三話 探り合い

「聖地に危険が迫っているのは理解できた。けど、何故護衛役に俺を指名する?」


 考えてみればおかしな話だ。そもそも、教会には聖十字騎士団という古くは僧兵団を母体とする自衛の為の軍を所持している。ましてや、教会の総本山である聖地の警備体制は皇都に負けず劣らず盤石のはずだ。にも関わらず、連換術師である俺を指名する理由とは一体何故なのか? その理由がどうしても知りたかった。


「不服か? そもそも、貴様と聖地に戻られたシエラ様は異端の術を教え学ぶ師弟だと記憶しているが?」


「……色々あって、師弟関係は解消したんだよ。理由までは知らないが、シエラから切り出されたことだ」


 元々、いつまで続くかどうかも分からなかった師弟の契り……だ。シエラの生い立ち、課された役割、そして実の父である現教皇猊下の容態の悪化。そして、シエラの力をつけ狙う根源原理主義派アルケーの存在。俺一人でシエラの身の安全を保障することがいかに難しいことなのか、分かっていたつもりで、分かっていなかった。


 寂しくないと言えば嘘になる。けれど、他でも無いシエラ自身が定めた自身の行く末を、師匠の俺が止めることなんて出来る訳が無い。


 師弟関係を解消しても、シエラとの繋がりまで絶たれた訳じゃない。————元の……師弟になる前の関係に戻っただけだ。そう自分を慰めることしか出来なかった。


「そうか。では、尚のこと好都合だ。今の貴様とシエラ様は赤の他人同士。今や聖女の再来と言われるあの御方に、余計な感情を抱かれても迷惑だからな」


「……聞き捨てならねぇな? 喧嘩売ってんのかよ?」


 思いがけず図星を突かれた一言にスッ……と視界が狭くなった。どうやら、この男と分かり合うことは永遠に無いらしい。流石、あのレイ枢機卿に仕えてるだけはある。主従揃って、本当に意地が悪い。大体、それが人に物を頼む態度か? それ? と奴の胸ぐらを掴む。だが、奴はフッと嘲笑い同じように俺の胸ぐらを掴みあげた。一触即発の状況に、それまでだんまりだったアルが慌てて片手を上げて「そこまで!」と大袈裟なくらい大きな声を上げる。


「二人とも、こんなところでいがみあってる場合じゃないだろう? レイ枢機卿絡みで確執があるのは分かってるが、少しは大人な対応をだね?」


「……っ。だそうだ、命拾いしたな? 火の連換術師」


「貴様もな、風の連換術師」


 掴み合った胸ぐらを同時に手放した。硬く握りしめていた右拳を開く。フレイメルも火の精霊イフレムの意匠が施された剣の柄から手を離した。


「前から思ってたけど……本当に仲悪いね二人共」


「そりゃそうだろ。————なんせこっちは、こいつの無差別攻撃に意識刈り取られたからな」


「たわけ。術師なら場の元素の残量から、どんな術が行使されたかの判断くらい出来ないのか? ハッ……とんだ三流術師もいたものだ」


「あ? 地下水路で水蒸気爆発を引き起こした馬鹿に言われたくねぇな? 人質毎殺すつもりだったのかよ? 低沸点野郎」


「はぁ……付き合ってられないね。こりゃ」


 尚も口汚く罵り合う俺たちに心底呆れたため息を漏らすアル。カップを手に取りズズっとチャイを啜ると、それはともかくと前置きし、


「グラナの言い分も分からないでも無い。連換術協会は精霊教会からしてみたら、教義に背いた異端者の集まりだろ? それを承知で、レイ枢機卿はなぜうちに依頼を?」


 ことりとソーサーにカップを置いて、アルが砂漠の夜空のように澄んだ青玉色の瞳をフレイメルに向ける。今や連換術協会の実質的なトップ。連換術協会に接近を試みる教会……いや、レイ枢機卿の思惑を看破したいのだろう。

 

 もちろんそれは俺も同じ。それ以上に……シエラの安全を出汁にいいように枢機卿の思惑に乗せられかけているのも確か。この場で主導権を握りたいのは俺も同じだった。


「だ、そうだ。いくらシエラを引き合いに出そうが、それだけで連換術協会を動かせると思うなよ」


「……フン。むしろ、ここであっさりと承諾してくれた方が、こちらとしても後腐れなく見限れたのだがな」


「それは……どういうことかな?」


「レイ様のお眼鏡に貴様らは見事応えてみせたということだ。シエラ様に危険が迫っていると告げられただけで動く浅慮な者共であれば、助力を請う価値も無いとな」


 どこまでも上から目線な奴らの言い分に一々腹を立てても仕方が無いことだが、流石に見くびられすぎてることに不快感は隠せない。静かに黙って耳を傾けていたアルも、なんでもない風を装っているが目は笑っていなかった。


「そりゃまた……随分と用心深いことで。それで、お眼鏡には叶ったのだろう? そろそろ教えてくれないかな? 教会が協会に時期教皇候補の護衛を依頼する理由」


 先刻までとは身に纏う雰囲気すらも変えたアルが、フレイメルを問い詰める。

 チリチリと肌を焦す太陽を背負ったかのような錯覚が蜃気楼のように揺らいでるかのようだ。どうやらアルも、従司教に心開いてる訳では無いらしい。思い当たる節が有るとするなら……、暴徒と貸したラスルカン教過激派を率いていたあのバーヒル将軍だろう。


 フレイメルの火の連換術によって全身火傷を負い手術によって一命は取り留めたものの、その後の容態は依然予断を許さぬ状況らしい。


「……いいだろう。先の皇都で起きた精霊災害以降、教会としても連換術を見直しているところだ。今回の依頼はその一環として、連換術の有効性を測る意味も兼ねている」


「それは、随分面白いことになってるもんだね?」


「だがあくまで測っている最中。頭が古い上層部のお歴々は疑念を抱いたままだ。本当に連換術は信用に値するのか? とな。そこでレイ様は進言した。教皇候補の護衛を連換術師に任せるのはどうかと。お前達に依頼するのは教皇候補の一人、保守派筆頭候補カイン・プロフィティス様の護衛だ」


「保守派筆頭……。まさか————」


 教会の内部事情にそれほど詳しく無い俺とは対照的に、それなりに顔が広いアルは珍しく言葉を詰まらせる。紅蓮の髪の従司教はその反応をさして気に留めることもなく静かに告げた。


「察しの通りだ異教の王子よ。カイン様こそが正当なる次期教皇候補である。何故なら……プロフィティスの性を持つ者こそが、教会が認めた聖女の意思を信徒に伝える士師だからだ」

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