断章二 シルマリエでの夏休み
一話 海都までの旅路
皇都東地区SL
俺とシエラは皇都に来た時と同じようにトランクを担ぎ、白兎の模様が入ったバッグを肩に掛けて汽車に乗り込むところだった。
皇太女の儀を目前に控えて起きた異変の数々。なんとか終息したとはいえ、残された爪痕は深く復興は困難を極めたが、親衛隊、連換術協会、皇都に住む住民達の協力、……微力ではあるが精霊教会などの協力により、なんとか皇都は元の姿を取り戻しつつあった。
未だに夏の暑さが残る
俺たちは遅い夏休みを帝国南部の海の都『シルマリエ』で過ごす為に早起きして、汽車に乗り込んだ。
今回はお仕事無しの五日間の観光。帝国南部は南国の気候であり海水の温度も高いので、夏の終わりのこの時期でもバカンスを楽しむことが出来ると聞いている。
「二等客車のB18は? と……。あ! ここの個室ですね」
シエラが汽車のチケットに書かれた番号を確かめつつ個室のドアを開けた。
「へぇ……。随分と窓が大きいんだな」
「車窓から景色がよく見えるように設置されたものみたいです」
今回乗車することになった、南部行きの汽車について詳細に書かれているパンフレットに目を通しながらシエラが答える。
彼女はバッグを寝台に置くと、カーテンで閉じられた窓を少しだけ開けた。東地区の観光通りが丸見えだが、異変以降は観光客もこれから向かうシルマリエ方面に集中しているので、通りを歩いている人達はそこまで多く無い。
無理も無いだろう。元々、ラスルカン教過激派が汽車をジャックしてテロ行為を働いていたお陰で例年以上に観光客の数は目減りしていたところに、先の異変騒ぎ。禍々しい水の精霊の姿を見せられては、常人なら腰を抜かして驚いたはずだ。
皇太女の儀や元々予定されていた勲章授与式も皇都の復興が優先の為、延期された状況である。今は一刻も早く皇都が元通りとなることが帝国の国力を維持する為には必要不可欠だ。
けれど人間、気を張ってばかりいれば当然疲労や心労といったものは溜まる一方で、適度な休息や休暇を取りたくなるもの。
ほぼ休み無しで復興作業にかかりきりだった俺達は、ある人物の提案により夏も終わり間近のこの時期に、ようやく遅い夏の休暇を取ることになったのだった。
「ソシエ達とは現地で合流する予定だったな」
「はいです、師匠。旅費も全部ソシエさんが立て替えてくれるそうですから、本当に助かります。……ふぁふ——」
朝が早かったのもあってシエラはだいぶ眠そうだ。無理も無い、異変終息後はセシル、アクエスの二人と協力して強引に抜いた水路の水を戻すべく連日、地下遺構の水量調節装置の調整にかかりきりだったし。因みにアクエスはやることが残っているということで不参加である。
「そういえば、アルの奴も一緒に来るとか聞いてたけど……」
「そうなのですか? 駅にそれらしき人はいませんでしたけど」
「まぁ、もしかしたら来ないかもな。ラサスムも先王が突然崩御されて大変な時期らしいし」
皇都が異変真っ只中の中、お隣のラサスムでもある動きがあった。
カシム・アブ・サイード王の突然の訃報だ。以前から体調があまり良くないと噂だけは聞いていたが、亡くなってしまったらしい。
アルの親父さんにあたる人のはずなのに、アイツは国には戻らず協会本部に篭りきりで何やら手が離せないようだったし、一体何を企んでいるのやら。
それに今はナーディヤさんという美人だけど怖ーいお目付役もいるからなぁ。真面目な話、どうやって理由付けて抜け出してくるつもりなのだろうか?
と、そんなことを考えながら突っ立っていると後ろから肩をとんとんと叩かれた。
「誰の噂をしてたんだい?」
「……アル? お前、協会本部の仕事はどうしたんだよ?」
「連換術協会ラサスム支部の稼働準備もあらかた終わったからねー。ナーディヤの目を盗んで何とか抜け出して来たのさ。いやー楽しみだねぇ、久しぶりのバカンスは!」
いつもの暑苦しそうな白い民族衣装を纏う、浅黒の美丈夫はそう言って朗らかに笑っている。
シエラが根源原理主義派に囚われていた時に救出作戦を手伝ってくれたナーディヤさんは、ラサスム王家に仕える者であり、アルとは幼い頃からの付き合いらしい。
ただ彼女の尻に敷かれている現状を見る限り、どう考えてもお調子者の第二王子のお目付役といった印象の方が強いが……。
「ナーディヤさんに怒られても知りませんよ、アルさん?」
「はっはっは。あのおっかない幼馴染からの怒声を、少なくともしばらくは聞かないで済むんだ。……まぁ帰ったらコッテリ絞られるのは覚悟の上だけどね」
アルがガックリ項垂れると同時に汽車の出発を告げる汽笛の音が高らかに鳴った。
幼馴染といえばルーゼも今回のバカンスには不参加だ。西地区で演劇の小道具を扱うお店を開いているマダムから、酒場の店長宛にお届けものを預かったとかで現在はマグノリアに戻っている。用が済んだら、今年は色々あって遅れていた両親のお墓参りの為、ヒエロ・ソリュマに向かう予定らしい。おじさんとおばさんには俺も幼い頃に、お世話になってるからお墓参りには毎年同行させてもらっている。休暇が明けたら俺もヒエロ・ソリュマに向かう予定だ。
「まぁ何はともあれだ。休暇の間くらいは仕事のことは忘れてバカンスを楽しもうじゃないか!」
いつの間にか寝台に腰かけたアルが屈託の無い笑顔で俺とシエラに微笑みかける。
確かに、ここ最近色々ありすぎて何処かで息抜きしたいと思ってたところだ。
ここはしっかり羽根を伸ばして、今後に向けて英気を養うべきだろう。
大きめの窓から臨く太陽は燦々と降り注ぎ、久しぶりに過ごす穏やかな時間を彩っているようだ。
「そういえば、師匠もアルさんも朝のお食事はまだですよね? 食堂車でモーニングが食べられるそうですよ」
「お、いいねぇ。揺れる列車の中でいただく食事はまさに旅の醍醐味。早速向かおうじゃないか」
気づけば俺もすっかり腹ペコだ。俺たちは食堂車にのんびりと歩いて向かうのだった。
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