八十一話 聖人の棺
アレンさんの後ろに乗せて貰い、馬に乗ってローレライの巨岩に向かう。
後ろからは彼の部下である公爵邸でも見覚えのある人達が、馬に乗って駆けていた。
「巨岩に封じられた聖人の亡骸をどうやって掘り起こすのですか!?」
「公爵家には代々伝わる封印の解除手順があってな!! かの悲劇が起きたあの時代にも、当時のご先祖が秘密裏に巨岩に封じられた聖人の亡骸を鎮めたという記録が残っているのだよ!!」
二人乗せても尚速く駆ける馬上では風を存分に感じることが出来るが、その分大声を張り上げないと声も聞こえづらい。
半刻ばかり進んだ後、ようやくローレライの巨岩が姿を現した。聞けば巨岩の周囲には得体の知れない円柱状の装置のようなものが等間隔で設置されていたらしく、それを設置していたのが深層領域にも現れた仮面の従者達だったらしい。
つくづく陰に隠れて行動するのが得意な奴らだと、逆に関心する。
それに、こんなことが何回も起きるとは思いたく無いが、二度起きたことは三度目は無いという甘い考えも捨てた方が良さそうだ。
盟主、クピドゥスの狙いが『一ナル元素』だということが判明した以上……次に奴らが行動を起こしそうな地を早急に突き止める必要がある。
あの強欲の化身が俺やシエラを手中に収めることを諦めたとは、到底思えないからだ。
アレンさんは俺から、マグノリアで邂逅した聖葬人及び根元原理主義派(アルケー)について聞き出す為に皇都へと呼んだとクラネスから聞いている。
諸々の事態を解決したらこの人とはもっとよく話合うべきだろう。————シエラの今後のことも含めて。
「——旦那様。巨岩の周囲に異常はございませんでした」
「分かった、フューリー。皆、周囲の警戒は怠らず巨岩に接近してくれ!!」
アレンさんの号令の下、彼の従者達が馬から降りて各々準備を開始した。
意識がまだ戻らない師匠は、さっきの河岸の地点に残してきている。
見張りの人達もいるし、何も起きないとは思うが早めにここでの用を片付けて師匠の元に戻りたかった。
「あの女性が君の師なのだな?」
「え? あ、はい。ちょっと際どい格好してますが、あれは師匠の趣味では無くて……」
「さっきも少し聞かせてもらったが、人の記憶と人格を意のままに操る技術か。にわかには信じ難いが、シエラも洗脳されていたところを見たという君の言葉を、無視する訳にもいかぬからな。それに、セレスト家が関わっているか————。頭の痛くなるような問題ばかりだな……」
アレンさんはそれっきり黙り込んでしまうと、黙々と巨岩を登る準備を始める。
聖人の亡骸を掘り起こすには、巨岩の頂上に登りそこでとある手順を踏む必要があるらしい。
何故、俺に協力を頼んだのかは知らされていないが、アレンさんの後に続いて安全ベルトを腰に巻き付けた俺も巨岩をよじ登った。
眼下を流れる大河の清流と激しい水音に顔をしかめつつ、腰を落として巨岩の天辺部を手で探るアレンさんを見やる。
(……これは、生命エーテルを巨岩に流し込んでるのか?)
