十一話 光導くは聖女の丘

 ソシエに案内されて貴族街の門を潜った俺とシエラは、貴族街でも大きなお屋敷のレンブラント邸に招かれていた。爵位を持たない庶民達が住む街区と、爵位を持つ貴族達が住む貴族街を行き来するには通行証が必要だ。諸外国では既に廃れた貴族という存在が未だにあるのは、この帝国の成り立ちや帝国を統治するマテリア皇家の存在が大きいと言われている。


 なので、庶民と貴族の生活は昔と同じように格差が生じてはいるのだが、帝国の近代化に伴い庶民の中でも商才のあるものや、特別な才を持つ人々が成功を収め財を成すことも珍しくは無くなってきた。中には功績を認められて皇帝陛下から爵位を賜った人物も存在する。


 元は一商人でしかなかったレンブラント伯爵もその一人⋯⋯とは、ソシエと知り合って間もなく知った話だ。


「なるほど⋯⋯話は分かりましたわ。つまり、身代わりがバレない内に聖葬人とやらを捕まえないと、様々な意味で貴方達の立場が不味くなる——、ということですわね?」


「ああ、そういうことに⋯⋯なるな」


 俺のかいつまんだ説明を聞き終えたソシエは、頭が痛そうな振りを隠そうともしない。こうやって冷静に第三者に俺達の置かれた状況を話すと、とんでもなく無謀なことをしているんだ——、という実感が今更ながら湧いてきた。


「⋯⋯それで、この貴族街に聖葬人が潜伏している可能性が高い、ということですの?」


「はい。このロザリオの光が指す方角に聖葬人がいるはずです」


 シエラが胸元から七色石のロザリオを取り出した。先ほどと同じように七色に輝いており、その光は真っ直ぐ北を指している。来客用のソファに腰掛けている俺たちの目の前には、大きな木製の丸テーブルが置いてあり、その上に貴族街の地図が広げられていた。


「なるほど⋯⋯。シエラさん? そのロザリオを地図のこの位置に置いてくださる?」


「はい! えーと、ここであってます?」


「ええ、よくってよ。⋯⋯光が指す方角にあるのは『聖女が精霊から啓示を受けた丘』ですわね」


 地図の上、ロザリオから発されている虹のような光は、街の北に位置する山よりは低い『丘』の上を通過していた。この光はそのまま聖女の丘を指していることになるが、丘のどの地点を指しているかまでは現地に行かないと分らなさそうだ。


「ロザリオが『聖女の丘』を指しているのは分かるけど、あくまでこの光は直線だろ? ということは、聖女の丘の地下⋯⋯ってことにならないか?」


 俺の指摘にシエラもソシエも「あ⋯⋯」と見落としていたことに気づいたようだ。丘の下に地下空間でも広がっているのだろうか? そんな話、聞いたことが無いけど。


 しばらく地図を穴が開きそうなほど真剣な瞳で見ていたソシエが、「もしかして⋯⋯」と小さく呟いた。何か心当たりでもあるのだろうか。


「何か知ってるんですか? ソシエさん?」


「ええ⋯⋯仲良くさせていただいている、聖女の丘の教会の神父様の顔をここ数日見ていなくて。生誕祭の準備で色々と相談したいことがあったのですが」


 いつもは気丈なソシエがこんな風に人を心配するのも珍しい。ん? 聖女の丘の教会?


「確か丘の麓にあったよな? 教会」


「ええ? そうですけど?」


 俺は地図の上を通る光の道筋を辿る。すると思った通り、ロザリオの光は丘の麓にある教会を通過している。地図の縮尺の関係で起きた偶然だろうけども、この上なくロザリオが俺たちを何処に導きたいのか理解するには十分だった。


「これは⋯⋯ロザリオの光も丘の麓の教会を指しているのでしょうか?」


「光が通過しているのは偶然だろうけど、調べた方が良さそうだ。ソシエ、神父がいなくなってから何か変わったこととかあったか?」


「変わったことですか? そうですわね——、そういえば聖堂から司祭の従者を名乗る者達が一度訪ねてきたかしら」


 司祭の従者がレンブラント邸を訪ねた? 俺とシエラは願ってもない情報に顔を見合わせる。

 

 さっきも祭りの準備の影に隠れるように、街中で何かを細工しているのを見かけたばかりだ。これが無関係とは到底思えない。でも、まだ何か足りない気がする。何だろう、このモヤモヤとした感覚は?


 中央街区の大時計塔が午後の三回目の鐘を鳴らす音が遠くから響いてきた。街に古くから時を告げてきた鐘の音がもの悲しげに響いている。少しゆっくりしすぎたようだ。ルーゼ達がどうなったかも気になるし、早いところ聖葬人の居場所を突き止めないと。


「ソシエ、丘の麓の教会は今はどうなってるんだ?」


「聖堂によって封鎖されていますわ。⋯⋯そういえばここ連日、従者の方が香油の匂いを漂わせながら、教会に向かう姿が目撃されてましたわね」


「香油の匂い? ですか?」


 香油⋯⋯『テロルの花』から作られた香油のことだろうか? そういえば何か忘れているような? あ——。


「何かを思い出したように惚けてますが、どうしたのです? グラナ?」


「いや、クラネス経由で聖堂から発注を受けていた、『香油百瓶』の納品をすっかり忘れてた⋯⋯」


「香油を百瓶ですの?? 例年はその五分の一くらいじゃなくて??」


「そうなんだけど、言われてみれば確かに多いな⋯⋯発注数」


 どういうことだろうか? 『テロルの花の香油』と言えば、聖女と縁のある由緒正しき品だ。

 原料となる花自体が柑橘系の爽やかな香りで心を落ち着かせ、香油に精製する過程でその匂いは消臭作用を持つようになる。いわゆる『匂い消し』というやつだが、その香油の匂いを漂わせた従者が丘の麓の教会に出入りしていた?? とんでもなく重要な手がかりの匂いがぷんぷんする。


「日没までにはまだ時間があります。行ってみましょう、聖女の丘の教会」


「同感だ。ソシエはどうする?」


「⋯⋯神父様の安否が気がかりですわ。わたくしも同行いたします」


 こうして俺たちは聖女の丘の麓にある教会へと、急いで向かうのだった。

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