九話 次期教皇候補
迂回路を通り裏口から大聖堂内部に通された俺とフレイメルは、来客用の待合室に通されていた。白亜に磨き込まれた石灰岩の床や天井が、灯された蝋燭の炎を反射してぼうっと陽炎のように揺れている。部屋の窓から覗く澄んだ空に浮かぶ三日月が聖地に夜の帷が降ろされたことを告げていた。
周囲を見渡せば丁寧に大事に使い込まれた木製の家具が、なんともいえない深みを見せつけていた。繰り返し塗られたはげ防止の
来客をもてなす部屋にしては格調高い調度品の数々。察するにこれからお目通りする相手とは、教会内部でも相当地位の高い者らしい。
皇都でセシルから秘密の招待を受けた時ほどでは無いにせよ、やんごとなき身分のお方と顔を合わせるというのは、本当にいつまで立っても慣れるものじゃない。
いい加減、部屋を眺めるにも飽きてきた頃。観音開きの年代物の扉の蝶番がギィと音を立てて開け放たれた。
「お待たせして申し訳ない。皇都より遠路遥々ご苦労であったな従司教殿」
「……勿体なきお言葉。かって所属していた聖十時騎士の任に比べれば、苦労の範疇には入りませぬ」
「その無骨な態度も変わらぬな、其方は。————して、そちらが?」
「はっ。私の隣に控えているのが、レイ枢機卿猊下が使わした護衛の連換術師でございます」
「……連換術協会マグノリア支部所属、グラナ・ヴィエンデです。以後、お見知りおきを」
フレイメルから紹介されて、俺はソシエにみっちり叩き込まれた帝国貴族の作法に則り頭を下げた。
「マグノリア……かの聖女が生まれし生誕の地か。ようこそ聖地へ連換術師さん。僕の名はカイン・プロフィティス。気さくにカインで構わないよ」
右手を差し出してくるカインの顔を始めて直視する。後頭部で三つ編みに編まれた長い銀糸の長髪に、異性かと見紛うほどの白皙の美貌。口調から男……のような気もするが、外見からでは判別がつかない。
いかなる発声法を使っているのか知らないが、
「さっそくだけど、依頼の内容について説明をさせてもらっても構わないかな?」
そう言ってカインは背後に控える従者達に退出するよう命じた。見た目の割に用心深い少年は「さて……」と独りごち、
「構えなくてもいいよ、グラナ。堅苦しい言葉遣いも無しだ。なにせ君は教会はにとっても恩人なのだから」
「……は、はぁ。といきなり言われても反応に困るというか……」
「この場に置いて、連換術師だからってかしこまらないで欲しい。敬語も不要だ。そうじゃないと
公平に……ときたか。どうやら腹を割って話そうということらしい。隣で置物のように黙っているフレイメルも俺とカインの会話に加わるつもりは無いのか無言を貫いている。なら、こっちもお言葉に甘えさせて貰うしか無い。
「分かったよ、カイン。それで今回の依頼について直々に説明をして貰えるという認識で合ってるか?」
「もちろん。皇都の異変の際の活躍はレイ枢機卿から聞き及んでいる。水の精霊の御神体を目覚めさせた不届き者たちと浅からぬ因縁の仲……であることもね」
落ち着いた印象の割には無邪気な一面を見せるカインは、久しぶりの同年代との会話が嬉しくて堪らないといった様子だ。だが、腹の底まで思惑をさらけ出してるようには思えず、言ってることとやってることがチグハグのようにも感じる。
「たいしたことはしていない。己の慢心で弟子を敵に奪われて、なんとか連れ戻しただけだし……」
「以外と謙虚だね。でも、そういうの————僕は好きだな」
「は?? す、好き??」
「……カイン殿。本題に」
今まで聞いたことも無い反応を返されて平常心を乱される。見るに見兼ねたらしいフレイメルが舌打ちを零したことも気に止めないくらい、それはもう動揺した。男が男に好きとはどのような感情表現なのか————。深く考えるのは止めておこう……それがいい、うん。
「フレイメル急かさないでよ? まだまだ話し足りないんだから」
「大聖別の試練までは残り半月ばかり。明日からはこの者はカイン殿の護衛を開始します。試練の内容についても共有しておかなくば、後々いらぬ苦労をすることになりますぞ」
「むー……。それは確かにそうだけど」
勝手に進められていく話しに置いてけぼりになっていたが、俺が護衛するのは、だいぶ頭お花畑な次期教皇候補……で確定らしい。ということは、シエラが次期教皇候補に名乗りを上げてる以上、敵対する立場になったということに愕然とする。
「……フレイメル? グラナが意気消沈してるよ?」
「はて、私にはなんのことやら分かりかねますな」
「……てめぇ」
ここまでやられたら怒ることすら馬鹿らしくなる。それに……あの子の護衛は誰が務めるのか? 目下のところそれだけが気がかりだ。
「なら、他の次期教皇候補は誰が護衛を務めるんだ?」
「……当然、気になるよね。いいかな? フレイメル」
「遅かれ早かれ知れること。……好きになさるがよい」
「本人もこう言ってることだし、それじゃあ開示といこう。もう一人の次期教皇候補、アルクス・プルゥエルの護衛を務めるのはフレイメルだよ」
「は? あ、あるくすぷるぅえる? 誰だ、そいつ? シエラじゃないのか?」
「んー? 奇妙なことを訊くね。 ————シエラとは誰のことだい?」
開いた口が塞がらないとは正にこういう状況を指すのだろうか。シエラと同じ姓を持つ全く聞いたことも無い名前の人物。……俺はここから先を知るべきか、耳を塞ぐべきか。
「此度の
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