十八話 燃える瞳
時は少し前に遡る。
シスター・マーサと共に教会の馬車に乗せられたルーゼは、当然のことだが浮かない顔をしていた。
その容姿はシエラが着ていたような教会のシスターの服装で、栗色の髪は前髪だけヘアピースで銀髪に見せかけている。黒い
「それにしても、身代わり作戦とか無茶なこと考えたねー。あたしはそういうの嫌いじゃ無いけどー!」
「他人事だと思ってはしゃがないの、オリヴィア。⋯⋯こうなったら、あんただけが頼りなんだから」
ルーゼの隣に座っているのは、若獅子のような茶髪をざっくばらんに後ろで結んだ快活そうな少女だ。その服装は市街騎士団員の臙脂色の団員服では無く、白と黒を基調とした聖十字騎士団員の姿だった。腰に差している剣は市街騎士団からの貸与品だが、厳格な教会も流石にそこまで目くじらを立てるとは思えない、とは出立前にオリヴィア本人が述べたらしい。
「本当に申し訳ございません、ルーゼさん、オリヴィアさん。あの子の為に身を危険に晒してまで。ああ、何とお礼を申し上げたらいいか⋯⋯」
「お礼を言うにはまだ早いと思いますよ、マーサさん。⋯⋯バレたら何されるか分からないのですから」
「そうそう。団長にあの生臭坊主斬ってもいい? と聞いたら駄目、って言われたし」
「それは駄目でしょ⋯⋯。そんなことしたらオリヴィアのお爺さんに迷惑かかるんじゃないの?」
「うーん⋯⋯。爺ちゃんなら『よくやった!』とか褒めてくれそうだけどねー? 爺ちゃんとあの司祭、仲悪いし」
あっけらかんとのたまう、オリヴィアにルーゼは深く溜息を吐いた。
この孫にしてあの祖父ありか⋯⋯と馬車の窓から外に目を向ける。オリヴィアの祖父『春雷卿』とはその昔、彼が若い騎士だった頃に雷を斬ったという嘘か真か分からない逸話から付けられた二つ名である。
オリヴィア自身も幼少の頃から祖父の厳しい剣の修行を受けており、剣の技量は並の騎士達では敵わない腕前だ。ただし祖父曰く、剣の修行ばかりさせたので社会常識を教えるのを忘れていたらしい。マグノリア市街騎士団で市井の人達と関わる仕事を通して勉強させたい、という意味も兼ねてオリヴィアは異動してきたのだった。前騎士団長と春雷卿は親交があったようで、快く引き受けたとか。
「それでこの馬車は寄宿舎⋯⋯シエラちゃんとマーサさんが仮住まいしている教会に向かっているんですよね?」
「その通りでございます。司祭様にはあたくしが上手く説明して参りますゆえ、あなた方は決して教会の外へと出ませんように」
騎士団詰所から聖堂に送った電信の内容はシエラは無事に保護出来たものの、衰弱状態にあり静養を必要とする内容だ。具合が悪い当の本人が出歩いてるところを、もし聖堂関係者にでも見られたら嘘が一発でバレるのは想像に難く無い。
やがて、馬車は中央街区の外れにある古ぼけた教会の前に止まった。マーサとオリヴィアに両肩を貸してもらうように馬車の外へと出たルーゼ達の目の前に、見張りと思しき聖十字騎士団の者達が頭を下げる。たかが、見習いシスターにこの扱い。司祭が何を考えているのかますます分からなくなりそうだ。
そのうちの一人がマーサに声を掛ける。
「シスター・マーサ、お勤めご苦労様です。ベッドの準備は整えております。⋯⋯その様子では立っているのもお辛いでしょう。私が彼女を部屋まで運びますよ」
(どうするんですか⋯⋯? マーサさん?)
(ここは素直に従いましょう。断れば余計な疑念を生みかねません。ベッドに寝かせられるまで、決して目を開けぬよう閉じていてください)
シエラの瞳は翡翠のように透き通った緑色。ルーゼの瞳は髪によく映えそうな黒目だ。確かに見られてはいけない箇所かもしれない。
(それとなく、後ろからついていくから。安心してルーゼ)
オリヴィアも先ほどまでの陽気な空気ではなく、ぴっしりとした騎士のように振る舞っている。
「では、お願いいたします。既に連絡が届いているかとは思いますが、かなり衰弱しております。丁寧に扱ってくださいませ」
「承知しました。では、失礼して⋯⋯」
年若い聖騎士は一礼すると、屈み込みルーゼをお姫様のように抱き上げた。ルーゼは突然の事態に胸がドキリとして、薄ら目を開け聖騎士の顔を見てしまう。
(赤い瞳⋯⋯? まるで燃えてるみたい⋯⋯)
目を瞑ったまま頬を紅潮させている仕草は体調の良くない様子そのものであり、さして気にする素振りもなく聖十字騎士はルーゼを抱き上げたまま、教会の中へと入っていく。オリヴィアとマーサも後に続いた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「びっくりしたー⋯⋯」
「こっちはいつバレるか、ヒヤヒヤしたよー⋯⋯。でもさっきの聖十字騎士の扱いを見た限りだと、そのシエラって子は教会でも大切にされてるのかな?」
「分からないわ。本当に大切にされてるのなら、こんな危ない目に遭うなんて考えられないけど」
教会の中にある聖職者達の居住スペースの寝室のベッドに寝かされたルーゼは、はやる鼓動を抑えようと心を落ち着ける。マーサは聖十字騎士達と共に聖堂に向かって行ったので、ここにいるのはルーゼとオリヴィアのみだ。ようやく一息つける状況にはなったが、ここから先どうなるかは想像もつかない。
オリヴィアとたわいも無い話をしながらもルーゼは、あの聖十字騎士の燃えるような瞳が忘れられ無かった。何故か覗き込んでいると、あの五年前の惨劇が思い起こされる。胸を焦がすようなこの焼けつく痛みは何故なのだろうと。
事態が急変するのは夕刻。夜の帳がマグノリアの街を覆った頃だった。
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