六十八話 第四空想元素 万金剛

 独房区画を最速で走り抜け、ようやく地底湖を望む深層領域の中央区画に辿り着いた俺を出迎えたのは、血と殺戮の痕だった。大広間で繰り広げていた戦闘を退却しながら続けていた親衛隊とラサスムの援軍は尚も奮闘はしているが、先刻以上に増えた仮面の従士達の攻勢が勢いを増している。


 敵味方が入り乱れ過ぎてて、ここまで退却するのが精一杯だったのだろう。

 俺は乱戦状況を俯瞰してクラネスの気配を開眼した超感覚で探査する——————。


 ……見つけた。乱戦の中央、数名の親衛隊員達と一緒にいた。俺もよく知っているエーテルの残り香を放つものと戦っているのが感じ取れたが、その思い当たる人物にまさかと思わざるを得ない。


 この粘り気のあるエーテルはペリド……のものなのだろうか。あいつ、まさか捕まってたのかよ??


「くっ……正気に戻れ! ペリド・グラスバレー!」


「正気? 何を言っている? 私は正気だ。正常だ。見るがいい、我が身に宿る素晴らしきこの力。大地を統べ鉱石の力すらも思うがままに行使する、第四空想元素『万金剛』の素晴らしき力を!!」


 邪魔な仮面の従士を蹴散らしながら辿りついてみれば、今まさにペリドがクラネスに襲い掛かろうとしていた。クラネスが握る銀色の刀身の細剣と、ペリドが握るダイヤモンドを剣の形にしたような半透明の鈍器がぶつかる寸前に、翡翠の籠手から伸ばしたエーテルの刃を差し込み二つの武器を同時に弾く。エーテルで形成した刃は耳障りな金属音を鳴らした。


「グラナ!? 馬鹿者、何故戻って来た!?」


「全然追いついてこないから、心配になって様子見に来た!! どういう状況だよこれは。おい、ペリド! お前、こんなところで何してやがる」


 どうみても正気じゃない目付きのペリドに、俺は目を離さず向き合う。

 感覚野で察知するまでもなく、奴がその身に宿す生命エーテルの質は異様な気配を放っていた。それに、何か強大で異質な元素の気配もだ。この馬鹿、根元原理主義派アルケーに捕まって人体実験でもされたのか?


「——誰だね? 君は。何処かでお会いしたことあったかな?」


「……勝手にライバル認定してきた相手を忘れるとかいい度胸だな、お前」


 どういうことだ? ペリドは俺のこと忘れてるのか?

 そういえばシエラも再会した直後は、俺のことを覚えていないばかりかまるで別人であるかのように振る舞っていた。ペリドの中指には土属性の連換玉が取り付けられた、趣味の悪い指輪が嵌っているはずだが見る限り指輪も外している。


 こいつ……連換玉も無しにどうやってダイヤモンドの鈍器なんて連換した??


「ふはははははっ。生憎だが、君のことなど知らんよ。だが、邪魔をするなら容赦はせん。何故かは知らないが、そのツラを目の当たりにすると、憎たらしくて堪らなくてねぇ」


「いや……。お前、忘れたって嘘だろ……」


 記憶を弄られているかどうかは分からないペリドは、俺を標的と定めたようだ。

 胸元当たりから連換玉とよく似た元素とエーテルの動きを察知する。直後、遥か頭上の岩盤が連換術で抉られ、杭状に形成された岩の塊がいくつも降り注いだ。


 重量もある岩の杭はとてもじゃないが風で防ぎ切れるわけが無い。

 突然頭上から落下してきた岩の杭に、親衛隊員達もラサスムの援軍も仮面の従士達も戦いを忘れて逃げ惑う。グシャリ——と肉が潰れる音が怒声と悲鳴に混じってはっきりと聞こえてきた。


「あの馬鹿野郎……。クラネス!! 無事だよな!?」


「……なんとかな。だが親衛隊員の幾人かが落石の直撃を受けたようだ——」


 クラネスがギリリ……と歯噛みする。あの高度から落ちてきた重量のある岩石に直撃されて、何人かが命を落とした。この馬鹿は帝国法で最も重い、人の命を奪う最悪の罪を背負った訳だ。