まるで連換術師が連換玉に己を使役者として認めさせる工程のように、微弱な生命エーテルを掌越しに巨岩に伝えているようだ。
生命エーテルを自在に行使する素養があるのは連換術師だけ、と思い込んでいたがそうでは無いらしい。
額から汗を流した公爵閣下が目を瞑ったまま、時間だけが過ぎていく————。
頭上から降り注ぐ陽光で肌が焦げているようなジリジリとした暑さを耐えていると、地面が急に蠢き始めた。
「……これは」
「————どうやら上手くいったようだ。歳を取るとこの工程が段々きつくなってな。グラナ君がシエラを娶って後を継いでくれたら助かるのだがな?」
真顔でそんなことを言われて俺は唖然となる。それは俺がシエラと結婚して、公爵家を継ぐということか?? ————いやそんなことって。
「冗談だ。そんなに真剣に捉えないでくれ」
「……反応に困るような冗談はやめてください。俺にそんな資格は————」
「ははっ。……だが、あの子がどう思っているかは分からんがな。おっと、ようやく解除出来たか」
声に釣られるように俺も様変わりした巨岩の天辺部に目を向ける。
思いの他、深さのある空洞の下に、水の精霊の印が刻まれた棺桶のようなものが鎮座している。
あれが、どうやら聖人の亡骸を納めた棺……らしい。
「あれを引っ張り上げるのですか?」
「うむ。連換術協会から念の為にと渡されていたエーテル濃度計も、特に異常は感知していない。ご先祖にはマテリア皇家の歴代の陛下方が眠りについている霊廟へと移動していただく。フューリー、引き揚げの準備だ」
巨岩の側に控えていたフューリーさんに合図を送ったアレンさんは、一息着くように岩の出っ張りに腰を下ろす。
なんとなくこの場に呼ばれた俺の役割が分からないまま、聖人の亡骸が納められた棺が引き揚げられるのを黙って眺めていた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
無事に引き揚げ作業は終わり、特に何の問題も無く棺は巨岩から下ろされた。
どうやらこの儀式とも移設作業とも言い難い行為を行うことが出来るのは、皇都広しといえどビスガンド公爵家のみという話を、帰りの馬上で聞く。
皇家の霊廟は巨岩からさほど離れていない地点にあるらしいが、ここから先は流石に同行は許され無いようなので、馬を借りて師匠が待つ地点にとって引き返した。
見張りを務めてくれたビスガンド邸の女性使用人の方への礼もそこそこに、天幕の下で寝かされているエリル師匠の顔を覗き込む。
髪の色こそ変わってしまったものの、記憶のままの顔つきの師匠がこんこんと眠り続けていた。なんとはなしに師匠の手を握る。あのぴっちりとした漆黒の黒衣はどうやら脱がせてもらったようで、代わりに質素な肌着が毛布の下から見え隠れしていた。
何から何まで申し訳無いと思いつつ、時だけが過ぎてゆく。
まだ、皇都中で頻発している異変は何も解決されていない。
こんなところで動かずじっとしていていいのか。師匠が目覚めるまでここにいるべきなのか? と取り留めのない考えだけがぐるぐると頭を巡る。
巨岩で起きた異常も解決した以上、今すぐにでも皇都に引き返すべきなのだろうが、どうしても足が動かない。
師匠と離れ離れになって五年の月日が経過した。
マグノリアに流れ着いた時は、あれだけ必死に師匠の行方を探したにも関わらず、その足取りは雲を掴むようで半ば諦めかけていた。
止まっていた時間が動き出したのはシエラと出会ってからだ。
聖葬人から追われていたあの子を助け、師匠に繋がる手掛かりが五年越しに目の前に現れた時は奇跡としか思えなかった。でも、それ以上に俺は何故かあの子のことが放って置けなかった。
何より初対面なのに初めて会った気がしないという、それだけ俺の心をいつしか占めていった彼女とは、遠い昔からの繋がりのようなものを感じるからだ。
それは俺が覚えていない過去のことかも知れ無いし、もしかしたらこの世に生を受ける前の遠い昔のことなのかも知れない————。
そう考えるといても立ってもいられなくなった。
師匠のことは確かに心配だ。でも、異変を放置してこのままここに残るなんて、やっぱり出来そうも無い。
「……ごめん、師匠。俺、まだやらなきゃいけないことがある。必ず迎えに来るから……もうちょっとだけ待ってて欲しい」
返事は無い。当たり前だ。まだ師匠の意識は戻っていないのだから。
重い腰を持ち上げて、見張りの人達に皇都へ戻ることを手短に伝えると、馬に飛び乗り北へと駆ける。
背中から感じる柔らかな風が……師匠が連換した気持ちの良い風と何処か似ていた。
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