二十一話 そして明日へと繫る風は吹く

「いいか、シエラ!! まずはあの宙に浮かぶ黒い連換玉に、お前の七色のエーテルを送り込むんだ。まずは、あの連換玉の使役者として承認させて制御を乗っとる!!」


「送り込むとは、どうすればいいのですか!?」


 丘の高台を吹く風は予想以上に強く、隣同士にいても声が聞きづらい。

 殆ど怒鳴り合うような形で、シエラに即興で連換術の基礎を伝えていく。

 本来なら時間をかけて連換玉に、自分が使役者だと生命エーテルを染み込ませて覚えさせる必要がある。

 

 ぶっつけ本番にも程があるが、今はとにかくやるしかない。

 大声だすだけで脇腹に響き、痛みもしんどい。だけど、ここが正真正銘の踏ん張りどころ。歯を食いしばって必死に耐える。


「連換玉と自分が糸で繋がってるようなイメ—ジだ! 自分の身体から離れたところにあるものでもやり方は同じだ! 連換玉までの導線は俺が作る! やってみろ!」


「糸のイメージですね——。やってみます!!」


 シエラの身体から七色のエ—テルが細い糸のような形で現れ、真っ直ぐ宙に浮かぶ連換玉に向かっていく。

 自らの生命エ—テルを知覚出来るようになり、それを行使する。これが連換術の基礎の一つ『エーテルの知覚と行使』だ。

 これが出来ないと、そもそも連換術は使えない。それだけに。やり方を教えただけであっさりそれが出来てしまう、シエラの連換術に対する適正は末恐ろしくもある。

 と、見惚れてる場合じゃない。左手の籠手に嵌めた連換玉を励⋯⋯なんだこれ? 意識しなくても勝手に連換玉に風の元素とエーテルが取り込まれている。

 

 これが、七色石の力?


「元素解放!」


 黒い連換玉に向けて七色のエーテルの糸を届かせるように風で導線を作る。

 街全体を覆う赤い変質したエーテルの膜を突き破り、風に乗った七色のエーテルの糸が黒い連換玉と接続される。


「で、できました!! なに⋯⋯これ? 意識が引っ張られてる??」


「大丈夫か!? シエラ!? ぐっ⋯⋯!?」


 七色石のロザリオを通して、黒い連換玉と繋がったシエラのイメージが俺にも伝わってくる。この、煮えたぎる溶岩のようなエ—テル。その宿主の姿が。

 

 こいつの姿、何処かで……。

 

 気づけばシエラの額から、吹き出るように汗が流れている。今この瞬間、黒い連換玉の使役者と認めさせるため必死に抗っているのだろう。

 

 ⋯⋯だけど、様子がおかしい。接続自体は上手く行った筈だ。元々、七色石のロザリオの所持者としてエーテルの流れを無意識下で感じとることが出来るシエラですら手に余る代物なのか? あの黒いのは?

 

 そのとき、黒い連換玉と接続した七色のエーテルの糸が、伸ばした先の方から溶岩のようなエーテルに変質していくのが見えた。

 

 この連換玉の本来の使役者、シエラを狙っている??


「させるかよ。元素解放!」


 浄化の力を込めた風で再び導線をなぞるように風を射出。

 溶岩のようなエ—テルと風がせめぎ合うが、その侵食を止めたのは僅かの間のみ。このままじゃエーテルごとシエラの意識が黒い連換玉に乗っ取られる——。


「くっ⋯⋯まだまだぁぁぁぁぁぁ!!」


 ありったけの元素とエーテルで浄化の風を連換、連続で溶岩色のエ—テルにぶつけて少しでも侵食を遅らせるが⋯⋯駄目だ。止められない。

 こうなったら⋯⋯、無理やり連換玉との接続を切るしか——。


「いいえ。それには及びません、グラナ!!」


 そのとき、意識を乗っ取られかけていたシエラが声を張り上げた。


「シエラ!? 無理するな!! 一度、連換玉との接続を」


「心配ありません!!! 既にあの黒い連換玉は私を使役者として認めてくれました!!」


 な、なんだって? じゃあ、あの溶岩色のエーテルはいったい?