 それもあろうことか、連換術の行使によって——————。


「どうだ! これが私に与えられた大地を統べる力だ。地に足を着ける以上、いかなる生物も大地の威光には逆えんのだよ!」


 自身で何をしでかしたか分かっていない馬鹿は、狂ったように笑っている。

 人の命を奪うことになんの躊躇いも持たない。そうなるように、精神を弄られたのだろう。

 洗脳されていたシエラも、俺の息の根を止めるつもりだったようだからな。


「——————くそったれ、ミシェルさんになんて伝えればいいんだよ……」


「だが、このまま野放しにすることもできん……。どうする、グラナ」


 どうするもこうするも、俺たちで止めるしか無いだろ。この馬鹿を。

 俺とクラネスが改めてペリドに刃を向けた時、戦場に似つかわしくない「ほうっ、ほうっ」という妙な声が聞こえてくる。


「流石はかっての名門、グラスバレーの素体よ。『万金剛』を植え付けても拒絶反応無しは我ながら快挙であるな」


「おや、博士。君も私の素晴らしい力を見にきたのかね」


「実験結果をこの目で確認するだけよ。いやいや、どうやら大地の精霊との共感シンクロ率も高い数値を保っている。『心臓』としての役割は十分果たせそうであるな」


 周囲の惨状を意にも介さずひたすら己の所業に陶酔しているような白衣を着た禿頭の小男は、ペリドとそんな会話を交わしている。あの馬鹿はどうやらこいつに何かされて、ここまで人が変わったのか? もしかして——————。


「おい、そこのチビハゲ。シエラに妙な人格を植え付けたのもお前の仕業か!?」


「あーん? 誰かと思えば我々の計画を盗み聞きしていた落とし子じゃないかね。全く余計なことをしてくれたものだ。特に聖女の依代の調整を滅茶苦茶にしよって。あの我の強い娘の精神を封じ込めるのは苦労したのだよ?」


 白衣の男は実験とやらを邪魔されたことが相当ご立腹らしい。

 だが、ブチ切れそうなのはこっちも同じだ。それにこいつの耳障りな高い声、何処かで聞いたような……。


「思い出した——。あの夜、水路の立ち入り禁止区画に現れたのもお前だな? セレスト博士」


「ほうっ? あの夜の記憶だけ抜き取ったはずなんだが、なんで思い出している? ……調整を間違えた? いや、そんなはずは無い……。ないのならそれは何故だ?」


 セレスト博士はぶつぶつと何やら呟いている。俺とクラネスは場違いな彼の言動に毒気を抜かれそうになるが、洗脳されているらしいペリドがその場の弛緩した空気を一言で変える。


「そんなことは後でもいいだろう、博士。それより、『フラスコ』の形成の最終段階に入ろうではないか」


「……そうだな。では『心臓』としての役割しっかり果たしたまえよ。この深層領域は本日をもって放棄するようだからねぇ」


「放棄……だと」


 クラネスが細剣を構えながら、二人の意味深なやり取りに反応する。

 疑問に思ったのは俺も同じだ。これだけの設備を整えた拠点を放棄? こいつらはこの後に及んで何を企んでいるのか。

 その疑問に応えるかのように、ペリドが頭上を指差した。


「哀れな愚か者である君たちにも教えてあげようではないか。水の精霊の御神体を目覚めさせ、皇都に精霊の印を刻む為さ。そうなったが最後、帝国の中心地たる都は人が住める土地では無くなるだろうがね」


「それは……マグノリアと同じように、皇都中のエーテルを変質させるということか!?」


 クラネスが驚愕の面持ちでペリドに問い返す。奴らが行おうとしているのは『エーテル変質事件』の再現ということが分かった今、こいつらを何がなんでも止めなくちゃならない。


「さて、お喋りはここまでだ。手始めにこの拠点を水没させるとしよう。決して枯れることの無い大河の濁流でね。さぁ仕事を果たしたまえよ。グラスバレーの素体」


「心得た、セレスト博士。元素……変成」


 尋常ならざる量のエーテルをその身に収束させたペリドの身体が、みるみる内に岩に覆われていく。その大きさは見上げるほどの高さにまで変わり、目の前には巨人としか形容のしようが無い巨岩石の人型が俺たちを見下ろしていた。

 その両腕は円錐状に鋭く尖がっており、巨大なドリルを彷彿とさせる。

 まてよ……ドリルだって? この馬鹿がやろうとしているのは——————。


『はーはっはっはっ。見るがいい、これが錬金術の秘奥であるゴーレムの再現だ。こうなった私はまさに無敵!! 水圧で死にたくなければさっさと逃げ出すのだな? 愚か者共!!』

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