃。酸素が供給されながら燃え続ければいずれは骨も灰になる。あくまで自然界の法則を遵守するならば、だ。
火の連換術による瞬間的温度上昇は最低限の火力でも600℃以上。しかし爆風と熱波による衝撃にも関わらず、頑強な骨は溶けることもなく罅すらも入らない。
それなりに修羅場はこれまでも潜ってきたつもりだった。しかし、ここまで手詰まりの状況に追い込まれたことはついぞ無かった。
「フレイメル……、無理です。あの者には敵いません。撤退を進言します」
「……アルクス様。申し訳ないがその命は承知被る。それにあの道化がみすみす我らを逃がすとも思えぬ」
「よーくわかってるじゃないかさね? 枢機卿の飼い犬。その通り、次期教皇候補の身柄は丁重にこちらでお預かりするさね。精霊教会の行く末を担う大切なお方を我が主はないがしろにはしない。安心して逝くがいいさね?」
周囲の石英を骨に連換しながら道化はじりじりと距離を詰め始める。既に基底洞穴からの退路は断たれた。このままじわじわと骨による攻撃でなぶり殺しにするつもりだろう。
「かくなる上は……奥の手を切るしかない——か」
フレイメルは上着を勢いよく脱ぎ捨てた。着痩せする体質なのか、割れた腹筋にほどよく均整の取れた筋肉質の身体は引き締まっている。しかし、皮膚には大小様々な傷の跡が刻まれていた。切創、火傷、刺創、挫創、咬傷……。どれだけ痛めつけられればこのような傷が残るのか。アルクスは、その過程を想像するだけで吐き気を催しそうで思わず目を背けた。
フレイメルは目の毒になる姿を曝け出したことを申し訳なく思いながらも、意識はジュデールに向けたまま。その背には
「灼火の一族の責め苦の痕……か。以前、灼炎殿からそれとなく聞いたことはあるが、随分と自分を痛めつけるものさね?」
「醜い姿はお互い様だ、道化よ。それと我が一族の使命を投げ出した裏切り者の名を二度と我の前で口にするな。——消し炭にするぞ」
普段は滅多に感情を露わにすることのないフレイメルが珍しく声を荒げる。
明確に自身に向けられた純粋な敵意に、道化の手が僅かながら震えた。
「抜き身の刃のような男さね、飼い犬。だが、息巻いたところで我が秘策を打ち破らなければ、お前の大願も叶いっこないさね?」
「……そろそろ貴様の煙に巻くような口調も聞き飽きた。わざわざ己の手の内を晒す間抜けに負けたとあってはレイ様に申し訳が立たぬ。——これで終いだ、道化」
乱されていた場の空気を締めるように、フレイメルは挑発をさらりと聞き流す。
そして深い瞑想状態に入った。
「焔——灰——。我が身は精霊の贄なれば——」
赤銅色の連換玉が赤く赫く静かに明滅を繰り返す。連換術を発生させる工程とは違う異様な元素の取り込みようにジュデールは目を見開いた。
「お前——。まさか」
「——玉よ。目覚めるがいい」
突如、フレイメルの連換玉が激しい光を発した。それと同時に空洞内のエーテルも流動を始める。河川の濁流のように波の荒い高濃度のエーテルが辺りに充満し始め、それが瞬きの間に全く違った性質に変化を遂げていた。
「これは……エーテルなのですか……?」
アルクスが不可思議な現象に困惑しているのと対照的に、ジュデールは清浄なるそれを呼吸で取り込まないよう、腐食エーテルを自らの身に纏った。
その表情は飄々とした道化の余裕の笑みではなく、焦り……だった。
「元素属性の覚醒——。お前如きが真エーテルを扱えるだと……」
「フン。言ったはずだ。奥の手を切ると」
驚き慄くジュデールには目も暮れず、フレイメルは間髪入れず連換術を発動する。
大技が来ると直感したジュデールは、骨の障壁を展開し防御に徹しようとして目を奪われた。
「精霊外装、着装——」
発動した高温の焔の術式はフレイメルの背に刻まれたイフレムの紋様に吸い込まれる。直後、紋様が深紅の輝きを発した。目も眩むほどの刺激光にアルクスは目を瞑る。
光が収まったあと、そこに居たのはフレイメルではなく、全身を焔で纏った人であるかも定かではない存在だった。
「な……なにさね? その姿は——」
「貴様を焼却する業火の顕現だ。恐れ多くもステュクスの渡し守を自称する道化よ。望みどおり死者を送る職務を全うさせてやろうではないか」
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