十七話 試練について

「それじゃ試練について説明を始めるよ」


 蝋燭の灯りに照らされた隠し書庫。アルクスは奥の本棚から一冊の古めかしい本を手に取り、俺の前で仰々しく開いた。羊皮紙と思しき古いページには古語と思しき言語がびっしりと書き連ねられている。当然、読める訳が無い。


「……これ、なんと記述されているんだ?」


「僕も古代言語はそこまで詳しくは無いけど、要約するとこういうことみたいだね」


 曰く、大聖別の試練とは次期教皇としての在り方を問われるものらしい。


「試練の領域は全部で七つ。

 心正しい人々の魂が納められる第一階層。

 罪人達の魂が納められる第二階層。

 罪人に命を絶たれた魂が納められる第三階層。 

 不義な罪人の魂が納められる第四階層。

 選ばれし魂が最初の試練として挑む第五階層。

 精霊からの洗礼を受けていない魂が集められる第六階層。

 天と地の狭間 辿り着いた魂が聖別される第七階層。

 七つの領域全てを制覇した者に原初の精霊は微笑むだろう、と」


 少し大きめの紙を広げアルクスは試練の詳細について、羽根ペンでさらさらと図に書き起こしてゆく。紙一杯に描かれた大きなシナイ山。その内部に広がる広大な天然洞窟。どうやら試練とは洞窟の中で行うようだ。


「シナイ山の表面にはいくつもの穴ぼこが穿たれていてね。その一つ一つが、天然の洞穴に繋がっている。それと内部の空気も外とは異なるみたいだね」


「空気が異なる? どういう意味だ?」


「言葉通りだよ。連換術的な観点で伝えるなら、そうだね……エーテルの質が違うかな?」


 エーテルの質が違う? つまり、俺達が呼吸で酸素と一緒に取り込んでいるエーテルとは別物……ということなのだろうか。次期教皇候補を決める試練が行われるくらいだから、人体には影響は無いとは思うけど。


「教会は連換術を全く信用していないから、たぶん調査もしてないだろう。けれど、この書物にはもう一つ気になる記述がされていてね。ほら、ここ」


 アルクスが指差すページの中程。そこには俺でも読める文字でこう書かれていた。

 ————シナイ山の霊洞には異様な変異を遂げた巨大生物が存在すると。


 巨大生物と聞いて思い当たるのは夏の頃に起きた皇都の異変。エーテル汚染された水路から立ち上る異様なエーテルにより、突然変異を起こした都市生物。お伽噺に語られる魔獣とはもしや、エーテル変異体のことなのではないかと連換術協会でも研究が進められている。


 もし、この記述が真実なら霊洞内のエーテルも相当危険ということになるが、歴代教皇が試練で異常をきたしたという記録は残されていないとカインは教えてくれた。


「そこまで心配する必要は無いと思う。今までの大聖別の試練で死者が一人も出ていないことからもね。たぶん、シナイ山に生息する巨大生物とは聖典に記された守護獣のことなんじゃないかな」


「守護獣? 初めて聞いたぞ?」


「聖典は信徒にならないと拝読することは出来ないしきたりだから、教会に帰依していないグラナさんが知らないのは仕方が無いよ。なにせ、聖女様の巡礼の旅でも語られていないしね」


 続けてカインは羽ペンで絵を書き始めた。図で描かれたシナイ山の霊洞。その内部に記述された試練の名称の下に何処か可愛らしい生き物達の絵が書き足されていく。


「守護獣は全部で7体。羊、魚、鹿、蜥蜴、獅子。残りは……あれ? この本には載ってないようだね」


 ぱららとページを捲るアルクスは残る二体の守護獣について探すも、どうやら見つからなかったようだ。しかし、挙げられた五体も変異して巨大化してるとなれば、十分過ぎる驚異に違い無い。ようやく……どうして護衛なんて頼まれたのか理由が分かりかけてきた。


「つまり大聖別の試練とは、教皇候補と護衛が力を合わせて霊洞を踏破する速度を競うものなのか?」


「そんな単純な条件では試練にはならないかな……。たぶんだけど、霊胴内に生息する守護獣達から認められる必要があるんじゃないかな。教会の古い言い伝えによれば、七体の守護獣は原初の精霊が地上に遣わした眷属らしいから」


 原初の精霊か……。これまでも何度か耳にしたことはあるが、それがどんな精霊かは分かっておらず、また想像もつかない。名の響きから世界に数多存在する精霊達の原点オリジナルと思わなくも無いが。


 しかし、ようやくまともな説明を聞けたとはいえ、想像異常に大変な試練だ。

 あの子に聞かれたら怒られそうだが、挑まずに済んだことに元師匠として安堵を覚える。けど……本当にシエラは聖地にいるのか、それすらも分からない現状が歯がゆい。


「細かいことは説明しきれていないけど、これが大聖別の試練の概要。詳細は僕たち次期教皇候補にも、直前にならないと教えてもらえないんだ」


 どこか済まなさそうにアルクスは試練について説明を終える。カインの言う直前でも問題無いとはこういうことかと合点がいったが、それでも事前に知っているのと知らないのでは大分違うだろう。競争相手の護衛である俺に丁寧に説明してくれたアルクスの真意は計りかねる。けれど、その清らかな心根は真っ直ぐ伝わった。


「ありがとなアルクス。カインの護衛である俺が言うのもなんだけど、次期教皇になるのはお前だといいな」


「そういうことは、思ってても口に出しちゃ駄目だよ。カインに聞かれたらどうするつもり?」


「はは、悪い。でも、それが俺の偽らざる思いだ。お前が教皇になってくれたらシエラも安心出来ると思う」


 あの子の名前を出した途端、アルクスの翡翠の瞳が揺れたことを俺は見逃さなかった。表立ってそうだと公言してくれている訳ではないが、おそらくアルクスはシエラの身を案じてくれている。同じプルウェル性だから、親戚だからということではない。


 聖女の血筋を今日こんにちまで途絶えることなく継承し続けたプルウェル家。故に懸念もしていた。もし、本当に聖女の如き力を生まれ持つ者が現れたその時は、彼らは一体何をするのか? 何が目的なのか? と。


「どうやら見誤っていたのは僕の方だったようだね」


「それは……どういう意味だ?」


「大聖別の試練がどんな結果で終わっても、グラナさんには伝えるべきことが出来てしまった。————聖女の子孫、その真の役割について」


 いつになく真剣な表情でアルクスが口にした内容に、俺は驚愕を隠せなかった。


 

 



 

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