「往生際の悪い、前の使役者が制御を元に戻そうと抗ってるだけです!! 準備は出来ました。後は、あの連換玉から流れてる赤いエーテルを、七色のエーテルに上書きして連動している連換玉全てに流し込めば『火の精霊イフレム』の印も消えるはずです!!」


 こんな局面で思わずポカンとなる。基礎も伝え切れてないのにこの理解力。連換術協会が喉から手が出るほど欲しい逸材だ。

 シエラの言う通り、街中にあの黒い連換玉をしかけて連動させなければこの大掛かりな仕掛けは成立しない。司祭の従者が街中に細工していたのはこの為だったのだろう。

 

 もう、言葉は必要無い。

 

 俺たちは示し合わせたように頷き合うと、前方の黒い連換玉に意識を集中する。七色石のロザリオを通して俺とシエラの感覚が同調していく。


『『元素収束⋯⋯』』


 取り込むのは風の元素。さらに街を覆う変質した聖女のエ—テルを、片っ端から『聖浄化』して黒い連換玉に取り込む。


『『元素——解放!!』』


 そして二人で同時に『聖浄化の力を乗せた風』を解放。七色のエ—テルを連動する黒い連換玉に勢いよく流し込む。


『『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』』


 黒い連換玉から勢いよく射出された七色のエーテルは、赤い線をなぞる端から上書きし、『火の精霊イフレム』の印を七色に書き換えていく。

 そして、黒い連換玉から吹き荒れる七色の風が、変質した聖女のエーテルを巻き込んで次々と聖浄化していく。

 だけど、これだけじゃ街中に充満した変質したエーテルは聖浄化しきれない。⋯⋯なら。


「シエラ!! 風を呼んで一気に聖浄化する!! サポート任せた!!」


「任されました!! 思い切りやってください!! グラナ!!」


 俺は連換玉に集中していた意識を切り離し大気と意識を同調させる。

 ⋯⋯久しぶりにやってみたが、無意識にやってたときよりも上手く出来た。

 これも全部、連換術を基礎から叩き込んでくれたエリル師匠のお陰だ。


 後は、俺の第二の故郷を守りたい気持ちを風に乗せるだけ。


 風よ⋯⋯マグノリアを守る為、力を貸してくれ!!


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 ⋯⋯これは、風?

