二話 海都に到着
モーニングを食べ終わり、個室へ眠そうなシエラを送り届けた後のこと。
流れゆく列車の車窓から覗かせる景色を堪能しながら、高級サロンを思わせる車両で俺とアルは食後のコーヒーをのんびりと味わっていた。
芳醇な香りと刺激に苦味がある外国産のコーヒーは、お腹がいっぱいになり眠気を誘う気だるげな感覚をしゃっきりとさせてくれるようである。
どうやら相当眠気を堪えていたらしいアルは二杯目を注文していた。
「ふぁー……。早起きのナーディヤを出し抜く為に日が昇る前から起きてたからねー。流石に眠い……」
「お前……。普段どれだけナーディヤさんの尻に敷かれているんだよ……」
さらりと駄目男ぶりをアピールする王子様に俺は呆れることしか出来ない。
ただ、あの混乱の最中に連換術協会を教会勢力から守ってくれたのは確かだし、その点については感謝しても仕切れない。
結局、皇都の協会本部は元司祭がつつがなく会長代理の役目を果たしてくれていた。
アルが帝国入りした本当の目的は、連換術協会支部をラサスムに招致することだったというのはつい最近知ったことだ。
その理由については何故か頑なに口を割ろうとしないので、俺も無理強いしてまで訊き出すつもりも無い。
「そういえば、国には帰らなくていいのかよ?」
俺の一言にアルはだらけた表情を少しだけしゅっと引き締める。
ずっと気にはなっていた。先王の訃報があったにも関わらず、ラサスムに帰国せず帝国に留まり続けるアルのこと。
お互い忙しくてこれまで尋ねることも無かったが、こんな機会またあるとは限らないし今のうちに聞いておきたかったのだ。
「あー……そうだね。帰りたくない、という訳でも無いのだけれど、僕がいようがいまいが次の王となるのは王太子である長兄だからね。国のことは兄に任せて、僕はやるべきことをやるだけさ」
気乗りしない感じで二杯目のコーヒーに、四角い砂糖の塊とミルクをとぽりと入れてかき混ぜるアル。何処か嘘っぽいその態度から、どうやらその兄と確執がありそうだということを何となく察する。だけど、これだけは言っておきたかった。
「——亡くなったのはお前の親父さんなんだろ。今すぐにとは言わないけど、墓前に花を添えるぐらいはちゃんとしてやれよ」
「……まっ、そのうちね」
伝わったかどうかは分からないが、この場にお供のジャイルがいないことから何となく、普段は陽気なアルでも色々と事情を抱えているんだな……というのは伝わってくるのだった。
☆ ★ ☆
そんなこんなで列車の旅は穏やかに過ぎ、皇都を出発して八時間後。
紺碧の海を望む、海都シルマリエに到着した。
汽車から
早る気持ちを抑えて改札を通り駅の外に出れば、目の前には美しい綺麗な
「……すごい、海がキラキラと輝いてます」
「こりゃぁ見事なコバルトブルーの海じゃないか。いやぁ改めて帝国の広さを感じるねぇ」
隣に立つシエラとアルも美しい海の景色に心奪われているようだ。
かくいう俺も海都に来るのは初めてであり、少なからずワクワクとしていた。
駅から海岸までは椰子の木が立ち並ぶ大通りが真っ直ぐに伸びている。
南国ムードが漂う駅の周辺には、お土産や新鮮な魚介を扱った商店が数多く並んでいた。すぐ近くに帝国の台所と呼ばれるシルマリエ港があることもあって、ここで取れた新鮮な魚介類は汽車や、海路によって帝国各地に出荷されていくのだとか。
商売をするならまずは自国の商業を知れ、というのがキーリの爺さんの教えだった。雑貨屋を経営するのに必要かどうかは分からないが、独学で学んだ知識は確かに役立っているかも知れない。
「えーと、確かソシエ達とはホテルのロビーで待ち合わせだったよな?」
「確か、海沿いにある『アルガーリータ』という名前のホテル……のはずです」
「あ、アルガーリータ!? 帝国どころか諸外国にまでその名が届く、五つ星級のリゾートホテルじゃないか!?」
一応、ラサスム王家の一員でもあるアルが大袈裟なくらい驚いている。
うーむ、改めて恐るべしレンブラント家のご令嬢の財力——。皇都の異変を無事に終息させる要因でもあったローラと知り合えたのも、ソシエが『ローレライ』のチケットを確保してくれていたからだし、雑貨屋
そのうちまとめて恩という名の利子を返さないと……バチが当たるなこれは。
気を取り直して辻馬車を拾った俺たちは、海都の南国景色を堪能しながら待ち合わせ場所である、ホテル『アルガーリータ』へと向かうのであった。
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