六十七話 乱戦、脱出
「クラネスにアクエス? どうやってここに……」
大広間の様相は混沌と化していた。後ろから追いかけてきたらしい、仮面を被った
「——どうやら間に合ったようですね。お怪我はありませんか、グラナ?」
「セシルまで!? それにその服装……」
「戦場に赴くのに着飾る必要は無いですから、親衛隊の隊服を借りさせていただきました。……あれが水の精霊の御神体ですか——」
セシルは台座の上に浮かぶ巨大な
このままではこの場にいる人間全ての生命エーテルが吸いつくされかねない。
俺はシエラを背負うと、周囲の音に負けないくらいの声でその危険性をセシルに説明した。
「セシル、今すぐ撤退だ。この場に居続けたら水の精霊の御神体に、生命エーテルが全て吸い尽くされるぞ」
「そうなのですか?? きゃっ!?」
乱戦から吹き飛ばされてきた男の一人がセシルにぶつかり、弾き飛ばされる。
両腕が塞がってる俺はなんとか受け止めようとするが、即座に駆けつけたクラネスがセシルの転倒を防いだ。
「殿下、ここは危険ですからお下がりください!」
「あ、ありがとうございます……クラネス副隊長様」
「グラナもだ。ここは私達に任せて先に行け。……シエラさんは無事奪還できたようだな」
「ああ、今は気を失ってるだけだ。——ってそんな悠長なことを言ってる場合じゃない! 全員でここから撤収だ。根元原理主義派の盟主もやばい奴だが、水の精霊の御神体はもっとやばい!
まごまごしてると、生命エーテルを吸い尽くされて全滅するぞ!!」
「なんだと……、本当なのかそれは!?」
クラネスとそんなもどかしいやり取りをしていると、背後から底冷えするような殺気が俺たちに向けられる。後ろを振り返れば、この状況が愉快で堪らないらしいクピドゥスが身体全体から禍々しいエーテルを発していた。
「……随分と妾の領域を荒らしてくれたものじゃ。この代償は高くつくぞ? 人間共」
「おい……グラナ。あの幼女は誰だ?」
「あれが
散発的に襲いくる仮面の従士を切り捨てながら、クラネスは異様な気配を放つクピドゥスから目を離さない。刃を交えずともその異常さは十分伝わったようだ。近くで奮戦していた親衛隊員に大声で指示を飛ばす。
「……撤収準備を開始する。王子の私兵部隊にもその旨を伝えてくれ。それとそこの二人、グラナが背負っている女の子を運ぶように。彼と共に先に撤退してくれ!」
「はっ!!」
威勢のいい親衛隊員にシエラを預ける。逃げる途中に奴らからの妨害が入らないなんて保証は無い。露払い役は俺が適任だ。
「こっちに来て、後輩、殿下!! さっさと逃げるよ!!」
仮面の従士を棍と水の連換術で蹴散らすアクエスが道を作る。
水の連換術は言い換えれば、水の精霊の力を借りた
水属性の連換術師であるアクエスは、言葉で伝えずともその危険性が分かっているようだ。
乱戦が始まった途端、ヴィルムも姿を消したし何か企んでてもおかしくない。
「助かった、先輩。……ごめん迷惑かけた」
「そういうのは後回し。脱出路は確保出来てる。さっさと逃げるよ」
いつもと変わらないアクエスのドライな反応が今は何故か安心出来た。
俺を
独房区画に辿り着いたところで、一度後ろを振り返る。
……追っ手は撒いたみたいだ。風の流れを辿る限りこのまま真っ直ぐ進めば出口にはたどり着きそうである。
「ここから先は一本道か? セシル?」
「そうです。ですが、第七親衛隊の皆さんとナーディヤさん率いる、カマル王子の私兵部隊の方達が追いつくのを待ちたいと思いますが」
「クラネス達はともかく、誰だ? そのナーディヤというのは?」
「カマル王子の側近だって。こういうことに備えて秘密裏に帝国入りさせてたみたい」
アルの奴、ああ見えて意外と慎重派だからな。連換術協会を保護したことといい、こうなることを事前に見越していたような動きに一国の王子としての見識の深さを認めざるを得ない。
最近は俺の知らないところで勝手に事態が進展していたようにも感じるから、落ち着いたら皆とも情報交換するべきだろう。
「ここまでは順調ですけど……上手く行き過ぎて逆に勘ぐってしまいますね」
「どういうことだよ、セシル?」
「……妨害が少な過ぎるのです。ローレライの門の封印を解いて踏み込んだ時も警備の人員が数人配置されていただけで、もぬけの空のような有様でした」
どういうことだ? 曲がりなりにもここは
それが必要最低限の人員しか配置されていないのなら、残りの人員はいったい何処に消えた?
気にはなるがそれこそ後回しだ。それにしてもクラネス達が追いついてこない。
……やはり、一度様子を見に戻った方が良さそうだ。
「アクエスにセシル。シエラは任せた。俺はクラネス達の脱出の手助けに一度引き返す。ここまで来たらもう安全だろ?」
「なっ……何を言い出すのです!? 駄目です!! 脱出が優先です!!」
「はー……。そう言うと思った。殿下、諦めた方がいい。こういう時の後輩は人の言うこと聞きやしないから」
僅か数日行動を共にして、すっかり俺の扱い方を熟知したらしいアクエスが、さっさと行ってと言わんばかりに
セシルは尚も不安気に反対するが、俺の意思が硬いことを知ると俺の手をギュッと両手で握ってくれた。
「約束してください、グラナ。お姉様の行方を探すためにも必ず戻って来ると」
「……もちろんだ。師匠を連れ戻すのは俺の役目だからな」
名残惜しいがそろそろ行かないと。例え親衛隊が優秀な騎士達で構成された部隊とはいえ、盟主とイデアの使徒であるヴィルムの相手が務まるとは思えない。
俺は
無事でいてくれ……クラネス——と、一心に祈りながら。
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