 高熱で意識を失っていたクラネスが目を覚ますと、周囲に七色に輝く不思議で清らかな風が吹いていることに気づく。


「赤い光も弱まってるな。いったい何がなんだか」


 まだ、倦怠感は残っているが立てないほど酷くは無い。辺りを見回すと同じように意識を取り戻すものが徐々に増えてきた。


「ル—ゼ! オリヴィア! 二人とも目を覚ますんだ」


 クラネスの呼びかける声に二人が同時に目を覚ます。クラネスは剣を抜くと素早くルーゼの両手を縛っていたロープを断ち切った。


「クラネスさん⋯⋯。ううっ、怖かったよー」


「あ、団長だ————。おはよう————ございます————むにゃむにゃ⋯⋯」


 気絶から目覚めたルーゼはクラネスにひしと抱きつき、泣きじゃくっている。

 強引に引きづられ、司祭に剣を突きつけられた後だ。⋯⋯無理もない。

 安心させるようにルーゼを抱きしめたクラネスは、片手でまだ寝ぼけ眼のオリヴィアを抱き抱えると司祭から距離を取る。


「ああ⋯⋯、ひでぇ目にあった。——お嬢!! 無事でしたか!!」


「ああ、なんとかな。イサク、今の内に司祭を捕縛するぞ。聖騎十字騎士達も可能な限りだ」


「了解しやした。野郎共、お嬢からの指示だ。起きやがれぇい!」


 イサクの少々乱暴な目覚めの一喝が、南街区巡回隊と東街区巡回隊の団員達の意識を覚醒させる。一人、また一人と目を覚まし身体も問題なさそうだ。


「どうなることかと思いましたが、皆さん無事で何よりです」


 クラネスの側で倒れていたロレンツも目を覚ましていた。

 これで全員の無事が確認でき、クラネスはほっとひと息をつく。

 しかし、すぐに表情を引き締めた。


「私達はなんともなかったが、他の住人が無事かは分からんぞ? すぐに確認に向かわねば」


「それなんですが、団長。この風、不思議なことに⋯⋯変質したエーテルを元に戻してるみたいです」


 ロレンツの報告にクラネスは思わずポカンとなる。……変質したエーテルを元に戻す?そんなこと可能なのか、と。


「この風、きっとグラナとシエラちゃんだと思います」


 クラネスに抱かれたまま、ルーゼがぽつりと呟いた。


「それは、幼馴染みの勘というやつか?」


「違います!? だって、故郷のミルツァ村でグラナが呼んでいた風とよく似てるから⋯⋯」


 そういえば、と。クラネスはグラナと知り合ったときのことを思い出す。

 アイツがこの街に来た日は、随分と強い風が吹いていたことを。


「まったく⋯⋯やっぱり厄介者だよ、お前は」


 風が吹いてくる方角、聖女が啓示を受けた丘の方を見ながら、クラネスは今日初めて清々しい笑みを浮かべるのだった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 終わ⋯⋯った。精魂尽き果てた俺とシエラは、丘に仰向けになって天を見上げていた。気づけば暗い夜空は雲が風で吹き散らされて、満天の銀河がマグノリアの街を明るく照らしている。


「連換術は⋯⋯すごいんですね」

「ああ。こんなこと出来るなんて人が使っていい力じゃないと思うぞ。正直⋯⋯」


 いつもと変わらない、いつもの夜。丘を通り過ぎる風が気持ちいい。

 脇腹は相変わらず痛むが。


「私、⋯⋯連換術師になれるでしょうか?」

「心配いらない。お前なら即戦力の上、引く手数多だ。でも⋯⋯本気か?」


 俺の問いかけにシエラは目をつぶると、七色石のロザリオを握り締める。

 そして、ふたたび開いた翡翠色の瞳には数多の星の輝きが映り込み、より一層その輝きを際立たせていた。


「守られているだけじゃ駄目だと思ったんです。私に力が⋯⋯あのとき連換術が使えたなら、お母さんを失うことも無かったのかな——」


「そうか⋯⋯」


 シエラの母親が何故亡くなったかについては分からない。⋯⋯今は聞くべき時でも無い。

 お互い大切な人を失った者同士、その気持ちは痛いほどよく分かる。

 

 あのとき、俺に今みたいな戦う力があればと。そんなことを思わなかったことは一度も無い。

 だからこそ、後悔をバネに。悔しさを糧に、必死で自分を高めあげて来た。

 でも、この世界にはそんな俺より強い奴らがいくらでもいる。

 聖葬人、そして今回の事態を引き起こした根元原理主義派アルケー

 エリル師匠の行方をこれからも探すなら、奴らとの戦いは避けられない。そんな予感がした。

 だから⋯⋯。


「⋯⋯俺も、もっと強くなりたい。せめて、目の前にいる人を守れるくらいに」


「では、改めて。グラナ、あなたにお願いがあります」


 顔だけ横に向けて、シエラはいつになく真剣な表情で俺の顔を覗き込む。


「——私に、連換術を教えてください」


「いっとくが、ビシバシ鍛えるぞ? というかエリル師匠の教え方が身体で覚えろ! だったし」


「問題ありません。私、体力には自信がありますから」


 そしてシエラは俺に寝転んだまま手を差し出した。


「これから、よろしくお願いします! グラナ師匠!」

「——分かった。よろしくな! シエラ!」


 眩ゆい星明かりの下。

 俺とシエラは連換術の師弟の契りを結んだのだった。

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